インスタグラムを急成長させた「企業内企業」という環境

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バブルではないかー。フェイスブックが10億ドルで買収したときの懸念は杞憂に終わった。

流行り廃りが激しいSNSの世界で、じわりと台頭してきた写真共有アプリ「インスタグラム」。ユーザー数が3,000人から5億人に跳ね上がった秘密は、その環境とネットワークにあった。
フランシスコ法王(79)は、ソーシャルメディアの時代にブレイクした最も意外なスターかもしれない。ツイッターのフォロワー数は、960万人を数える。そんな法王はより多くの若者に自分の声を届けたいと考え、ある人物に声をかけた。

写真共有アプリ「インスタグラム」の最高経営責任者、ケビン・シストロム(32)だ。インスタグラムは5億人を超えるユーザーを抱えており、そのなかにはアメリカのミレニアル世代の63%も含まれる。

「法王は、『世界各地で会う子どもたちは、必ずしも同じ言語を話さないけれど、スマートフォンで写真を見せてくれる』と話されていたよ。そして、それが最も強力なコミュニケーションの方法である、ともね」とシストロムは振り返る。

シストロムが見守るなか、法王は「@franciscus」というインスタグラムの正式なアカウントを開設。わずか4カ月で、290万人のフォロワーを集めた。ツイッターのフォロワー数の3分の1近くだが、後者を増やすのには約4年もかかっている。

この事実と同じくらい多くを物語っているのが、法王のフェイスブック上のフォロワー数で、こちらはゼロだ。法王は、フェイスブックデビューを果たしておらず、ツイッターで信徒たちにメッセージを送り、インスタグラムで日々の様子を知らせる、というアプローチに満足している。

フェイスブックのマーク・ザッカーバーグCEOにとっても、それで何の問題もない。彼が2012年に約10億ドルでこの写真共有アプリの買収を決定したときは、”新たなドットコム・バブル”の兆しだという見方が大半だった。しかし買収後の4年間で、インスタグラムは史上有数の急成長プラットフォームとなり、ユーザー数はツイッター(3億2,000万人)、スナップチャット(1億人超)、ピンタレスト(1億人)の合計に相当する。

フェイスブックのユーザー数が飽和の兆しを見せるなか、インスタグラムはこの9カ月で新規ユーザーを1億人も増やした。今年の売上高は前年比の3倍近い15億ドルに達するとの予測があり、18年にはさらにその3倍に伸びて50億ドルに達すると見込まれている(eマーケター予測)。



特筆すべきは、インスタグラムがいまだにフェイスブック社内の先端技術開発の一部門として運営されているという点だ。従業員数350人は、ザッカーバーグ率いる1万4,500人の大所帯の3%にも満たない。大企業となったフェイスブックは、身動きが取れにくくなっている。ザッカーバーグは、インスタグラムとシストロムを通じて、”起業家精神”を維持しているのだ。

もともと、インスタグラムは少人数で運営されていた。起業した年の従業員数は6人で、フェイスブックに身売りした時点で13人だった。「5億人のユーザーを抱える企業の大半は、何千人という従業員がいる。僕らは、いまだに数百人レベル。だからこそ、フォーカスしなくてはいけない」とシストロムは言う。

「優先順位を決めることが効率化、そして、成功につながってきたよ」

かねてから、”シンプルにする”ことがシストロムの信条だ。インスタグラムが普及したのは、直観的に操作できるアプリで、使いやすい編集ツールとフィルターを備え、誰でもスマートフォンの写真や動画を”見る日記”に変えられるからだ。インスタグラムのフィルターは、日々の生活を修正された理想の暮らしに変換してくれる。つまり、友人やファンに見せるための個人広告にしてくれるのだ。

今日では、ほとんどすべての著名人がインスタグラムを使っている。世界中のユーザーが毎日、平均21分以上をインスタグラムに費やし、9,500万点を超える写真と動画を投稿している。

インスタグラムに広告を出稿している企業は、昨年6月にはほんの数百社だったが、その数は急増し、現在は20万社を超える。市場調査会社ニールセンが700以上のインスタグラム上の広告キャンペーンを対象に行った調査によると、そのうちの98%で、スポンサー付き投稿の広告想起率(広告を記憶しているユーザーの割合)がオンライン広告の平均値より2.8倍も高かった。

「インスタグラムは、シンプルで視覚的な単一のフィードです。ですから、一つひとつのコンテンツに目が向きます」と、同社のデジタル・ソーシャル戦略ディレクター、マイキー・キランは語る。

「その点、フェイスブックを閲覧していると、あまりに多くのことに気を取られてしまいます」

とはいえ、フェイスブックがインスタグラムの成長を大幅に加速させたのも事実だ。実際、シストロムも「フェイスブックのおかげでここまでの規模に成長することができた」と認めている。

”ソーシャルメディアの巨人”の中で稼働することにより、そのテクノロジー、最上級のインフラ設備とエンジニア、巨大な営業チームを活用し、10億人を超えるユーザーの恩恵を受けることができたのだ。

企業内企業であることには、他にも利点がある。シストロムは週に1度、ザッカーバーグと話す機会を持てるほか、フェイスブック傘下のチャットアプリ「ワッツアップ」や仮想現実端末メーカー「オキュラスVR」の経営陣、フェイスブック幹部のシェリル・サンドバーグなどにも相談できる。

「フェイスブックで働くことの利点に、そういう人たちと一室に集まり、互いに助け合い、学び合えるところがある」とシストロムは話す。

「それぞれ事業は異なるけれど、僕らは多くの同じ課題を抱えている。たとえば、規制やエコシステムの変化、人がどんなツールに価値を覚え、どんなふうにコミュニケーションを取りたいのかという問題とか。競合会社の多くも共通している」

確かに、両者は多くを共有しているが、社風などの面ではスタンスが分かれる。フェイスブックの信念は、「すばやく動き、破壊せよ」だ。かたや、インスタグラムのそれは、「石橋を叩いて渡れ」かもしれない。これは、シストロムと、共同創業者のマイク・クリーガーがインスタグラムを立ち上げた当初から定義してきた価値観だ。

「ケビンは、自分と同じくらい真剣にインスタグラムに取り組む人間しか雇いたくなかったんです」と、ベースライン・ベンチャーズの創業者で、インスタグラムに出資したスティーブ・アンダーソンは言う。

「その価値基準を今も貫いています。そのせいで会社の成長が遅れたと言うこともできるかもしれませんが、結果的には正しい判断でした」

この遠回りともいうべきペースは、インスタグラムの広告事業にも及んでいる。シストロムは、広告がユーザーをうんざりさせないことを確かめながら、この事業を慎重に作り上げていった。広告主たちがインスタグラムに出稿したいと騒ぎ立てても、彼は徐々にしか間口を広げなかった。

インスタグラムの行き着く先は動画だろう。アメリカでは約700億ドルにも及ぶテレビ広告費が徐々にiPhone広告に流れつつあり、企業はこぞってモバイル動画事業の確立を急いでいる。

動画主体のユーチューブやスナップチャットは、他社に先行している。インスタグラムが彼らに追いつくには、慎重な取り扱いが必要だ。つまり、写真を求めて来る5億人のユーザーを遠ざけることなく、動画を推していかなければならない。

共同創業者のクリーガーは、シストロムの慎重さは、「自分がどこへ向かいたいのか」という確固たる意思とでバランスが取れている、と指摘する。インスタグラムの創業当初から、シストロムは大がかりな変更を進めようとするたびに社内の反発に直面してきた。クリーガーは、「動画を追加するというアイデアは、多くの従業員をかなりのパニックに陥れた」と明かす。

シストロムは、動画の追加はリスクのある戦略だと認めながら、崖から落とすつもりはないと社員たちを説得した。クリーガーはシストロムについてこう語る。

「ケビンはプロダクトを進化させるためなら、一見するとわかりにくかったり、すぐには受け入れられなかったりする決断でも下す用意があるんだ」

テクノロジーは変化するが、シストロムの当初からのインスタグラムの構想は変わっていない。つまり、いつ何時でも世界で起きているすべての出来事の視覚的な記録を作り、ユーザーが探索したい地球上のどんな地域へもズームインできるようにすることだ。その目標を達成するため、ユーザー数を現在の2倍の10億人、あるいは3倍まで増やし、フェイスブックにも匹敵する規模のオーディエンスを構築したいと考えている。

「ここまでの規模に成長できたことで、一つの到達点に至ったとは思う。でもそれは、制服に着ける記章のような名誉の印ではなく、僕らの野心の表れに過ぎない。まだ立ち止まるつもりはないよ」

インスタグラム/INSTAGRAM◎2010年創業の写真共有型ソーシャル・ネットワーキング・サービス。フィルターを使って画像の編集をできるのが特徴。12年、フェイスブックの傘下に。利用者数は世界で5億人を超え、日本にも約1,600万人のユーザーがいる。