学校は各教科の知識や技能を学ぶだけの場所ではない。集団生活に慣れ、対人コミュニケーションの方法を体得する、それ以外にも1人の人間として社会で生きていくためのノウハウや心得を学ぶ所なのだ。知識の詰め込みを重視してきた中国の学校教育は転換点を迎えており、今後の教育の在り方に対する議論が活発に行われている。(イメージ写真提供:123RF)

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 学校は各教科の知識や技能を学ぶだけの場所ではない。集団生活に慣れ、対人コミュニケーションの方法を体得する、それ以外にも1人の人間として社会で生きていくためのノウハウや心得を学ぶ所なのだ。知識の詰め込みを重視してきた中国の学校教育は転換点を迎えており、今後の教育の在り方に対する議論が活発に行われている。

 中国メディア・大河網は8日、「どうしてみんな日本の学校教育を賞賛するのか。これがその原因だ」とする記事を掲載した。記事は、「日本では10歳まで試験はない」とし、その理由が「この時期にはどうやって生活するかを学ぶことこそが、一番に考えられているからだ」と説明した。

 そして、教育の一部として、日本の子どもたちは小さなころから自らの周囲や公共エリアの環境を、きれいに清掃することを教わるのだと紹介。それは単なる学習ではなく、自分の事を自分でする能力や社会に対する強い責任感を養うものであるとした。さらに、他人の仕事の成果に対してリスペクトする心も育てると解説した。

 また、このような教育は単に清掃活動への参加という意味に留まらず、周囲の環境を守ることが自らの責任であると考え、その任務を受け入れることを学ぶものであり、「大きくなっても引き続き環境を大切にするのだ」と論じている。記事は、子どもが学ぶ必要のあるのは「どうやったら立派な社会の一員になれるか」であり、教育は単に子どもの知能を高めるだけでなく、社会の役に立つ人間にせしめることなのであるとした。

 学校の清掃の時間と言えば、かつてはクラスで集めたゴミを校内の焼却炉に持って行く当番がいた。しかし、ダイオキシン発生など空気の汚染が問題視され、今では焼却炉が学校から姿を消した。冬の寒い日、ゴミ当番で焼却炉にやってきて、その暖かさから少々居座って掃除をサボったことが、懐かしい。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)