このドラマの初回に、捕らえられた石川五右衛門(市川海老蔵)が釜茹でにされる寸前が出てきた。その続きが最後に描かれ、やっぱり釜茹場面では、行き倒れの遺体とすり替えられて五右衛門は無事だった。秀吉(國村準)と旅役者の夜左衛門(実は五右衛門)が京都南禅寺の三門で語り合う。茶々(比嘉愛未)の腹の子は夜左衛門の子だと言われて、秀吉は五右衛門の銀のキセルの由来を聞く

まあ筋はどうでもいい。隈取りした海老蔵の顔は丸ごと歌舞伎座の舞台で見る彼と同じ、但し、テレビ桟敷の筆者は、どうしても奥方が難病で苦しむリアルの海老蔵を思い出してしまって、「絶景かな、絶景かな」と街を見下ろす場面でも、心が晴れない。それだけドラマに没入出来なかったということだ。海老蔵の責任ではないが。

やんちゃをしていた頃の海老蔵が五右衛門を演じていれば、見るほうもワクワクしたに違いないが、全体にシリアスで真面目、あのカッコいい目力もイマイチ憂いを含んでいたようでちょっとなあ。

本格時代劇のノウハウを持っているテレ東なので、ロケを多用した美しい風景が楽しめたが、講談話(?)としてはいささか生真面目すぎた。もっと弾けてぶっ飛んだほうが面白かったと思う。

ところが海老蔵はこのドラマについて「時代劇なのに王道ではなく、ばかばかしくてゲラゲラ笑っちゃうようなドラマ」と自虐的に語っている。それぞれ見方は違うものだ。本人が真面目過ぎ(?)。(放送2016年12月2日20時〜)

(黄蘭)