伊藤忠商事社長 岡藤正広氏

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自分一人でできることは、限られる。組織が大きくなればなるほど、「人を動かす力」が必要になってくるのだ。しかし、考えも価値観も違うさまざまな人を結集し、組織としてパワーを発揮させるにはどうしたらいいのだろうか。

■経営者自身が闘争心を燃やせば志気は上がる

伊藤忠商事が万年4位だった時代、外からは「元気のない商社だ」と言われていました。

私はずっと繊維畑で大阪にいて仕事をしていましたから、東京本社のことは半分部外者のように見ていました。そのときは非常に官僚的で、上の動向ばかり気にしていて会議も多いし大変だなという印象があった。トップに就任したときは、これを変えていかなければいけないと考えました。

経営者というのは、いかに社員の力を一つの目標に向かって結集させるかが大事です。士気を上げるためには、やはりトップが闘争心を燃やさないといけない。同じ話をしても、燃えているときとそうでないときは情熱の伝わり方が違います。

そこでまず、自分の闘争心を掻き立てるようにしました。リーダーからどれほどのエネルギーが出ているかは、社員から見ればわかります。商社に勤めている大半の社員は闘争心が旺盛な人間ですから、ちょっとしたことで火がつくのです。

こちらの情熱を伝えるためには、高い目標を設定することが一番です。ただし、高すぎる目標はいけません。万年4位からいきなり1位になると言ったら社員はみんな白けてしまいます。私が社長に就任した当時、業界トップの三菱商事は伊藤忠の3倍くらいの利益を出していたのです。

1年先、2年先、せいぜい3年先に、少し無理すれば届くくらいの目標を設定することがポイントです。それが、まずは3位になろうという目標です。自分なりに検証してみたら伊藤忠商事は売上総利益は十分ある。足を引っ張っていたのが経費と特別損失でした。

そこで「か・け・ふ」という言葉をつくって「稼ぐ・削る・防ぐ」を頑張ろうと号令をかけたのです。商社は稼ぐのは比較的うまいのですが、削るには努力して在庫や経費を減らさなければなりません。単に交際費を削るというだけでなく組織も変えてムダがない体制にする。そして毎年300億円くらいあった特別損失も削る。

目標設定し、具体的に問題点やルールを改善したら1年で3位になったわけです。

■結果を出せば、会社も報いる。飴と鞭を使い分け

次にすぐに2強になれるかといったら、なかなか壁が厚い。伊藤忠商事の強みは何かと考えれば生活消費関連です。この分野は三菱商事よりも上回っていたから、これは目標にならない。

そこで「非資源ナンバーワン」という言葉を考えました。非資源だけなら可能性があり、この目標が達成できれば三井物産を抜いて2位になれます。

それが達成できて、いよいよ2強争いに勝つんだと目標を置いたら、思わぬ資源暴落が起きて、トップに躍り出てしまいました。

1回トップを取ったくらいですからまだ慢心するには至りませんが、この地位を盤石のものにしていかなければなりません。会社がダメになるときは、必ず慢心や驕りがあるときです。これからも社員全員で名実ともに1位を堅持していくのだ、という気持ちを強くしていく必要があるでしょう。

こうやって4位から3位、2位、1位へと駆け上がるときに私が社員に対して守ったのが、「一生懸命頑張ったらきちんと報いる」ということです。

住友商事に勝てば、社員の年収も上回るようにする。2強になれば三菱商事と同じくらいの給料にする。そう組合と約束しました。

ただし、うちのほうが社員は少ないから「2倍働け」と言いました。結局、今、三菱商事より社員の平均年齢は1歳若くても、平均年収は上回っています。

言い方は悪いですが、やはり飴と鞭です。飴ばかりではダレてしまっていけません。かといって鞭ばかりでも人は動かない。

実際に給料を上げることで、社員には約束してくれたことは守ってくれるという会社への信頼感が生まれるわけです。信頼が生まれたことによって、会社が一枚岩となって目標達成のために全力で動けるようになりました。

■いい体験をしていない人間ほど、建前論に陥る

組織の中には、建前論ばかり言う上司もいます。精神論で、伊藤忠商事の社員はこうあるべきだと。しかし、言っていることの筋が通らなければ、部下の腹には入ってきません。

たとえば「給料のためだけに会社に来るような人間は伊藤忠商事には必要ない」と、社長の私が言ったとすると、社員はどう思うでしょう。それは負け惜しみにすぎません。やはり、給料はほかより多いほうが、自分の仕事の責任感にもつながるわけです。給料は安いわ、仕事は多いわでは、誰でも屈折してしまいます。夜、酒を飲んで愚痴でも言わんとやっておられません。

格好いいことやキレイごとを言っても、現場からすればそんなことはできない。上は責任があるから下の者につべこべ言うなと命令するわけですが、要は現場の経験が浅いのです。私も建前論ばかり口にする上司とぶつかったとき、「いっぺん自分でやってみいな」と言った覚えがあります。

私は、部下が外国人と交渉に行くときは、予定どおり進まないかもしれないと思っておけ、と言います。ひょっとしたら日本に来てないかもしれない。会議にちょっと遅れてくるかもしれない。なんとか契約にこぎつけたと思ったら、最後にちゃぶ台返ししてくることだって、よくある。これは私がブランドビジネスを担当しているとき、嫌というほど経験しているからわかるんです。経験していない人はこういうことは言えない。だから建前論にならざるをえない。

今でも、私は会社の中にいるより、できるだけ現場を回ります。現場を知らず、会議だけで正しい判断はできません。

人への接し方は商品開発や売り場づくりと同じです。お客さんから見てどういう商品や売り場がいいのかを考え、フィードバックします。同様に、社員の立場から見たらどういうことがモチベーションにつながるかを考え、心に響くことをしていかないと、人は動かないでしょう。

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伊藤忠商事社長 岡藤正広
1949年、大阪府生まれ。74年東京大学経済学部卒業後、伊藤忠商事に入社。一貫して繊維の営業畑を歩み、同社のブランドビジネスを確立。2002年ブランドマーケティング事業部長、04年常務取締役・繊維カンパニープレジデント。09年副社長。10年から現職。
 

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(Top Communication=構成 宇佐美雅浩=撮影)