ドイツのアンゲラ・メルケル首相は12月6日、エッセン市で開かれた与党キリスト教民主同盟CDUの党大会で、ドイツ国内でイスラム女性が身に着けるブルカ、二カブなどのベールの着用禁止を支持する、と表明しました。

 ドイツ国内では、メルケル首相の中東難民受け入れ政策に様々な批判があります。今回の表明では難民や移民の受け入れを制限するとともに、2017年8月以降、これらの衣装の禁止が施行される見通しが示されました。 

 メルケル首相は、昨年発生した89万人にのぼる移民の大規模流入は「二度と繰り返されるべきではない」としつつ、国内に受け入れられたイスラム系の人々の社会同化政策の推進を掲げ、欧州を覆うポピュリズムの力に断固として対抗していく、としています。

 EU先端の話題はどうも読者の関心が薄いようですが、この「イスラム・ベール禁止」と〔ポピュリズムへの徹底抗戦〕を3つの観点から考えてみます。

「ベール」の正体は何か?

 この問題を考えるうえでは、今回取り上げられている「ブルカ」「二カブ」などがどのようなものかを見るのが手っ取り早いでしょう。ネット上の辞書から引用してみます。

 「ブルカ」はアフガニスタンなどで見られる、頭から全身をすっぽり覆う布で、目の部分も日傘か蚊帳のようなレース編みで覆われ、外から人物を直接見ることができません。

 砂漠のきつい日差しから身を守る、といった実利もあると思いますが、端的に言って着ぐるみに近い。

 ブルカはタリバーンが支配地域の女性に着用を義務づけ、イスラム原理主義の象徴のような意味合いを持った面があります。

 ほとんど米国におけるKKK団のコスチュームを思わせるブルカと比べると、黒い布で全身を覆いながら目だけ出ている、日本の忍者を思わせる「二カブ」は、目の特徴で個人を弁別できる可能性がまだあるかもしれません。

 ISIL(Islamic State of Iraq and the Levant=イラク・レバントのイスラム国)は女性に二カブの着用を義務づけ、これに違反した女性は捕らえられ、酸で顔を焼かれるという酷い体刑を受けていることが報道されています。

 端的に言うなら「ブルカ」はアル・カイ―ダ/タリバーン、「二カブ」はISILを象徴する衣服になっており、これらを禁止する法律が欧州各国で施行されています。

 早かったのはフランスで、2011年にはこれらが全面的に禁止、ついでオランダ、ベルギーなどEU中枢の各国でも、ブルカや二カブは禁止されました。

 ドイツでこうした動きが遅かった背景には、明確なホロコースト以降の経緯があります。「民族性」を根拠とする衣装や習俗を法で禁じるという考え方に、ドイツ各方面はいまもって強いアレルギーを持っています。

 ミュンヘンやべルリンの町中を歩いていると、黒くて丸い帽子を被り、黒々とした髭を蓄えたユダヤ人をけっこう頻繁に目にします。日曜日など、お父さんがやはりユダヤの衣装を身に着けた小さい子供を連れて歩いているのにも普通に出くわします。

 日本で考えるなら、韓国の民族衣装、例えばチマチョゴリやそれを模した制服を身に着けた朝鮮学校の生徒を目にする程度の頻度で、自民族の伝統に身を包んだユダヤ系の人々を目にします。

 翻って、かつての(西)ドイツでは、二カブのような衣装を身にまとう女性はほとんど見かけませんでした。

 中東系の人がいなかったわけではない。都市部ではトルコからの移民は町にあふれ、移民労働者=ガストアルバイターは私が最初にドイツ留学した1983年時点でも、長らく社会問題になっていました。

 ブルカや二カブが登場したのは21世紀になってからのことで、ここ1、2年、都市部の中央駅周辺では顔を隠したイスラム女性を普通に見かけるようになった。

 トルコ系移民などの女性は、顔を隠してはいません。チャードルと呼ばれる、修道女のような黒いマント、あるいは単に髪の毛だけを隠すヒジャブと呼ばれるベールを一番頻繁に目にします。

 メルケル首相の「ベール禁止令」は、チャードルやヒジャブなどのイスラム習俗を一切否定していないことに注目する必要があります。

 ナチス・ドイツが進めたホロコースト政策への徹底的な反省、と言うよりはアレルギーに近い背景をもって、ドイツは決して「固有の民族伝統」を禁圧しようとしてはいないことを、同時に強くアピールしていることに注意するべきでしょう。

 メルケル「ブルカ」宣言の第1の背景は「ナチス・ドイツの過ちを繰り返さない」ところにあります。

女性としてのメルケル首相

 第2のポイントとして、自身も女性であるアンゲラ・メルケル首相の、性差別克服政策の内政外交双方を通底する徹底を挙げる必要があるでしょう。

 公式の場所で「ブルカ」や「二カブ」の着用を<禁止>する、とだけ書くと、誤解を招きかねませんが、現実にはタリバーンやISILの支配地域での「ブルカ・二カブ着用の強制」があり、違反者には先にも記したように「酸で顔を焼く」に始まり、はなはだしい場合には命を奪うに至る、著しい女性抑圧の社会差別が存在しています。

 ブルカや二カブの着用「禁止」とは、それを身につけたい女性の主体性を禁じる、ということではなく「女性に自分の顔を隠すように強要するマッチョな古代イスラム男権社会」への明確なノーがあることを指摘しておくべきでしょう。

 分かりやすく書くなら「女性解放の政策」として、「女の顔を隠させる、いかなる性的不均衡の暴力にも、ドイツは、またEUは、断固抗議し、明確な反対行動を取っていく」という、旧東ドイツ出身の物理学者であるアンゲラ・メルケル首相の、極めて原則的なリベラリズムをここに見出さねばなりません。

 2005年9月の選挙で成立したメルケル政権は、すでに11年にわたって長期続投を続けています。

 地方色豊かな州の連邦であるドイツで、またそれと相似形のように、各国色豊かなEUの中核として、個々の主体性を尊重し、違いを前提に多様性ある発展を推進してきたこと、リベラルであることが長期安定政権の基盤にあります。

 その大きな核の1つとして、政治信条無関係に人類の50%を占める女性への明確な配慮を、女性宰相として一貫して重視してきた、その自然な延長として「ブルカは認めない」という今回の政策を位置づけることが重要でしょう。

対抗すべき「ポピュリズム」とは何か?

 メルケル首相の3番目の核「ポピュリズム」への戦いとは何を意味するのでしょうか?


 これは、米国の大統領選でドナルド・トランプ氏が勝利した結果に対して寄せられた、彼女自身の手になるメッセージが一番露骨に表していると思います。

 11月9日、世界を驚かせた選挙結果の直後、すぐに尻尾を振って見せた飼犬のような勢力もありましたが、ドイツ連邦共和国は全く異なる反応を示しました。

 彼女は、「ドイツにとって、EU以外の国の中で、米国ほど共通の価値によって緊密に結ばれている国はありません」と祝辞を送りつつ、

 「その共通の価値とは、民主主義、自由、権利の尊重、すべての個人の尊厳を重んじることです。人権と尊厳は、出身地、肌の色、宗教、性別、性的な嗜好、政治思想を問うことなく守られなくてはなりません」

 と、公職に就いたことがない成金素人丸出しで「女はダメだ」「メキシコ人を追い出し壁を造れ、その金はメキシコに出させろ」「イスラムは消え去れ」さらには「同性愛は違憲」とまでラッパを吹きまくったドナルド・ダック、もといトランプ氏に対して、ほとんど出来の悪い劣等生を諭す教師のごとく、訓示を垂れたものでした。

 「いいですか坊や、人間の尊厳というのはね、出身地、肌の色はもとより、宗教、性別、性癖、政治的な思想や信条などによって、軽んじられたり左右されたり、さらには抑圧、蹂躙されたりしては、ぜったいにならないものなの」

 「中途半端に金満でわがままに育ったあなたみたいな子には分からないかもしれないけれど、こういう共通の価値観があるから、ドイツは、いやEUは、あなたたちと密接に国際関係が維持できるわけで、それが分からないレベルで外交なんて100年早い。お勉強してらっしゃい・・・」

 すでに政権の座について11年、経済を中心に幾多の困難なEU危機を乗り越えて来たアンゲラ・メルケル首相から見れば、公職歴ゼロですでに70歳、学習能力を欠くと見られているトランプ氏は、幼児から乳児に退行しつつある「生涯政治素人」に過ぎないと見えて全くおかしくありません。

 で、そういう幼児が間違って政治権力を持ってしまうとどうなるか・・・。ドイツは1933〜45年に露骨にそれを体験してしまった。

 メルケル首相の言う「ポピュリズムへの戦い」とは「決してナチスの愚行を繰り返すな!」という鉄壁の大原則であり、また金満素人がオダをあげて集票してしまった今回の選挙結果は1933年のアドルフ・ヒトラー首相当選を想起させるリスクであると、言葉を選びながら非常に明確に指摘している。

 フランスのフランソワ・オランド大統領は選挙前、戦没者遺族を侮辱する発言をしたトランプ氏に対して「候補者となるのに嘆かわしいほどの準備不足」「行きすぎた言動に吐き気がする」とまで明言しており、当選後「不確実性の時代が幕を開けた=ouvrait « une période d’incertitudes » : opens a period of uncertainty」と述べました。

 メルケル氏のコメントは「それを決してナチスドイツへの道にするな。もしそういうことがあれば、EUは厳しくこれに対処する」という宣言になっている。

 他方でメルケル首相は国内政策「インダストリー4.0」で、中東移民を含む非熟練工にも雇用機会を与えるスマート情報化プロダクトマシン「アシスタント・システム」なども推進しています。

 こういう話題は日本経済新聞やその系列メディアなどが火を点けると日本でもブームになるようですが、ここに私が記す段階できちんと受け取ってくださる方は限られますので、別の機会に譲りましょう。

 メルケル首相の「ベール」にはドイツの向こう最低4年=トランプ氏が就任した場合の最初の任期程度は見越した、グローバルバランスに配慮した基本姿勢がはっきり示されています。

 来年もしフランスで二コラ・サルコジ氏が大統領に再選されたなら「帰ってきたメルコジ」は大きな壁として暮れなずむ米国の前に立つことになるのかもしれません。

筆者:伊東 乾