機密漏えい問題で任期満了前の辞任を表明した韓国の朴槿恵大統領(代表撮影/ロイター/アフロ)

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 11月29日、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領が国民向けの談話を発表した。そのなかで朴大統領は、自らの去就を国会にゆだね辞意を示した。米国大統領選挙やイタリアでの国民投票など主要国の政治動向が不透明ななか、韓国は国の政治、経済、軍事を統率するリーダーが事実上、不在になるという異常な事態に陥っている。

 朴大統領が条件付きでの辞意を表明したのは、弾劾を阻止したいからだ。足下の与党セヌリ党の非主流派が野党の弾劾案に賛同する可能性が高まってきたため、大統領は辞意を示し党内の造反を抑えようとした。また、朴大統領は韓国経済復興の立役者の娘=エリートであり、強制的に大統領の座を追われるという屈辱は避けたいはずだ。ただ、その後も世論の怒りは治まらず、当面、政治混乱が続くだろう。

 次期大統領選の候補者の主張を見ても、抜本的な改革よりも、既存の政治批判が多い。そうした政局が続く限り、国民生活の安定感を高め、財閥企業に属さない人々にまで経済成長の恩恵が行き渡る環境を整備するのは難しい。そして、韓国社会の混乱は北朝鮮の暴走を許し、朝鮮半島、および国際情勢の不安定化につながる要因でもある。

 韓国の政治がどのように進み、その結果、社会情勢の不安定感が高まるかどうかは、注意深くモニターしていく必要がある。

●漂流する韓国の政治

 10月下旬、大統領の長年の親友である崔順実(チェ・スンシル)氏による国政介入や、大統領も共謀したとされる財閥企業への便宜要求などの政治スキャンダルが発覚して以降、韓国では大規模な抗議デモが続いている。大統領の支持率は過去最低の4%に低下し、20〜30歳からの支持率は0%と、事実上、朴大統領は国民から見放された状態にある。

 韓国の財界が求めている日韓通貨スワップ協定の再開に関して、麻生太郎財務相は「誰と話せばいいかわからない」と述べている。これは韓国の政治機能がマヒし、どこに向かっているかわからないという状況を示している。まさに“政治漂流”というべき状況だ。

 スキャンダル発覚以降、朴大統領は譲歩を示すことで野党からの批判を抑え、与党内の造反を食い止めようとしてきた。11月上旬には当初の首相人事案を撤回して野党の要求を受け入れた。そして、11月29日に談話を発表し、自身の去就を国会にゆだねると表明した。

 この談話が発表された目的は、弾劾を回避することにある。11月下旬、野党が進めてきた弾劾案の取りまとめに、与党の非主流派が賛同するとの見方が強まってきた。そのため、朴大統領はなんとかして自身の面子を保ちたいのだろう。

 談話のなかで朴大統領は、私的な利益は追求していないと、改めて潔白を主張した。そして、去就は国会の決定に従うとの条件付きであり、自ら即時の辞任を表明したわけではない。発言内容からは、朴大統領が大統領の座に強く執着し、自らの立場を守りたいと頑なであることがわかる。

 この姿勢を見た国民の怒りは、当然のごとく高まっている。12月3日には、朴大統領の即時辞任を求める抗議デモに過去最大の32万人が参加した。朴大統領への批判や怒りが続く限り、野党は現政権への批判を行い、有権者の支持を取りつけようとするはずだ。そうなると、政治は目先の支持獲得を重視し、中長期的な社会の安定よりも現政権などへの非難合戦につながる恐れがある。

●次期大統領候補者の顔ぶれ
 
 そうしたなか、次の大統領は誰かという話題に関心が集まっている。11月下旬の世論調査で支持率が高かった順に、文在寅(ムン・ジェイン/共に民主党前代表)、潘基文(パン・ギムン/国連事務総長、本年末で任期終了)、李在明(イ・ジェミョン/城南市市長)、安哲秀(アン・チョルス/国民の党前代表)の4氏が有力な候補とみられているようだ。
 
 文在寅氏は故盧武鉉(ノ・ムヒョン)元大統領の側近として政権運営を支えるなど、国内での政治経験が長い。そして、同氏は親北朝鮮の考えを持っているといわれている。北朝鮮が核開発やミサイル発射を繰り返して国際社会を挑発するなか、同氏が朝鮮半島の安定を支えていくことができるかは不透明だ。本年7月、大統領選挙をにらんで文氏は竹島に上陸するなど、わが国との関係改善にも不安が残る。

 潘基文氏には国連事務総長という肩書きに注目が集まりやすい。ただ、国連事務総長としての評価は芳しくない。たとえば、ロシアのクリミア侵攻を欧米が非難するなか、同氏はロシアの対独戦勝記念式典に参加するなど、国際社会への配慮を欠く行動が目立つ。同氏が中長期的な政治・経済の安定を支えることができるかは疑問だ。

 李在明氏は米国の次期大統領ドナルド・トランプ氏を尊敬しているといわれ、過激な発言が目立つ。一部では“韓国のトランプ”との呼び方もあるほどだ。実際、同氏は朴大統領の収監、財閥企業の解体などを主張している。直近では李氏は朴大統領批判で支持を集めているとの指摘もあり、その言動と支持率の動向には注意が必要だ。

 安哲秀氏は医学を学び、その後、コンピューターのウィルス対策ソフトを開発し成功をおさめた。2012年の大統領選挙への出馬を表明したことが本格的な政治活動のスタートであり、比較的、政治経験は浅い。安氏は既存の政治を変えてほしいという国民の要望に応えたいとの情熱を持っており、若手政治家の育成など、旧来の政治、経済運営との決別を呼びかけている。

●今後の韓国政治の展開予想
 
 各候補の主張、支持率の動向を見ると、中長期的な観点で政治、経済体制の刷新が進むかは心もとない。もし、有権者の支持を得るために財政出動の増加など、耳触りの良い主張ばかりが出始めると、政治家、有権者ともに近視眼的に行動しがちになる。そうなると、財閥支配の経済を改革したり、公正な政治基盤を整備することは難しい。その意味で、韓国は独裁色の強い擬似的な民主主義・資本主義体制から脱却できるかどうかの重要な局面に差し掛かっていると考えられる。

 韓国に求められることは、政治が漂流するなかで国全体がまとまり、国政改革、経済の構造改革を進めることだろう。特に、政治、経済、軍事の分野で決定権を持つ大統領の権力を分散させることは不可欠だ。独裁色の強い権力者が、財閥企業を重用して経済成長を重視してきた結果、韓国では歴代大統領と財閥企業の癒着が続いた。そして、財閥企業の業績が拡大しても、その企業に属さない国民は経済成長の恩恵を受けることができなかった。この政治・経済の構造にメスを入れない限り、韓国社会の閉塞感、不安定感をぬぐうことはできないだろう。

 韓国の政治がふらつき始めると、北朝鮮がミサイルの発射や核実験等の軍事的な挑発を仕掛けて米国に制裁解除を迫るというように、朝鮮半島、極東情勢は一段と不安定化しやすい。その場合、中国は韓国との関係を強化して北朝鮮の暴発を抑えようとするだろう。突き詰めて考えると、韓国の社会不安をトリガーにしてアジア地域での中国の存在感が強まり、米中双方が警戒し合うなど、国際情勢に緊張が走る可能性もある。

 このように韓国の政治は、国内社会の中長期的な安定だけでなく、朝鮮半島情勢、そして国際情勢をも左右する重要な局面を迎えているとみるべきだ。今後は、韓国社会が冷静に今回のスキャンダルの原因を究明し、その教訓を生かして政治・経済の安定に向けて改革を進めることができるかが問われる。
(文=真壁昭夫/信州大学経法学部教授)