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建築家は図面を引くだけでなく、メンバーと協力し建造物をつくらなければならない。スイス連邦工科大学チューリヒ校(ETHZ)建築学科で行われる教育は、そんな「協業」の思想に裏打ちされるという。木材による制作、さらに建築に加え庭もつくる最新プロジェクトの意図を聞いた。

SLIDE SHOW 「木でつくり、木をつくり、スイスの建築家は育つ」の写真・リンク付きの記事はこちら

2/4「MANIFESTA」出展作の制作風景などを収めたドキュメンタリー映像が上映される野外映画館としても機能する。

3/4日没後にライトアップされ、木の構造物が湖面に浮かび上がる様子は幻想的。

4/4ETHZ建築学科のトム・エマーソン研究室に置かれた今回のプロジェクトの模型。

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2016年にスイス・チューリヒで6月11日から9月18日まで開催された現代アートビエンナーレ「MANIFESTA」。その目玉のひとつとなった湖上木製パヴィリオン「Pavilion of Reflections」は、MANIFESTAの運営チームがスイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETHZ)建築学科のトム・エマーソン研究室に声をかけたところからスタート。同研究室で助手を務めるボリス・グシック主導のもと、建築家教育の一貫として、湖にメインのレセプションとなる建築をつくることになった。

湖上に浮かぶ「教材」

研究室に在籍する50名の学生たちによってコンペが行われ、彼らのアイデアのなかから今回のデザインが決まった。それは一言でいうと、スチールパイプの土台に木製の建物が載った「人工島」だ。パヴィリオンはバーやトイレ、シャワーなどが設置された湖水浴場として、また「MANIFESTA」出展作品にまつわるドキュメンタリーを上映する屋外映画館として、昼夜を問わず多くの人々を集めた。

自身も建築家であるグシックは、プロジェクトが学生に与えた学びをこう語る。

「このプロジェクトには大勢の学生が参加しました。リーダーがチームを引っ張るのではなく、メンバー全員が対等に制作に関わります。建築は協力がなければ完成しないので、その基本を学ばせるための貴重な機会になりました」

「Pavilion of Reflections」のプロジェクトリーダーを務めた、ボリス・グシック。建築家としてロンドンでも活動してきた経歴をもつ。

グシックは、建築家にとっての基本は「協力体制で作業をすること」、「精密な作業への意識を共有すること」、「そのために、的確なコミュニケーションをとること」だという。本プロジェクトにおける学生たちのコミュニケーションは、まずアイデアを出すことから始まった。

「パヴィリオンのアイデアを出した学生は、15世紀にイタリアのピエンツァという街の広場をモチーフとして取り上げました。ピエンツァは、ローマ教皇が理想の街づくりに取り組んだことで知られています。この街のピオ二世広場の周囲には複数の建物が建っていて、市庁舎や聖堂などの機能をそれそれがもっています。全ての機能をひとつの建物に集約して、内側を広場のようにしたパヴィリオンを建てるのが彼のアイデアだったのです」

もちろん実際には、その学生のアイデアが採用されてからも修正が重ねられ、最終的なかたちになった。このように既存の建物や空間をモチーフとして新たな建築物を生み出す方法論は、同研究室が普段から実施するカリキュラムの延長線上にある。

分析と再現のプロセス

ブラジル・ロンドリーナのバスステーションの一部を、ETHZのトム・エマーソン研究室が木で再現した構造物の記録写真。

毎年新学期が始まると、2週間をかけて学生は濃密なディスカッションとリサーチを重ね、建物のデザインを仕上げていく。そして残りの3カ月で実際に作業を行って建築としてかたちにする。これが同研究室の基本的な学習サイクルだ。

「わたしたちの研究で大切なのは、実際に建物をつくるための創造性を伸ばすことと、立地条件を把握しその条件に適した建物を考えることです。例えば以前に、1970年代にブラジルのロンドリーナという都市に建てられたバスステーションをリサーチの対象にしたことがあります。まず鉄筋コンクリートでつくられた構造体を分析する。そのあと木を用いてバスターミナルの一部の構造を再現したのです」

アーチを縦横に組み合わせた構造体と、バスの動きとの関係性について思考を巡らせること。一方で解析した構造物を再現するために、木材で原寸模型をつくりあげてその予測的思考を検証すること。そんなプロセスを教えることこそ、ETHZ流の建築教育だという。

今回の「Pavilion of Reflections」では、チューリッヒ湖から1kmほど離れた工場で木製の建材を前もって制作し、トレーラーで輸送して湖畔で最終的なかたちに組み上げた。実はパヴィリオンの外見にアクセントを加えている木材は、非常に「教育」的な素材だ。

「例えば、コンクリートでできた建造物を木材で再現するとなると、建築材料の選定から加工方法の検証まで、的確な分析に基づいたイノヴェイティヴな発想が必要です。今回のプロジェクトで木材を用いた理由は、軽くて値段が安い上に、特別な機械を使わなくとも学生が作業ができる材料だからです。構造の組み上げ方を手で触れながら身体感覚をもって学ぶことができるのも、木材のメリットだと考えています」

木を植える建築家

建築学科があるETHZヘンガーベルク・キャンパスで進行中のプロジェクト「The Garden」。学生は、広さ1.3平方キロメートルのエリアに木を植え、その成長の観察と整備を通じて環境と建築の関係を学ぶ。

グシックは、彼らにとって最新プロジェクトのひとつ、「The Garden」が現在進行しているエリアを案内してくれた。フェンスに囲まれた緑地には、まだ支柱に支えられた若木が並んでいるのが見える。

本プロジェクトがスタートした2015年5月、大学から与えられた1.3平方キロメートルの土地に木を植え始めたのは、学生たちだ。

植樹するには、まず地面を掘らなければならない。学生は穴を掘り、自らの手で土の重さを実感する。そして、植えた苗木や芝が育つスピードを日々観察する。庭を維持するために、地質と光や水分量の関係を分析し、健康な地面を維持しようと試みる。さらに、適切な植樹によってより健康な森を生み出す。

プロジェクトが目指したのは、建築家がどのように環境と関わるべきかを思索する機会を学生に与えることだ。そのプロセスは、立地の分析に始まり、インフラ構築のための土木工学的視点にまでつながっている。かくも長期的かつ野心的な試みを受け入れる許容力の大きさこそが、学生の思考力を伸ばすETHZの独自性なのだ。

「木がどのように伸びるかを想定して、『The Garden』はデザインされました。ただ、苗木を植える段階から土壌を管理することは重要な仕事ですし、想定通りに木が成長するとは限りません。1学期で完了するプロジェクトではなく、何年も何十年もかけてかたちが変わっていきます。空間と時間をどのように建築的に思考するか。今後も展開を見守り、調整を続けるプロジェクトなのです」

最後に、グシックはETHZの建築学科がもつ教育機関としての強みを次のように述べた。

「ETHZは最先端の設備や優秀な教授に恵まれているうえに、多くの実験的な取り組みを許容します。学生がいつでも十分に作業できるスペースが確保され、教授や助手と活発にディスカッションを交わすことができる。これは、大学として本当に基本的なことですが、それを徹底するのは容易ではないのです」

学生が自らの手で「Pavilion of Reflections」の部品を組み立てていく様子。

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8月9日(火)発売の『WIRED』VOL.24は「新しい都市」特集。ライゾマティクス齋藤精一と歩く、史上最大の都市改造中のニューヨーク。noiz豊田啓介がレポートするチューリヒ建築とデジタルの最前衛。ヴァンクーヴァー、ニューヨーク、東京で見つけた不動産の新しいデザイン。未来の建築はいま、社会に何を問い、どんな答えを探していくのか。第2特集は「宇宙で暮らそう」。宇宙でちゃんと生きるために必要な13のこと、そして人類移住のカギを握るバイオテクノロジーの可能性を探る。漫画『テラフォーマーズ』原作者が選ぶ「テラフォーミング後の人類が生き残るための10冊」も紹介する。そのほか、NASAが支援する「シンギュラリティ大学」のカリキュラム、米ミシガン州フリントの水汚染公害を追ったルポルタージュ、小島秀夫+tofubeatsの「未来への提言」を掲載!