年末になると「歳末たすけあい運動」やキリスト教団体・救世軍による「社会鍋」活動など、街頭やメディアなどを通じた募金活動が多く実施される。公共施設や店舗では各種の募金箱が設置されているのを見かけるが、日本にやってきた中国の人には、日本では「個人への寄付活動が非常に少ない」という感想を抱く人もいるようである。(イメージ写真提供:123RF)

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 年末になると「歳末たすけあい運動」や、キリスト教団体・救世軍による「社会鍋」活動など、街頭やメディアなどを通じた募金活動が多く実施される。公共施設や店舗では各種の募金箱が設置されているのを見かけるが、日本にやってきた中国の人には、日本では「個人への寄付活動が非常に少ない」という感想を抱く人もいるようである。

 中国メディア・新快報は8日、「どうして日本人は個人を対象にした募金が極めて少ないのか」とする記事を掲載した。記事は、先月日本で、36歳の女性が「おいに米国での心臓移植を受けさせたい」として募金を呼びかけたが、その後ウソであったことを告白するトラブルがあったと紹介。「仮病」でお金を集めようとする人など非常に稀であることから、一時期巷で話題となったとした。

 そのうえで、「病気の患者に対する寄付支援は中国では日常的に見られることだが、日本ではごくわずかだ」と説明。その背景には、日本では国民皆保険制度が実施されているほか、重症患者向けの医療費負担上限制度、子ども向けの「小児慢性特定疾患」補助制度があり、患者の負担が大いに軽減されている事があると解説している。

 その一方で、これらの制度は先進医療には適用されないため、メディアを通じて個人の寄付を募るケースが数年に一度見受けられるとし、米国で臓器移植の手術を受ける必要のある重症患者であることがほとんどだと説明した。そして、日本における募金活動は「赤い羽根募金」のように地域社会の福祉のために用いられるもの、環境保護や動物保護の活動、そして大規模災害被災地への義捐義捐金といった内容が多くを占めているのだと伝えた。

 中国の各地域の新聞を見ていると、毎日のように「家族が難病や重病に罹ってしまったが、家が貧しく入院代や手術代を払えない」という市民が訴える記事を見かける。そして、新聞社やテレビ局が寄付の窓口となり、読者や視聴者からの「愛の手」を集めるのである。

 地方の新聞社が地域コミュニケーションの大きな一翼を担っている事が伺え、住民どうしが助け合う、心温まる話のように思える。しかし、その背景には中国の医療保障制度が不十分であるという大きな問題が存在するのだ。個人の募金では必要な金額が集まるかどうか分からないし、逆に必要以上のお金が集まった時の使いみちも不透明になる。日常的に募金を集め、必要な人に必要な時に支給ができる、難病患者支援団体の成長も必要だろう。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)