金正恩氏

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「ほめ殺し」という言葉がある。元々は、対象を過剰にほめ称えることで有頂天にさせ、発展の芽を摘んでしまうことを意味していた。それが後に、対象をダメにするのを目的として「ほめる」ことをも意味するようになった。

後者の使われ方としては、1987年の「皇民党事件」が有名だろう。右翼団体「日本皇民党」が、金権政治家のイメージの強かった竹下登氏(後の首相)に対し「日本一金儲けが上手い竹下さんを内閣総理大臣にしましょう」との街頭宣伝活動を執拗に行い、自民党総裁レースで苦戦に追い込んだものだ。

偽りの「本国批判」指示

そして今、これに近いことを北朝鮮がやっている。それも身内に対して。意図的にではないのだが、結果的に「ほめ殺し」と近い効果を生んでしまっている。金正恩党委員長は独特のメディア感覚を持っているのだが、そのネガティブな影響を、彼を支持する在日本朝鮮人総連合会(朝鮮総連)が受けているのだ。

北朝鮮の朝鮮中央通信によれば今月1日と2日、「在日同胞青年抗議団」が東京・港区の韓国大使館と在日本大韓民国民団(民団)中央本部の前に宣伝カーで乗り付け、朴槿恵大統領の退陣などを求めて街頭宣伝を行ったという。

当日、民団本部の建物内にいた関係者に確認したところ、次のように語っていた。

「はい。そんなクルマが来ましたね。われわれの反応ですか? いたって小規模な街宣だったし、『どうせ、朝鮮総連が本国から言われてやっているだけだろう(笑)』というぐらいで、ほとんど誰も気にしていませんでした」

朝鮮中央通信は、件の「在日同胞青年抗議団」が朝鮮総連の関係者たちであるとは明かしていない。しかし、ごく小規模だったという街宣について、一大抗議運動が繰り広げられたかのように描写している。北朝鮮メディアがここまでほめるのを見れば、直系の朝鮮総連によるものであるはずだと、誰だって信じる。

それにしても、北朝鮮と朝鮮総連は、どうしてこんなことをするのか。「在日同胞青年抗議団」が東京で「朴槿恵退陣」を叫んだところで、何ら現実的な効果を生まないことぐらい当人たちもわかっているだろう。

朝鮮総連は5月31日にも、中国で発生した北朝鮮レストラン従業員らの集団脱北は韓国当局による「拉致」であるとして、韓国大使館に対する抗議行動を行ったが、これにも同じことが言えた。

結局のところ、朝鮮総連の金正恩氏に対する忠誠心をはかるため、本国が指示して行わせたというのが真相ではないのか。そして、組織の衰勢により本国での立場が弱まりつつあった朝鮮総連の指導部が、これに飛びついたのではないか。

(参考記事:「金正日の料理人」に敗北した朝鮮総連

それならそれで、勝手にすれば良いとも言えるが、問題は朝鮮学校への影響が懸念されることだ。筆者は、日本政府が対北朝鮮制裁でいくら「手詰まり」になろうが、その矛先を朝鮮学校に向けることには反対である。しかし、保守世論にはそれを求める声が少なからずあるし、朝鮮総連の本国寄りの姿勢が極端さを増して行けば、学校への風当たりが強まる懸念は十分にある。

「朝鮮総連の中には、韓国による『拉致疑惑』や朴槿恵退陣のために声を上げる人はいても、日本人拉致の解決や自国民を虐める金正恩の退陣を求める人はいないのか」

このように問いに回答できないようなら、朝鮮総連側の権利主張に耳を貸す人は減る一方だろう。

ちなみに、故金正日総書記も残忍な独裁者ではあったが、朝鮮総連に対して敢えて「本国批判」を行うよう指示したこともあった。朝鮮総連に対する日本社会からの信頼を回復させ、日朝間のパイプ役としての役割を高めさせようと狙ってのことだった。

しかし現在の正恩氏には、朝鮮総連の扱いについて、配慮も見えなければ父親のような戦略的な思考も見えない。せっかく正体を隠して街宣を行っても、公式メディアで喜々としてバラしてしまっている。

朝鮮総連の人々はここら辺で、正恩氏との付き合いを真剣に考えた方がよいのではないか。