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イタリアで4日に行われた国民投票で憲法改正案が否決され、同改正案を提案したレンツィ首相が辞意を表明しました。今年は英国のEU離脱(Brexit)ショック、米国大統領選でのトランプ・ショックと世界的な激震が続いただけに、今度は「イタリア・ショックか!?」と一瞬ひやりとさせました。今回は株価下落や為替相場の波乱はあまり起きずに済みましたが、イタリアの政治混迷が欧州経済危機を再燃させる懸念がありますので注意が必要です。

○国民投票がレンツィ政権への信任投票に

今回のイタリアの国民投票は、上院の権限を弱めることをめざした憲法改正案の是非を問うものでした。イタリアでは上院と下院がほぼ同等の権限を持っていることから、いわゆる「ねじれ」によって法案がなかなか成立せず、短期間で政権交代を繰り返してきました。

こうしたことが、イタリア経済の停滞が長期化する一因となっていました。これまで政権を率いてきたレンツィ首相は2014年に就任以来、債務危機に対応するための財政緊縮策に取り組んできましたが、経済活性化に向けた規制緩和など改革を進めるには議会での法案審議を加速させる必要があると考え、憲法改正を提案したのでした。

憲法改正案は4月に議会を通過しましたので、そのまま国民投票へと手続きが普通に進めばこれほど大問題にならなかったかもしれないのですが、レンツィ首相が「国民投票で否決されれば辞任する」と発言したことで、国民投票がレンツィ政権への信任投票になってしまったのです。レンツィ首相としては、この機会をとらえて政権基盤を強化して改革を加速させようと狙ったのでしょうが、完全に裏目に出たかっこうです。このあたり、英国のキャメロン首相(当時)がEU離脱の是非を問う国民投票で失敗したのと似ています。

今回の国民投票で憲法改正が否決されたのは、改憲案の内容そのものよりも債務危機以来の財政緊縮策や景気低迷への不満、移民増加への反発、それらを含む既存政治への不満などが重なったためと見られます。憲法改正と移民問題などは別のテーマであるにもかかわらず、国民投票が不満を表明する場になってしまったわけです。

○イタリアは景気低迷が長期化

「反移民」「既存政治への不満」は英国や米国と共通していますが、景気自体は比較的順調な米国と英国に対して、イタリアは景気低迷が長期化しており、イタリアの状況がより厳しいと言えます。イタリアの失業率は最近は低下傾向にあるとはいえ11.6%と依然として高水準で、特に25歳未満の若者の失業率は38.4%に達しています。EU平均(全体8.3%、25歳未満18.4%)に比べてもかなり高水準のままです。

実質GDPも7-9月期は前年同期比で1.0%増となりましたが、EU全体の1.9%より低い伸びにとどまっています。GDPのこれまでの推移を見ても、常にEUより低くなっており、経済低迷が長期化しています。

こうした中で懸念が強まっているのが銀行の不良債権問題です。不良債権とは、融資した貸出債権(借りた側からは借金)の支払いが延滞しているものや一部しか返済されないもの、あるいは貸出先が破たん状態にあるものなどのことで、イタリアの銀行全体の不良債権は3,600億ユーロ(約44兆円)にのぼっています。貸出債権全体に占める比率(不良債権比率)は18%に達しており、大手銀行の中には不良債権比率が40%以上に達しているところもあります。貸したおカネのうち18%や40%がまともに返ってこないのですから、銀行の経営そのものが危機に瀕しているのです。

不良債権と言うと、かつて1990年代から2000年代初めのころ、日本でも大問題となりました。バブル崩壊によって各金融機関が膨大な不良債権を抱え、金融システムそのものが崩壊の危機にさらされていました。大手の一角が経営破たんしたのをはじめ、破たんを免れた大手銀行も例外なく合併や統合によって何とか生き延びたのでした。しかしその頃の金融機関全体の不良債権比率は最大でも8%台だったのです。現在のイタリアの不良債権問題がいかに深刻であるかがわかるでしょう。

イタリアの不良債権がこれほど膨らんでしまったのは、もともと銀行の数が多く競争が激しいため甘い審査で貸し出すケースが多いといった事情があるようですが、やはり基本的には景気低迷の長期化によって企業の経営が悪化し借金返済が滞るようになったことが原因と言えそうです。それによって銀行の経営が悪化し、それがさらに景気を停滞させるという悪循環に陥っているのが現在のイタリア経済です。

こうした状態を打開するため、イタリア1位と3位の銀行はそれぞれ増資を計画しています。しかし増資に応じてくれる投資家を確保できるか不安視する向きもあります。もし計画通りに増資を実施できなければ、銀行の経営不安は現実のものとなりかねません。

○欧州危機再燃の懸念

それでは、今回の国民投票の否決および首相辞任と不良債権問題にはどのような関係があるのでしょうか。今後、イタリアの政治混乱が続けば経済改革が進まなくなり、迅速な対応ができなくなるおそれも出てきます。一段と景気の低迷を招くことが懸念され、それは不良債権をさらに増加させることにつながります。政治混迷が不良債権問題を一段と深刻化させ金融危機の引き金を引く可能性があるわけです。

イタリアで金融不安が起きれば、欧州全体に金融危機が広がる懸念があります。欧州危機の再燃です。しかもイタリアの経済規模や不良債権の金額はギリシャの比ではありません。もしEUがイタリア救済をするような事態になれば、ギリシャ支援の際より多くの資金が必要となるでしょう。

そうなれば、今度はドイツ国内などでイタリア救済への反発が起きることは十分考えられます。これは、ますます「反EU」の声が高まることを意味します。今回のイタリアの国民投票の結果に、欧州各国の反EU勢力や極右政党は勢いづいています。来年は3月にオランダ総選挙、4〜5月にフランス大統領選、秋にはドイツの総選挙が予定されており、反EUを掲げる極右政党が支持を拡大する可能性が予想されています。

以上のように見てきたのは、いわば最悪のシナリオと言えるかもしれません。幸い、市場は今回の結果に対し比較的冷静な反応を見せました。Brexitショックやトランプ・ショックと違って、今回は国民投票での「否決」がかなりの程度で予想されていたためです。しかしこれで安心と言うわけにはいきません。もちろん過度に悲観的になる必要はありませんが、イタリアと欧州の政治と経済の動きに十分な注意が必要なことは間違いないようです。

○執筆者プロフィール : 岡田 晃(おかだ あきら)

1971年慶應義塾大学経済学部卒業、日本経済新聞入社。記者、編集委員を経て、1991年にテレビ東京に異動。経済部長、テレビ東京アメリカ社長、理事・解説委員長などを歴任。「ワールドビジネスサテライト(WBS)」など数多くの経済番組のコメンテーターやプロデューサーをつとめた。2006年テレビ東京を退職、大阪経済大学客員教授に就任。現在は同大学で教鞭をとりながら経済評論家として活動中。MXテレビ「東京マーケットワイド」に出演。

(岡田晃)