ドナルド・トランプ氏は米国の第45代大統領としてどのような施策を進めるのか? トランプ氏とその側近たちの文字通り一挙一動に、米国内だけでなく世界各国の注目が集まっている。

 そんな中、トランプ氏を補佐し、助言し、導いていくという点で最大の影響力を持つと目される人物がいる。つい最近トランプ次期政権における大統領付の首席戦略官に任命されたスティーブ・バノン氏である。

 この「首席戦略官」は、これまでのホワイトハウスにはなかったポジションだ。

 通常ならば、大統領の執務は首席補佐官が中心となって進める。トランプ氏はその首席補佐官に、共和党全国委員長を長い間務めてきたラインス・プリーバス氏を任命した。幅広いコネを持つ共和党主流の実務家タイプの人物である。

 同時にトランプ氏は、共に選挙を戦ってきた同志のバノン氏を、首席戦略官というユニークな肩書きで身近に置くことを発表した。

 ニュースサイト「ブライトバート・ニュース・ネットワーク」の会長だったバノン氏は、大統領選挙戦が本格化した2016年8月に、トランプ陣営の選挙対策本部長に抜擢された(「ブライトバート・ニュース・ネットワーク」は草の根保守派に広く支持されるニュースサイト。全米で5000万近くの読者がいるという)。同氏は見事な手腕でランプ氏を勝利に導き、トランプ氏当選後すぐに前例のない枢要ポジションに任命されたのだ。

あの手この手で政敵を攻撃

 バノン氏は現在63歳、巨大な体躯でよくテレビやラジオに出演して、機関銃のような早口で語ることで知られる。一体どんな人物なのだろう。

 これまでは一般の知名度こそ低かったが、政治とメディアの世界では知る人ぞ知る保守主義の活動家だった。

 元々は海軍士官で、駆逐艦乗務や国防総省勤務を重ねた。退役後はハーバード大学で経営学修士号を得て、ゴールドマンサックスに務めた。その後、自分で創設した「バノン社」という投資企業を使ってハリウッドに進出する。映画やメディアの関連企業を買収し、多角的な経営で利益と影響力を拡大していった。そして1990年代から「保守政治活動会議」という全米規模の草の根組織を結成し、政治活動を本格化させる。

 アメリカの政界の中で「左翼・リベラル」とされるバラク・オバマ大統領や、今回の大統領選で民主党の指名候補となったヒラリー・クリントン氏の陣営からすれば、バノン氏こそが最大の敵だったと言えよう。なぜならば、オバマ陣営、クリントン陣営に果敢で激烈な攻撃を仕掛け、打撃を与えてきた実績があるからだ。だからリベラル派からは「アメリカで最も危険な政治仕掛け人」(the most dangerous political operative)とまで呼ばれてきた。

 実例を挙げれば、今回の選挙戦期間中にヒラリー・クリントン氏の財政面での疑惑を多角的に取り上げて、全米で話題になった『クリントン・キャッシュ』というノンフィクション本がある。この書籍はバノン氏が中心となって発行された。バノン氏は書籍を基に映画も制作している。

 また、ヒラリー・クリントン陣営の中心人物で、ヒラリー氏の側近中の側近だった女性活動家フーマ・アベディン氏の夫、アンソニー・ウィーナー元下院議員が最近逮捕された。未成年の女子とネット上で猥褻な内容のメッセージを送り合ったという容疑だった。この逮捕につながる情報は、バノン氏が主宰する「政府責任研究所(GAI)」というシンクタンクが集めたものだった。GAIは、政治・経済分野を中心に多数の専門家を抱え、様々な調査や研究を実行している。

 こうしてバノン氏はGAIとブライトバート・ニュース・ネットワークの両方を駆使して、保守主義の政治活動を展開してきた。“学術的”な調査を行うシンクタンクと、ときにはどぎつい政治的メッセージを発するメディアを使い分けるバノン氏は、政治の世界の「ジキルとハイド」だとも評されてきた。

自由貿易や移民の受け入れに強く反対

 バノン氏は米国の伝統的な家族重視の価値観を支持しており、その政治主張は一貫して“超”保守主義である。

 つまり、「小さな政府」を唱えて、オバマ政権やヒラリー・クリントン氏の「大きな政府」政策を徹底的に叩く。そしてアメリカの国益最優先の観点から、自由貿易や移民の受け入れにも強く反対する。そうした点はトランプ氏の主張と共通しており、共和党穏健派のジェブ・ブッシュ氏らに対しても激しい批判を浴びせてきた。

 トランプ氏の政権運営をバノン氏が左右し、重要な役割を果たすことは確実である。トランプ氏の信任はそれほど厚いのだ。日本側としても、バノン首席戦略官の動向に十二分の注意を向けることが必要だろう。

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筆者:古森 義久