ASKA(Motoo Naka/アフロ)

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 まったく懲りていない。それに、これでは自分の首を絞めるようなものではないか――。ミュージシャンのASKAさんの逮捕を取り上げる各種報道を見て、つくづくそう思った。それは、ASKAさんについてではない。これを報じるマスメディア、とりわけテレビ局に対して感じたことである。

●生かされなかった“苦い失敗”

 まず驚くのは、この件について取り上げる放送時間の長さ。確かに彼の音楽デュオは、かつて一世を風靡し、覚せい剤の使用で有罪判決を受けた後も、気になる存在ではあろう。加えて、彼自身が「盗聴、盗撮されている」として警察を呼び、それがきっかけで逮捕に至ったという、“飛んで火に入る”的な経緯も人の目を引く。

 著名人の薬物問題を大きく取り上げる報道は、人々の関心に応えるだけでなく、薬物に関する啓発にもなる。個人の意志だけではなかなか断ち切れない薬物依存症の怖さや、薬物を離脱するために何が必要かといった知識が広まり、薬物対策のあり方について議論することは、大いに公共性がある。テレビ局は「視聴率がとれるから」というのが主な動機だろうが、放送時間が長いことが必ずしも悪いとは思わない。

 しかし、今回の件は刑事事件だ。警察が捜査に入り、ASKAさんは逮捕された。そして、彼は「絶対にやっていない」と否認している。番組では、彼が否認していることに触れてはいるものの、事件の詳細を伝えたり、出演者がコメントしたり議論する際には、「覚せい剤を使用した」とほとんど断定している。

 確かに、刑事事件の被疑者はしばしばウソをつく。薬物の影響で妄想があるかもしれない。しかし、無実の訴えが本当のことも、ないわけではない。

 だからこそ、情報を伝える者も「推定無罪の原則」、すなわち「何人も有罪と宣告されるまでは無罪と推定される」という基本原則を心に留めておかなければならないはずだ。これまでも、捜査段階で被疑者を犯人と決めつける報道を行った事件が、あとから冤罪とわかったことは何度もあった。たとえば、オウム真理教による松本サリン事件では、テレビ局を含む報道各社がサリン中毒の被害者で第1通報者の河野義行さんを犯人扱いし、後に謝罪している。

 こういう苦い失敗から、各局はいったい何を学んだのだろうか。

●自ら取材機会を狭めた“タクシー映像”放映

 尿の鑑定を基に起訴された覚せい剤の使用事犯でも、無罪判決が出た事件はある。たとえば、今年3月、東京地裁八王子支部は、覚せい剤取締法違反(使用)の罪に問われた東京都町田市の男性(47)を、無罪(求刑懲役2年)とした。判決は「男性の尿が何者かにすり替えられるなどして、別人の尿が鑑定された疑いが否定できない」と指摘。警察の捜査を「極めてずさんで、信用できない」と厳しく批判している。

 この件は、強制採尿の際につくられた捜索差し押さえ調書は「虚偽の内容で、つじつま合わせでつくられた可能性がある」と判決で批判されるような代物であり、採取された尿を保管する容器の封には本来あるべき男性の署名がなく、そのうえ捜査が一時放置されたなど、さまざまな問題点があった。

 あるいは、捜査の違法性が認定された事件もある。今年5月には静岡地裁浜松支部が、警察が採尿するまでの手続きなどに「重大な違法がある」などとして、覚せい剤取締法違反(使用)の罪に問われた浜松市内の男性(46)に、無罪(求刑懲役2年6月)を言い渡した。

 この男性は、警察に保護され、採尿の結果陽性反応が出たが、弁護人は「保護は実質逮捕で違法。尿の鑑定書は違法に収集された証拠で排除されるべき」と主張していた。裁判所の判決は、当時の男性が「精神錯乱状態にあったと認定できず、保護手続きの要件を満たさない」と指摘。保護されなければ採尿手続きは行われなかったわけで、その両者には密接な関連性があるとして、「保護が違法であり、採尿も違法を帯び、証拠能力は否定される」と判断した。

 ASKAさんの場合、社会的にも注目されており、警察も捜査の手続きには慎重を期していると思うが、人間がやることに「絶対」はない。

 彼が実際に覚せい剤を使用していたとしても、身柄はすでに拘束され、すぐに保釈になるのは難しいわけで、覚せい剤の影響による妄想で他者に危害を加えて被害者が出るというような危険性はない。だから、焦って詳細を報じる必要はなく、捜査の結果を待つなり、裁判での真相解明を目指せばよい。

 できるだけ早く真相を伝えたいのがテレビの性とはいえ、真相がわからないうちに決めつけるのは拙速というものだ。そのうえ、ASKAさんが逮捕前に乗ったタクシーの車載カメラの映像を民放各社が放映した問題で、自ら取材機会を狭める結果になった。

 放映された映像を見る限り、タクシー内で彼が覚せい剤の入手先と思われる者と連絡を取ったり、あるいは誰かに証拠の隠滅を要請したりするなど、事件に関わる内容はない。にもかかわらず、タクシー内といういわば個室の中をのぞき見するかのような映像放映に、インターネット上では「プライバシーの侵害ではないか」という声が次々に上がった。批判は、映像を提供したタクシー会社にも向けられた。

 それを受けて、タクシー会社は謝罪。さらに国土交通省が、全国ハイヤー・タクシー連合会など3団体に向けて、「ドライブレコーダーの映像の適切な管理の徹底について」と題する通知を送った。通知は、「ドライブレコーダーの映像は、運転者に対する安全運転指導や事故調査・分析を効果的に行うなど事業用自動車の安全確保のために活用されるべきであるにもかかわらず、(中略)その趣旨に反し乗客のプライバシーに配慮することなくマスコミに映像を提供するという行為が行われたことは、誠に遺憾である」としたうえで、ドライブレコーダーの適切管理を徹底するよう求めている。

 これで、タクシーやバスなどの会社はドライブレコーダー映像の提供は自粛するだろうから、メディア側としてはこうした映像を入手することは、極めて難しくなったのではないか。

●情報発信者は自制と自覚を

 事案によっては、取材の過程でドライブレコーダーなどの映像が重要になる場合もあるだろう。

 八王子市内で起きた傷害事件で、警視庁八王子署が2人の中国人を誤認逮捕し、東京地検立川支部が誤認起訴した問題では、弁護人が逃走する犯人が乗ったドライブレコーダーの映像を入手し、それが決め手になって、2人の無実が明らかになった。

 今後も、このようにドライブレコーダーや監視カメラの映像が真相解明に役立つ事件はあるだろう。それを報道機関がいち早く報じることは、公益にかなうばかりか人権擁護にも資する。しかし、それも映像の提供があって初めて成り立つ。

 2010年には、メディアへの映像提供を合法とした判決が出ている。米ロサンゼルス銃撃事件で逮捕され、ロス移送後に死亡した三浦和義元社長の万引きの様子を撮影した監視カメラ画像を、コンビニ店がテレビ局に提供したのは肖像権侵害などに当たるとして、神奈川県内のコンビニなどを相手取って賠償を求めた訴訟で、東京地裁が記者への画像データの提供は「公益目的で相当」として、同店への請求を棄却したのだ。店が提供した理由が「万引きの増加に警鐘を慣らすため」だったとして、違法性を否定した。一方で判決は、番組の録画DVDを複製して、自社製品の販売促進目的で配布した防犯システム販売会社に対しては、損害賠償を命じた。

 今回のASKAさんの件についても、民放各社は逮捕直前の映像であることなどから、「公益性、公共性がある」としているが、裁判になったらそれが認められるかどうかは大いに疑問だ。

 ドライブレコーダーを含め防犯カメラ映像は、事案ごとに公共性、公益性、そして当事者の人権などを勘案して取り扱いを決めるもので、お上が一律に禁じるべきようなものではない。しかし今回の一件で、役所が通達を発することになり、報道機関の取材への影響も必至だ。人権に対する無配慮が取材の自由を狭めるという、自分で自分の首を絞めるような状況をつくってしまった。

 これを「マスコミの自業自得」と断ずるのはたやすいが、こうしたことはほかの情報発信の場でも起き得る。ツイッターなどのSNSや掲示板などで個人が発信する情報のなかには、明らかに事実に反するもの、プライバシーや肖像権の侵害、個人への名誉毀損や他民族への誹謗中傷などに類するものを見ることがある。そうした発信がきっかけで不幸な事態が起きれば、お上が乗り出して、自由な情報発信に規制をかけようという動きも出てこないとも限らない。

 情報発信をする者の自制と自覚が必要だ。
(文=江川紹子/ジャーナリスト)