米国次期大統領として、大方の予想を裏切り、政治家歴も軍歴もない実業家のドナルド・トランプ氏が選出された。米国政治の歴史的な転換期を意味するだけでなく、世界的なトレンドの変化を示す、「革命的」変化とも言える。

 変化には大きく2つの側面がある。1つは、グローバリズムに対する米国第一主義に象徴されるナショナリズムの勝利であり、もう1つは、既存のエスタブリシュメントに対する一般の人々、「ピープル(人民)」の勝利である。

 「ピープル」が既存のエリート層、エスタブリッシュメントに勝利したという意味では、「革命」とも言えよう。

 このような、革命的変化はなぜ起きたのか、その背景には、プア・ホワイトを中心とした民衆の、既存政治指導者に対する積もり積もった憤懣と、実業家トランプの経営戦略を応用した斬新な選挙戦術がある。

1 なぜトランプ氏はアイオワ州予備選挙で勝利したのか

 まずトランプ氏が出遅れ気味に大統領選の予備選挙に出馬し、共和党内で大統領候補指名を勝ち取り、さらにヒラリー・クリントン氏に勝利した道のりを振り返ってみよう。

 2014年6月からトランプ氏は選挙戦を始めた。2015年11月30日付のワシントンの政治専門紙『ザ・ヒル』は、2012年の共和党大統領候補の1人だった黒人実業家のハーマン・ケインが、大統領選挙に立候補する前のトランプ氏について語った内容を報じている。

 共和党の主流派とメディアは、トランプ候補を選挙戦から脱落させようと画策した。当初、トランプ氏は「アウトサイダー」と言われ、無視されていた。

 しかし、ケイン氏は「米国生まれなら誰でもインサイダーだ。アウトサイダーはいない」と反論し、トランプ氏に、万人平等という建国理念を説き自信を持たせた。

 さらに、「建国理念である生存、自由や幸福追求の権利を破壊するような政権は、それを変革し廃棄する権利が人民にはある」「新しい大統領とともに変革し廃棄すべきものが我々にはある」と、既存政治の変革の必要性を訴えた。

 トランプ氏は、選挙期間中この「既存政治の変革」を繰り返し訴え、政治経験がないにもかかわらず、共和党大統領候補のトップランナーとして走り続けた。これで終わりだと言われ続けながら、そのたびに高い支持率を確保し、噂を跳ね返してきた。

 逆にジェブ・ブッシュ元フロリダ州知事は選挙期間中負け続けた。ケイン氏は、「ブッシュの問題は彼自身だ」と酷評している。

 このように、政治的にはアウトサイダーであったトランプ氏が、大統領選挙に立候補を決心した理由の背景には、既存の政治と政治家に対する、マイノリティを含めた幅広い「ピープル」の怒りと不信があったことは明らかである。

 「ピープル」の権利を実現できず統治の正当性を失った政府は打倒されねばならないと終始訴え、勝利したという点で、トランプ氏は「ピープルによる革命」の旗手であったと言えよう。

 トランプ氏は、共和党大統領候補としてクリントンに勝利する以前に、既存の共和党大統領候補の主流派、エスタブリッシュメントに勝利したのであり、民主党のみならず既存の共和党にも勝利したと言える。

 2015年1月、トランプ氏はアイオワでの自由サミットで民衆を前に演説し、大喝采を博した。その演説内容は、その後彼が大統領選挙に勝利するまで一貫して主張していた内容と符合しており、彼の政治信条の中核をなす政策と言えよう。

 彼は演説で、一般の共和党政治家とオバマ大統領の無能さを厳しく非難し、聴衆が総立ちとなり拍手喝采するほどの支持を得た。喝采する聴衆に向かい、彼は「米国を再び偉大にするために何をなすべきかを私は知っている。潜在力は巨大だ。私は大統領を目指すことを真剣に考えている」と表明している。

 その場で彼が述べた政策は以下のようなものであった。

(1)ISIS(「イスラム国」)の撲滅
(2)イスラムテロリストの流入阻止
(3)連邦財政赤字の削減
(4)「安全保障を真剣に考慮し」、不法移民を阻止するために南部メキシコ国境沿いにフェンスを建設

(5)社会保障、メディケア(老齢者医療保険制度)、メディケイド(低所得者医療扶助制度)を、「国を再び豊かにする」ことによりその骨子を遺しつつ、節約
(6)オバマ政権下で制定されたオバマケア(国民皆健康保険制度)法の見直し
(7)国の道路と空港の再建

 さらに、「私は、極めて保守的で共和党員だが、我々の共和党政治家はオバマ大統領に好き放題にさせており、失望した」と述べ、共和党主流派に対して支持を得るような姿勢を全く見せず、厳しく非難している。

 2015年2月の時点で、同年6月には予備選挙出馬の意向を最終決定することをインタビューでほのめかしているが、この時点ではメディアでも、自家用のジャンボ機で遊説して回る大富豪程度に扱われ、まともな候補者とはみなされていない。

 トランプ氏自身は、その後も持論を遊説して回り、2015年4月にはフォックス・ニュースに、他の潜在候補者より有利だと発言し、公式な立候補表明はしていないものの、勝利への自信を覗かせている。

 5月になると、それまでトランプ氏を粗野で異常だとして馬鹿にしていたメディアも、注目度を高めている。トランプ氏自身は真剣に出馬を考え始め、6000万ドルを拠出している。

 同月のフォックス・ニュースは、「既存の政治家には、トランプのように米国のCEO(最高経営責任者)として国家を運営できる者はいない」として、「トランプこそ大統領に相応しい」と評価している。

 オバマ大統領は何度も失敗し、「ピープル」の利益を守れなかったが、トランプ氏なら説得力も実行力もあり、人事も的確に行える人物だとしている。

 トランプ氏は、5月にCBNとのインタビューで、大統領になったらメキシコとの国境に壁を造ると明言している。彼は、今の国境管理ではいかにやすやすと国境を歩いて超えられるかを強調し、「何十万人もの人々を我々は受け入れているが、その一部には強姦魔、殺人者、麻薬の運び屋もいて、メキシコ国境から流入している」と非難している。

 これを止めるため、彼は最新の計画として「誰も造らないような壁かフェンスを造る」と述べた。また、メキシコは、米国から経済的にも国境でも利益を得て米国を盗み取っているから、壁の建設費用はメキシコに払わせるべきだと主張している。

 6月の大統領選予備選挙出馬表明の演説では、メキシコ移民の中の、麻薬所持者、殺人犯、強姦犯は追放せよと演説し、人種差別主義者との非難が高まった。

 これに対し、テッド・クルーズ上院議員はフォックス・ニュースとのインタビューで、共和党大統領候補として競争相手になったトランプ氏を、「彼は派手だが、本当のことを言っている」「NBCは、馬鹿げた間違ったポリティカル・コレクトネスにこだわっている」と、擁護している。

 また、トランプ氏自身も、その数日後に、「メキシコ人の一部は善良な人たちだ」「私もメキシコ系やラテン系の人が好きだし、友人も大勢いる」と釈明している。クルーズ氏もトランプ氏も、メキシコ国境にフェンスまたは壁を造ることを提唱しているが、トランプ氏は「誰よりもよりよく造れる」ことを繰り返し強調した。

 トランプ氏の壁を造れという主張は過激な発言の典型のようにみられがちだが、クルーズ氏も同様の主張を当初から行っていた。また、後述するようにヒスパニック系の人々にも賛成者は多く、非現実的な過激な空論ではない。それほど、メキシコ国境を越えて入る不法移民問題は深刻化していたと言える。

 6月には最新の全米の電話とオンライン調査の結果、トランプ候補の支持率が民主党のクリントン候補の支持率を4ポイント上回ったと報じられた。7月、共和党大統領候補のフロリダ州での予備選挙投票結果では、トランプ氏が第2位のジェブ・ブッシュ候補に支持率26%対20%で6ポイントの差をつけて第1位に立った。

 トランプ氏は、ニュー・ハンプシャー州でもブッシュ候補の2倍の支持率を集めた。ABCニュースは、7月の時点でトランプ候補はすでに共和党員と共和党寄りの独立派全体の24%の支持を固めたと報じている。

 8月に入り、トランプ氏は共和党の大統領候補者間の論点を決める主導権を握った。彼は共和党を、移民政策では強硬な右派寄りに、自由貿易では否定的な左派寄りの政策に傾けた。他の候補者は混乱し、トランプ氏をまねるようになった。なかでもジェブ・ブッシュ氏は、最も彼らしくない最悪の物まねを演じた。

 ブッシュ氏はトランプ氏に続きメキシコ国境問題を採り上げ、不法移民の米国生まれの子供たちを「アンカー・ベビー」と呼んだ。その後、この用語を使用したことを謝罪したが、「共和党に投票しようとしない、もう1つの大きな非白人集団(ヒスパニック)の票を、いま共和党は必要としている」と発言し、ヒスパニックの反感を逆に招いた。

 2015年8月30日付の『ポリティコ』誌によれば、同年8月までにトランプ氏は予備選挙のレースの流れを変えてしまい、他の候補はトランプ氏の優位にどう対応するかが問われるようになっていた。

 しかし他の候補が採り得る対応策は、以下に分析するように、「受容」以外にないと判断せざるを得ない状況になっていた。

(1)「無視」。これは当初の共和党の戦略だったが、もはやトランプ氏は無視できず、うまくいかないのは明らか。

(2)「攻撃」。トランプ氏は、強姦者、女性蔑視者、人種差別主義者、隠れ民主党員、ヒトラーなどと非難されてきたが、それでも彼の支持率は上がり続けている。トランプ氏は逆に、非難した候補者に対しツイッターなどを通じ、彼流のやり方で猛烈に反論している。

(3)「追放」。これは最悪の対応である。見え透いた妨害はトランプ支持者を激高させ、支持者を増やすことになる。

(4)「取引」。取引するとしても、トランプ氏が満足する代価は、彼を大統領にすることしかない。

(5)「退屈させる」。トランプ氏ほど退屈しない候補者はいない。彼が退屈なら他の候補者はもっと退屈だ。

(6)「受容」。これが残された最後の最も現実的な対応である。トランプ氏自身が選挙戦を降りることもなく、自滅する可能性もなくなっている。

 このように、当初泡沫候補とみられ、共和党主流派からの非難や妨害にされていたトランプ候補は、予備選挙の当初から共和党の大統領候補者の中でトップに立ち、その後その地位を不動のものにしていった。

2 トランプ氏の選挙戦術

 彼の選挙戦術の特色は、ビジネス戦略を応用して、キーとなる人材を大胆に登用し支援者を組織化するとともに、無料Tシャツの配布、トランプバスの巡回、ネットワーキングの活用など、これまでにない斬新な手法を駆使した点にある。

 この手法により彼は、現状変革を望みながらその声をワシントンに届けられず憤懣を溜めていた、地方の草の根のトランプ支持者一人ひとりにまで、きめ細かく自分の主張を届けることに成功した。

 その結果、既存の組織や手法に頼る他の候補を終始引き離し、予備選挙を勝ち抜いた。アイオワでの州予備選挙直前の2015年1月末の時点の世論調査結果によると、すでに支持率28%を獲得し、クルーズ氏の23%を上回っていた。

 2015年8月31日、CNNは以下のように、同年2月のアイオワ州での予備選挙で勝利したトランプ候補の選挙戦術について報じている。

 トランプ氏は全米最初のアイオワ州での党員集会で、徹底した組織化を行い勝利した。この流れに乗り、彼はその後の全米各州での予備選挙を優勢に進めるための道筋をつけることができた。

 アイオワでは当初、トランプ候補はそれほど知られていなかった。トランプ陣営はアイオワでの選挙戦で、同州での党員集会までに、彼らをトランプのボランティアや熱烈な支持者に変えることを課題としていた。

 トランプ陣営がアイオワでの戦略にいかに力を入れていたかは、同州きっての戦略家で、ラジオのトーク番組の司会者でもあるサム・クロービス氏を雇ったことにも表れている。

 彼は2012年の大統領選挙などで実績を上げ、国家レベルの政治アドバイザーを務めていた。クロービス氏はトランプ陣営にとり最大の戦力となった。

 クロービス氏は、メディアを通じ、また州内を駆け回って、トランプ氏がなぜ共和党の大統領候補としてふさわしいかを説いて回った。クロービス氏は、ティーパーティーのような、ワシントンのやり方を変えることを何よりも望んでいる人々に、ポピュリスト的な口調で訴えた。

 クロービス氏はそれまでトランプ氏の演説を非難していたが、味方にすることでトランプ氏は大きな得点を挙げた。さらにクロービス氏は、尊敬を受けていた退役軍人の活動家チャック・ロードナー氏とも組んだ。

 トランプ陣営はアイオワ州で弾みをつけ、それ以降の選挙キャンペーンの流れを決めた。2015年8月初めにロードナー氏は、1年も前から熱烈な興奮した支援者がかつてないほど集まり、州全域の1774カ所の投票区からボランティアが集まったと発言している。

 アイオワでは多数のボランティアが10人のフルタイムスタッフを支えた。ボランティアたちはカウンティでの催し物、パレード、地区の共和党会食会、集会の代表者たちであった。1週間にわたり州全域を回る自転車ラリーでは2万人が集まった。

 トランプ支援者集会の模様は、「アメリカを再び偉大にする」とのロゴを書いた青色のツアーバス「トランプバス」でも伝えられた。トランプバスは州全域を走り回り、小さな町でも止まって、スタッフは降りて、握手し挨拶し庭の看板やバンパーに貼るステッカーなどを手渡し、最も重要なことだが、支援者の署名を集めた。

 その時に、多くの人々がトランプバスにトランプ氏は乗っていないと知りながら、バスのところまで来て、スタッフに、どれほどトランプ氏を支持しているか告げたとスタッフは語っている。トランプ氏がいなくても、このような一対一の交流が、アイオワでの支持基盤作りにとり極めて重要であった。

 ある地区集会では、1カ所で70人以上のボランティアが集まったが、焦点を置いていたのは、より多くの人を集めることではなく、戸別訪問や電話作戦をするボランティアだった。

 トランプ氏は全米で、身近の人との直接対話を最前線に立って重ねたが、対話は草の根運動を盛り上げるために、戦略的にコントロールされた。早く盛り上がりすぎた支援のエネルギーを維持するため、意識の高い有権者との意見交換は棚上げにされた。

 2016年2月の地区党大会まで、アイオワ州の大半の有権者は、どの候補者に投票するかを最終的に決めないものだが、トランプ支持者は、2015年8月の段階で早くもトランプ氏支持の意思を固めていた。

 その後の数か月間、選挙スタッフは、党大会用のグッズやハンドブックを持って党大会の指導者たちを回り、選挙運動の基盤を固め、有権者との関係を深めた。

 トランプ氏は、2児の母である女性実業家タナ・ゲルツを州の副議長につけた。彼女はフェースブックを通じて、「4人(枚)のトランプをスタンプする」運動を7月に展開した。その運動は、誰であれ、最も多くのトランプ支持者の名前、ナンバー、メールアドレスを集めた者が勝者となるという競技会であった。

 その結果、支援者になってくれそうな人の名前があたりかまわず集められることになり、20人以上の州内では名も知られていないボランティアが競争者の中に含まれることになった。

 しかし、ロードナー氏は、「あのような興奮は誰も実現できない。党大会で成功するためには誰が必要かを見出すこともできる」と述べ、ラリー氏の意義を強調している。

 州南部での勝利は、各カウンティでボランティア募集、党のイベントへの参加、サイン会、バンパー用ステッカーの配布など、ビジネス戦略を選挙に応用した地道な活動の成果であった。特に効果を上げたのは、マーケッティングでも死活的に重要な手段である、1万枚の無料Tシャツの配布だった。

 ゲルツ氏のもとには毎日400〜500通の支援申し出のメールが届いた。ゲルツ氏は彼らをネットワーキングで結び、各人が10人の知人に対し地区党大会に行くように呼びかけてもらった。彼女自身も、トランプバスに支援者を載せて地区党大会に連れて行くなど、できることはすべて行ったと述べている。

 このように、ビジネス戦略を応用し、ネットワーキングンなどを活用した斬新な選挙戦略により、トランプ氏はアイオワ州での予備選挙に勝利した。その後も、同様の戦略、戦術はフルに効果的に活用された。

 元ニューヨーク市長のルドルフ・ジュリアーニ氏は、以下のように述べている。

「トランプは交渉を取り仕切ることができる人だ」「ビジネスでの手法は政府にも容易に適用できる。彼は米国のより良い希望の星だ」

3 一貫した反エスタブリュッシュメント主義と巧みなメディア戦略

 2015年11月頃には、10週間前まで12人以上いた共和党の大統領候補者の多くは消え、トランプ氏がトップランナーの地位を固め、ベン・カーソン氏がそれに次ぎ、他の候補は挽回が難しくなっていた。

 トランプ氏はマンハッタンの本部に黒人の牧師を招き、まだ彼への支持をためらっている、福音派やマイノリティ票の獲得にも動き出していた。この頃には共和党員は、アイオワ州の草の根のトランプ支持者とニュー・ハンプシャー州の伝統的な共和党員の2派に分裂の様相を見せていた。

 トランプ氏は反エスタブリッシュメント主義をさらに明確に打ち出した。この頃には、熱心な共和党員の25%が彼を支持していた。

 他方、典型的な共和党エスタブリッシュメントのテッド・クルーズ氏の陣営は、「誰が信頼に値するか?」と訴え、クルーズ氏こそ「最後までやり抜ける、エスタブリッシュメントの中の最良の候補者」であると主張した。

 しかし、1人の候補者を追い抜くために福音派の票を固め始めなければならなかったほど、クルーズ氏は劣勢になっていた。

 共和党内主流派内の強硬派であるマルコ・ルビオ氏とジェブ・ブッシュ氏は、自らをルビオ氏は次世代の声を反映するとし、ブッシュ氏はベテランの改革者であることを強調した。

 しかし、共和党主流派の多いニュー・ハンプシャー州でも、トランプ氏が支持率22%と大差でトップに立ち、ルビオ氏は11%、クルーズ氏は9%、ブッシュ氏は8%にとどまった。

 これらの経過からみても、米国の建国理念を忘れ「ピープル」の権利を実現できない既存の政治と政治家に対する有権者の怒りが、エスタブリッシュメントに対する反発とトランプ氏への支持になって、予備選挙の当初から表れ、それが燃え盛っていったことは明白である。

 2015年12月31日のCNNは、同年の1年間のトランプ氏の選挙戦の教訓について、以下のように報じている。

 「共和党員の多くは、2期目のオバマ大統領の(人種差別など)文化面での過敏さやプロの政治家らしいレトリック、いわゆるポリティカル・コレクトネスへのこだわりに対し、歴代大統領の中で最も偏向した党派性の強い大統領とみていた。彼らは、政治の主流から外れた誰かが、本当のことを言ってくれることを待ち望んでいた」

 トランプ氏は、反乱の機運が満ちた共和党の雰囲気を敏感に感じ取り、彼のような煽動家が歓迎されることを認識していた。歯に衣を着せず物を言う、アウトサイダーの彼は、オバマ大統領の空々しいレトリックに飽き飽きしていた多くの共和党員が、待ち望んでいた候補者であった。

 トランプ氏は従来の手法を使わず、他の候補と異なる手法で自らの見解を支持者に伝えた。その際に、これまでの共和党エリートにとり自らがアウトサイダーであり、政治の素人だが、成功したビジネスマンであることを最大のセールスポイントとして訴えた。

 憤懣を抱えた一般の共和党支持者の期待に応えるように、聴衆の感情を掻き立てる能力に秀でていた。特に、感情を煽るセンシティブな問題では、極端な路線を取り、支持者の心をつかんだ。

 メディアでの出演に慣れており、メディア対策でも既存メディアに頼らない斬新な戦略をとった。

 トランプ氏は、メディアで他の候補が好意的に報道されているときでも、臆することなく極端な主張を展開して憤激と同時に注目を集め、無料でメディアの話題をさらうという手法をとった。

 例えば、共和党のエリートたちがヒスパニック票を失うことを恐れてあえて言わなかった移民問題に対する強硬策を主張したが、それこそ共和党のあらゆる支持層の本音を突いた政策であった。

 また、メキシコ国境に壁を造り、その費用をメキシコに払わせることを約束している。さらに、他の候補がイスラム教徒難民の受け入れは過激派の米国内への侵入を招く恐れがあると訴えるにとどまっているとき、イスラム教徒の入国禁止という強硬策を主張した。

 他方で、他の共和党候補者を激しく攻撃した。彼と論戦した候補者の多くは敗れて脱落した。ジェブ・ブッシュ氏を「エネルギーの低い」候補者と攻撃している。

 エンターテイメント性もカギとなった手法の1つである。ショーマンシップを発揮し、見せ場を創るのが巧みであった。無味乾燥な政治的公約や提言を述べる代わりに、米国の敵をひるませると誓い、いかに彼が金持ちかを自慢し、子供たちを自分のヘリに乗せたが、いずれもエンターテイメントに使われる手法である。

 時流に乗ることが巧みなトランプ氏は、深夜のトーク・ショーに出演し、既存のメディアは避けオンラインで新たな聴衆に訴えた。パフォーマンスの重要性は、歴代の優れた大統領は誰もその重要性を認識していたが、彼はエンターテイメントと政治の境界をあいまいにするという、新局面を切り開いたと言えよう。

 また、怒りに燃えた政治的な支持者の基盤を、500万人以上に上るツィッターのフォロワーという形で組織化した。それと同時に、他の候補者の誰よりも多く、伝統的なメディアのエスタブリッシュメントにも資金を出している。

 そして、多くの候補者が広報担当者の陰に隠れて姿をなかなか見せない中で、いつでもアクセスできる候補者というイメージづくりに努めた。

 インタビューのための特別なスタジオを設けるよりも、ケーブルテレビ局やインタビュアーを自分のトランプ・タワーに招き、金ぴかのエスカレーターの前で、聴衆のために語ることを好んだ。そのようにして、時間を気にしない、気さくなインタビューを毎日のように行った。

 彼の批判者が、彼を女性嫌い、頑固者などと非難しても、トランプ氏が政治ショーにより放送の重要性を他の候補者に痛感させたことは間違いなく、自分自身は非難により傷つくことはなかった。

 また彼が富豪であり政治的素人であることにより、通常の政治家なら非難される発言、例えばベトナム戦争の英雄であるジョン・マケイン氏が捕虜となったことに疑問を挟むといったことについても、非難されずにすんだ。

 共和党内の批判者は、「彼は、過激に語れば語るほど熱狂するという群集心理を操作することに長けている」と語っている。

 トランプ氏の予備選挙立候補表明演説の急所は、メキシコ人を強姦者と非難し、ジェブ・ブッシュ氏の知性を疑問視し、米国の指導者たちを愚か者と評し、「米国の夢は死んだ」と述べるなどの一連の過激な発言であった。

 このような過激な発言は、支持層の特性を意識し、その支持を拡大するために意図的になされた世論戦略でもあった。

4 支持層とそれに呼応した世論戦略の成功

 当初は泡沫候補とみられていたが、6か月経ってもトップランナーの地位に留まっていた。その理由は、長らく無視され既存の政治家に絶望していた有権者たちの代表として、自らを位置づけることに成功したためである。

 彼は因習打破の姿勢をアピールすることにより、正統な保守派ではないにもかかわらず、保守派内で力を得ることができた。

 トランプ氏の政治基盤はアイオワの党員集会で固められたものではなく、支持者そのものであった。そのため、共和党の指導者たちは、彼が党を離れ第3党を作るのではないかと恐れたほどである。

 そして、世代の若返り、民族間対立の高まりなど、無国籍化しリベラルになっていく時代の変化にさらされ、不満をためていた白人労働者階層を主とする人々の不満の受け皿になった。

 米国の国家もそのよって立つ価値観も消えつつあるとの感情に加え、リーマンショック以降の不況の中、グローバル化によりブルーカラーの多くが職を失い、彼らの不満はさらに高まった。これが「米国を再び偉大な国にする」とのスローガンが幅広く支持された要因である。

 中でも、大学教育を受けていない白人層は、体制全体が腐敗しているとみて、既存の政治家はもうたくさんだと感じていた。トランプ氏は彼らこそが支持基盤だと見抜いていた。

 白人労働者階層に加え、保守層の多くの人々が、ワシントンに送り込んだ共和党員の大半が、無気力な指導層に支配され、偏った大統領に歯止めをかけられないでいると憤慨していた。

 保守層は、かつてのジョン・マケイン氏やミット・ロムニー氏のようなエスタブリッシュメントの生え抜きの候補者では駄目だとみていた。彼らは別のモデルを欲していた。そうであれば、トランプ氏が政治の流れを一変させたのも不思議ではない。

 フォックス・ニュースとの論争でも、トランプ氏は謝罪を勝ち取り、メディアに対する不信を強めていた多くの一般有権者の支持を得た。彼は、何ものも恐れない有言実行の人、決して引き下がらず物事をやり抜く人との評価も得ている。

 2016年2月末の時点の世論調査結果によれば、トランプ氏が共和党の有権者の40%の支持を得て、2位マルコ・ルビオ氏の19%、3位ジョン・ケーシック氏の19%、4位テッド・クルーズ氏の10%を大きく引き離していた。

 トランプ氏は、これまで福音派とブルーカラーの票が強いとみられていたテキサス、アラバマ、アーカンソー、テネシーなど南部からメキシコ国境に至る各州では、クルーズ氏に勝利した。

 他方で、ルビオ、ケーシック両氏の牙城とみられていたバーモント、マサチューセッツ、バージニアなどの、大半がホワイトカラーで福音派も多くはない州でも、勝利した。

 このように、保守層の大半を抑え、過去の2度の大統領選挙でロムニー氏やマッケイン氏ができなかった、地理的、人口学的な支持層の分断に橋を架けることに成功した。

 過去の2度の選挙では、ロムニー、マッケイン両氏とも福音派ではない中道層の票の半数と福音派の3分の1の票を獲得するという、同じような路線を追求した。その結果、福音派の多い地域では勝利できなかった。トランプ氏はこのような分断を乗り越えて、幅広く保守層から支持を得ている。

 しかし、その代償として教育レベルによる分断を生み出した。彼は大学を卒業していない層の54%から支持を得ている半面、大卒者の30%からしか支持を得ていない。

 福音派の白人の60%以上、共和党支持のブルーカラーの半数以上がトランプ氏を支持している。単一では最大のグループである、福音派のブルーカラーの支持は、予備選挙期間中、クルーズ支持からトランプ支持に傾いた。

 福音派の非大卒者の支持率は当初クルーズ氏が有利だったが、その後逆転し、ニュー・ハンプシャーでは13ポイント、ネバダでは19ポイント差でトランプ氏が優位に立った。

 男女差による支持率も大きく分かれた。ニューヨークの共和党支持者の間でのトランプ支持率は、男性が63%、女性が48%だった。

 ティーパーティーの間でもトランプ氏の支持率は1位になっている。

 以上から、トランプ氏の支持層は、主に白人男性の非大卒、ブルーカラーであり、福音派か否かによる差も、地域差もあまりなく、保守層から幅広く支持を得ていたことが分かる。

 2016年4月になると、これまでクルーズ氏などを支持してきた共和党有力者の中にも、トランプ氏が大統領となることは、これまでの共和党対民主党という対立図式を一変するものだが、それ自体が問題ではなく、それにどう対応するかが問われているとする見方も出るようになった。

 また、トランプ氏の対外政策が発表されると、思慮深い政策だとして賛意を表する動きも出るようになり、世界の指導者を恐れさせることのできるトランプ氏は米国のためになることをしてくれるだろうといった、変革への期待も高まっている。

 この頃には、想像以上に強力な支持層があると評価されるようになったが、それに対してどう対応するかで戸惑いが見られた。

 共和党の議員たちは、共和党支持者の声に耳を傾けてトランプ支持に回るか、クリントン氏が次期大統領となるリスクを取るかの選択を迫られていると感じるようになっていた。

 攻撃の的となった共和党の議員らエスタブリッシュメントの間でも、トランプを評価し、支持に回る動きも出始めた。

 このようにトランプ氏は、保守層に幅広くくすぶっていた既存のエスタブリッシュメントやメディアへの反感を背景にして、その後の予備選挙間にさらに支持を広げた。2016年7月に入り、クルーズ氏とケーシック氏が相次いで大統領選挙からの撤退を発表、トランプ氏は共和党大統領候補指名を事実上勝ち取った。

 最終的には本選挙では、共和党支持者の約9割が彼に投票することになり、憂慮された共和党の分裂が表面化することはなかった。むしろ、選挙戦を通じ、新たな枠組みの中で、広範な保守派の支持勢力がトランプ「革命」の波に乗ったというのが実態に近いであろう。

5 クリントン氏に勝利した戦術

 2016年6月末の時点での『ホワイトハウス・ウォッチ』誌の調査結果によれば、トランプ候補とクリントン候補の支持率は、43%対39%と、トランプ候補の優位が報じられた。その際、トランプ氏は共和党支持者の75%、民主党支持者の14%を確保し、クリントン氏は民主党支持者の76%が支持し、共和党支持者の10%を確保したとされている。

 トランプ氏がラスト・ベルト(錆びついた工業地帯)の自動車産業の労働者層など、これまで民主党支持層であったグループの一部から支持を得て、民主党支持層の13%と、クリントンを上回る相手陣営の票の切り崩しに成功していたことが伺われる。

 しかし、その後一般メディアの世論調査結果では、終止クリントン候補の優位が伝えられた。11月8日の投票日直前24時間以内の電話とオンラインによる世論調査結果では、クリントン氏が45%、トランプ氏が43%の支持を得ており、クリントン氏が僅差で勝っていると報じられた。

 そのようななか、アメリカン大学のアラン・J・リッチマン氏は、過去の大統領選挙の分析結果に基づき、トランプ優勢を予測した。

 彼は、勝敗を決定する13の要因について分析したが、そのうち与党に不利とされた要因が6つあり、残りの要因の1つである第3政党の得票率で、自由党の党首が5%以上を得ており、これは与党不利の要因と評価された。結果的に僅差で与党民主党の候補が敗北すると予測された。

 この第3政党への支持率が高いことは、既成の政治と政党に対する不満が高まっていることを示している。このことは、トランプ氏が共和党主流派を非難し、クリントン氏をオバマ大統領の継承者であり既存政治家の代表として攻撃し、支持を広げたことと符合している。

 クリントン氏が敗北した大きな原因の1つは、オバマ大統領の継承者として自らを位置づけ、あるいはそのように見なされた点にある。

 トランプ氏はオハイオで、オバマケアにより保険料はこれから1割以上値上がりし、労働者に破滅的な打撃を与え、多くの家庭にとり負担できないものになりつつあると訴えた。

 そして「腐敗を断ち切り、米国を「ピープル」の手に取り戻し」、経済政策では徹底して雇用を第一とすることを明確にしている。

 このように、オバマ政権の政策が雇用を喪失させ、中間層の負担増加を招いたとする批判とそれに対する対案の提示が、トランプ氏の訴えた政策の核心と言えよう。

 2016年9月30日付『USAトゥディ』紙は、「クリントンは口舌の人だが、トランプは実行の人だ。彼は思慮深く、思いやりがあり、安定した、大統領として、また軍の最高指揮官としてふさわしい人物だ」と評価している。

 クリントン氏が口舌の徒であるという非難は、レトリックに走り実行力がないとみられているオバマ大統領と同類と印象づけることを狙ったものと言えよう。

 さらに同紙はクリントン氏を、「ワシントンの現状維持と腐敗を体現した候補者だ。彼女では、現状はさらに悪化し、増税、歳出の増大、規制の強化、政府の肥大がもたらされるだけだ」と非難し、オバマ政権の継承者、現状維持勢力としての彼女の政策の問題点を列挙している。

 他方のトランプ氏を「我々が直面している課題について、正直かつ率直に語っている。ルイジアナでの洪水の際には、被災地に駆けつけ雨の中で演説し、被災者を励ました」とその人柄と行動力を称賛している。

 この時点でトランプ氏の掲げていた「米国の国内外での地位を改善するための政策」として、以下が列挙されている。

(1)「対外政策」として、軍の再建、イスラム過激派の撲滅、我々と同盟国の安全を損なうような取引はしない。

(2)「国内向けの政策」として、「経済再建に取り組む人々を後押しするため」、すべての米国民の減税、連邦による大規模な新たな規制の中止、米国の労働者を支援するための貿易協定の見直し、石炭を巡る戦いを終わらせ、新しい米国内のエネルギー源を開発する。

(3)「福祉政策」として、恵まれない子供たちの教育の選択肢を広げる、オバマケアに替えて、より受け入れ可能で多くの人に利用される健康保険制度にする。

 これらの政策は、2015年1月時点の最初の政策と基本的には変わっていない。

 ただし、対外政策に関連し、軍の再建と同盟国の安全が強調されている。また経済政策では、連邦の財政赤字削減に代わり、減税、規制緩和、貿易協定の見直し、新エネルギー開発などより具体的政策が出されている。

 国内インフラへの投資は表には出ていない。福祉面ではメディケア、メディケイトへの言及がなくなり、教育の選択肢の拡充が強調されている。

 支持層の要求や国外の反響を踏まえ、より具体化され、あるいは修正が加えられているものの、それまで訴えてきた、国内企業家、労働者、農民、退役軍人、貧困層の若者など、幅広い草の根の「ピープル」の支持を重視した政策になっている。

 トランプ氏は、クリントン氏の倫理性も問題点として強調し、彼女のことを8〜10日間でも調べてみれば、倫理的問題があるのは明らかとなると非難している。

 特に問題としたのは、クリントン基金の問題と電子メール問題である。選挙期間も末期になり、いったんは訴追しないとしていたFBIの電子メール問題に関する捜査が再開され、クリントン氏は支持票を減らすことになった。

 トランプ氏は、2016年9月のミシガン州での演説で、特定の利益と結びついた腐敗した政治家の手から国を取り戻し再建すると訴えた。その際、クリントン氏がTPP賛成派から選挙資金を寄付され、クリントン基金に資金提供を受けて、彼らの立場に立って演説し、ミシガンのあなた達から雇用を奪おうとしていると演説している。

 オハイオの演説では、クリントン氏がEメール問題に関連し、FBI副長官の妻に67万5000ドルの賄賂を贈り、サーバーの調査を見逃してくれるよう依頼したとのスキャンダルを暴露している。

 また、クリントン氏が議会で宣誓しながら、3万3000通の議会から提出を命じられたEメールを消去し13の電話を破壊したと、Eメール問題を採り上げ、30年間も政治家をしていながら、国家のために何もしてこなかったと非難している。

 そのうえで、米国を傷つけるグローバリズムに反対し、利益を独占しているワシントンの政治家を非難し、米国を救うとトランプは訴えている。

 また、ミシガンの演説では、メディアについても、ウォール・ストリート・ジャーナルが中産階級の利益を侵害していることを報じないと批判したうえで、クリントン氏はウォールストリートから100万ドルの寄付を受けていると、メディアとの癒着を指摘している。
 大統領選の本選挙では、東部、カリフォルニア、シカゴなどの一部の大都市部でクリントンは勝利したものの、トランプは、大半の地方都市や田舎でクリントンを得票数で大きく引き離した。

 これは一面では、前に述べたように、トランプが予備選挙段階から地方の隅々まで選挙運動を展開し、地方の保守派の票を掘り起こした成果とも言える。

 大方の世論調査の結果通り、クリントン候補の全米の獲得票総数は、トランプ候補よりもわずかに多かった。それにもかかわらず、トランプ氏が勝利した原因は、グローバル化により被害を受けた、地方都市の中小企業主や農場主、ラスト・ベルトを含むこれまで民主党寄りであったブルーカラー層など、幅広い支持票を獲得し、大統領選挙人の票を効率的に集めることができたことにあると言えよう。

 また男女差では、トランプ氏は男性の間ではクリントン氏より14ポイント多く、女性の間ではクリントン氏はトランプ氏より9ポイント多くの支持を得ており、トランプ氏は男性の間で、クリントン氏は女性の間で支持を得ている。ただし、クリントンの女性の間での人気は、トランプの男性の間での人気よりも低い。

 中でも、未婚女性の過半数はクリントン氏を支持したが、既婚女性の過半数は支持していない。このことは、クリントン氏の腐敗と政治実績に対する、中間から下層のプア・ホワイトを夫に持つ既婚女性たちの反感を反映している。

 また黒人の大半は、オバマ大統領を継承するとしていたクリントン氏を支持したが、トランプ氏は、白人男性の過半数とヒスパニックその他のマイノリティの有権者の一部の支持を得ている。

 トランプ氏が、メキシコ国境に壁を造れという一見過激な人種差別的主張にもかかわらず、ヒスパニックからも支持を得ていることは、彼の主張の妥当性を物語っている。

 不法移民問題は、すでに米国市民として相応の地位を占めていたヒスパニック系の人々にとっても、職を脅かされ、麻薬、武器の流入、治安の悪化など、人種にかかわらず、生活や法治主義を脅かす深刻な問題として認識されていた。それが、ヒスパニック系の一部がトランプを支持した理由である。

 このように、クリントン氏の敗因は、過去のスキャンダルと政治実績に対する、一般有権者の性別、人種を問わない幅広い反感と不信、オバマ政権のグローバリズムやリベラリズムの継承者として自らを位置づけたことが、それにより傷ついた中間から下層の労働者やマイノリティからの支持も失う結果になったことにあったと言えよう。

最後に

 以上のような経過をたどり、最初は泡沫候補とみられていたトランプ氏は、米国大統領の座を射止めた。

 ただし、ト分裂と恐怖の種をまくという演説手法をとっており、ジョセフ・マッカーシーやジョージ・ウォーレスのようなポピュリストの系譜も引いていると言える。

 不満や怒りに満ちた低所得層、中間層の多数の物言わぬ人々を理性的な政策に導くことは容易ではない。安易な扇動は過激化と分断を招く危険も伴うであろう。

 彼が述べた、9.11の際に数千人のイスラム教徒がニューヨークで祝ったといったことは事実とは立証されておらず、クリントン氏も同様だが、発言には誤認や誇張もみられ、指摘されても謝ろうとはしない。

 このようなポピュリストとしての危うさは、今後大統領職に就いた後、続くのか、改められるのかは、注目される点である。

 実業家として成功したトランプ氏の実績を見れば、大統領になれば変化し、現実主義的な路線をとる可能性が高い。

 政権を支える閣僚、スタッフの人事にも、ビジネスマンらしい現実主義的なバランス感覚が伺われ、勝利宣言で見せた冷静な演説ブリこそ、彼の本来の姿ではないかと思われる。米国大統領として、慎重かつ合理的な政策追求がなされることを期待したい。

筆者:矢野 義昭