2016年12月06日
TEXT:大谷和利(テクノロジーライター、原宿AssistOnアドバイザー)
▷曖昧になるリアルとバーチャルの境界線

かつてスティーブ・ジョブズの周囲には「現実歪曲フィールド(Reality Distortion FIeld)」が存在すると言われていた。無理難題と思えるような目標、支離滅裂にも聞こえるが異様に説得力のある論法、そして熱意。それらをもって最終的には相手を納得させてしまう。こうした様子を、そのように呼んだのである。

 

このエピソードを思い出したのは、各社からVRゴーグル系の製品が発売されたり、ポケモンGOのようなAR系アプリが流行ったり、自治体が提供する防災アプリにも現実の風景に浸水時の水位を重ねて表示するAR技術が採用されるなど、バーチャルとリアルの境目がますます曖昧になってきたからだ。

先ごろ来日して表参道のApple Storeなどを視察したティム・クックも、「今後のアップルにとってAIとARが重要な技術になる」という異例のコメントを述べた。AI分野では既にSiriが実用化されているが、AR分野については表立った動きを見せていない。それにも関わらずARに言及したのは、他社が具体的な製品やサービスを提供していることに対して牽制の意味もあったのだろうか。

 

かつて雑誌連載コラム執筆の一環でアップルの特許情報を調べたことがあり、製品化未定ではあるものの、同社がAR関連の特許を少なからず保有していることはよく知っている。しかし新製品開発に対するアップルの姿勢からすれば、既にプロトタイプが存在するとしても、本当の意味で実用的なものとならない限りは製品として発表しないこともまた確かである。


▷ARの多様性、アップルは「AR(アップル・リアリティ)」を作れるか

市販のVRゴーグルは依然としてアップルが求めるであろうレベルにはなく、外観も同社の美意識にはそぐわない。また、ゲーム等への応用ならばともかく、日常的な作業に対してAR技術を導入したとしても、操作のための動線が1対1、つまり実体のあるものを操作する場合と等しくなっては、アップルのUI / UX哲学から離れてしまう。

これはアップルならではのポリシーだ。マルチタッチ操作のスマートフォンやタブレットへの導入で先鞭をつけながらも、大型ディスプレイへの応用を行わないことにも通じている。

さらに一般的にARは視覚的な要素と結びつけられがちだが、現実を拡張するという意味では、聴覚や嗅覚、触覚などに関してもAR的な展開はあり得るのではないだろうか。

そうであれば、見方によってはタプティックエンジンによるマルチトラックパッドのクリック感や、iOSデバイスの操作フィードバックも、既に実現された触覚的なARということもにもできる。電源オフ時に全く反応しないトラックパッドや、ホームボタンに触れたときの驚きを知るユーザーであれば、その意味が分かるはずだ。

 

恐らく第二世代のTouch Barにもタプティックエンジンが応用され、行く行くは完全にフラット、かつリアルな打鍵感のある純正キーボードへと発展していくものと考えられる。

 

視覚的なAR技術が満足できる出来になるまで、アップルは触覚的なAR技術を極める道を歩むのではないか。そして最終的には、それらを統合化したアップル・リアリティとでも呼ぶべき環境を作り出す。

「今後のアップルにとってAIとARが重要な技術になる」、ティム・クックの発言を受けて、そんなことを考えた。



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[筆者プロフィール]
おおたに・かずとし●テクノロジーライター、原宿AssistOn(http://www.assiston.co.jp/) アドバイザー。アップル製品を中心とするデジタル製品、デザイン、自転車などの分野で執筆活動を続ける。近著に『iPodをつくった男 スティーブ・ ジョブズの現場介入型ビジネス』『iPhoneをつくった会社 ケータイ業界を揺るがすアップル社の企業文化』(以上、アスキー新書)、 『Macintosh名機図鑑』(エイ出版社)、『成功する会社はなぜ「写真」を大事にするのか』(講談社現代ビジネス刊)。