11/22『東京新聞』より 「5人に1人が残業で『精神不調』」

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 昨今、長時間労働がクローズアップされている。昨年の12月に電通の新人社員だった高橋まつりさんが過労自殺で亡くなった事件がきっかけになった。過労死防止のシンポジウムで、高橋まつりさんの母親は「国民のいのちを犠牲にした経済成長第一主義でなく、大切ないのちを守る日本に変えてほしい」と涙ながらに訴えた。まつりさんは電通に就職が決まった折、「社会に貢献したい」と話していたという。

 筆者が営む小さなオーガニックバーには、長時間労働で疲れ果てた人が訪ねてくる。バーは週4日、夜のみの営業で、週の労働時間は30時間程度。幸福度の高いデンマークの週労働時間(31時間)より少ない。あまり働かない私に何かを求めて訪ねてくるのだろう。

 6年前、SE(システムエンジニア)をしているBさんが訪ねてくるようになった。Bさんの職場から当店に来るには1時間半かかり、当店からBさんの家に帰るのにも1時間半かかるという。終電間際に来て、一杯だけ飲んで帰る。職場から家に帰れば30分くらい。

 その行動だけをみても、何か抱えていることは明らかだった。Bさんの会社は大手メーカーの一次受けで、医療機器の内視鏡やコピー機やプリンターなどのシステム構築を担っていた。

「入社した頃は、2〜3年やって仕事を覚えたら好きな音楽の仕事に転向しようと思っていたんですが、なんだかんだやりがいもあって。辞めずにズルズルと30代半ば、気付いたら中間管理職でした。責任も重くなり、システム納期が迫ってくると終電帰りや休日出勤も当たり前だし、それをオカシイとも思いませんでした。会社は割と人を大切にしてくれて、いい雰囲気でしたし」

◆会社を退職したら、自由な時間も残るお金も多くなった

 多忙に伴って何とも言えない疑問が湧いてきた頃が、当店に通い始めた時期だった。その後、退職を決めた。

「近くの部署の45歳くらいの課長が突然亡くなったんです。でも、死の原因はプレッシャーが大きかったことや長時間労動による過労死ではないかと思いはじめました。でも、会社の雰囲気は穏やかに悲しみに暮れるだけで、遺族も問題視しません。亡くなった課長も一見、楽しそうに仕事していたし、社内での人間関係も良好に見えましたし。

 それで違和感を持ち始めたんです。『自分もこのままいったら、課長と同じ道を歩むかもしれない』って」

 Bさんは5年前、千葉県の九十九里近くに一軒家を借りて3人の仲間とシェアし、お米作りを始めた。翌々年には利根川沿いの地域に移住し、小さな平屋の一軒家を借りた。

 フリーになってもSEやホームページ作成の仕事が入るし、好きな音楽の仕事もできるし、太陽光パネルでの電気自給ワークショップも時折開催している。営農組合で農的な仕事もして、いくつもの小さな収入があるから、一つの仕事に縛られる必要がないし、リスクヘッジになって安心感もある。

「そりゃ、今の方が遥かに楽しくて自由ですよ。収入は平均すると前職より少なくなりましたが、いただく仕事によっては前職を上回る月収になることもあるんです。労働時間も自分で調整できるので、働きすぎることもない。人のためになるとか、世の中に役立つ仕事しか引き受けません。
 家賃や食費などが減ったし、ストレスで浪費することがない分稼ぐお金も少なくていいし、残るお金はむしろ多くなりました。このあたりは空気も食べ物も新鮮で美味しいんです。たまに仕事で東京に行くと、虫の音が聞こえず寂しくなり、帰ってくることもあるんですよ」

◆「時短をしろ」「残業するな」というだけの“改革”では、負担は労働者に

 10月末、東京電力社員の一井唯史さんが、福島原発事故の賠償業務でうつ病になり労災申請した。賠償業務という精神的な負担が大きくかかる現場での過剰労働によって、周りの社員たちも続々と休職・退職。さらに仕事の量が増していったという。