組織論と発想法から読み解く、伝説のレストラン「エル・ブリ」の秘密[後編]

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ミシュランガイドの三つ星に加え、レストラン・マガジンで世界一に輝くこと5回。2011年に閉店したスペインの名店「エル・ブリ」は、独創的な料理で人々を魅了し続けた。天才シェフ、フェラン・アドリア率いる同店の取材を許された筆者がそこで見た創作の秘密とは?(前編はこちら)

02年以降のエル・ブリでは、料理年鑑をまとめることも仕事の一つになった。1年のうち半年間しか営業しないエル・ブリでは、オフ・シーズンを利用して前年の情報を分析して料理年鑑に載せる。

この料理年鑑は3段階で構成される。

短期的な記録を収めた「創造のファイル」に始まり、中期的な記録を収めた「創造のフォルダ」、最後に長期的な保存先となる「料理年鑑」の3つである。

これが、新メニューの開発を助けてきた。例えば、「やり残したことリスト」は毎年、エル・ブリがワークショップの実験で最初に活用するネタ本となった。ワークショップでは、ゼロから考えることはなかったという。研究ずみだが実現していないアイデアをもう一度取り上げ、その本質を見極め、新たな視点で活用する道を探ることから始めるのだ。

仮に、誰かが数日か数週間で何かを創造しようと思ったら、直観に頼るか、成り行きにまかせるしかない。だが、斬新なやり方で何かを創造し続けたいのならば、エル・ブリのように確立された慣行や方法論に従う必要がある。事実、アドリアたちが築いた方法論は、新たな知識の宝庫としてエル・ブリの創造プロセスを促進してきた。

あるスタッフによれば、02年以降、この方法のおかげで新たなアイデアを開発する際の直観力も養われたという。エル・ブリが閉店するまでの最後の10年間を見れば、新たなアイデアを開発し、実現するという面で、エル・ブリの創造的な方法論や記録、分析がいかにシステマチックに機能していたかがわかる(画像参照)。

エル・ブリがすべての料理を系統的に記録・分析していたころ、こんなことをしているレストランは他になかった。

「優秀なシェフはたいてい白衣のポケットにノートを入れて、常に料理メモをつけている。だが、料理の秘訣は秘密にされ、外部に公開されることはない」と、あるシェフは言う。

また、別のシェフは、「いつもホワイトボードにアイデアを書いているが、厨房の外に漏れることはない。それに、たいていは翌日に誰かが消してしまう」と語った。

00年代初めからエル・ブリに食材を提供してきた業者は、「エル・ブリと他の有名レストランの大きな違いは、創造性へのアプローチにある」と指摘する。他の有名なシェフたちとは異なり、エル・ブリのシェフたちには新しい料理を開発するための独自のルールがあるように見えたという。

「彼らの新メニュー開発は、ホワイトボードに貼った大きな白い紙から始まるんだ。そこにはさまざまなテクニック、調理法、食材、何もかも書き出してあってね。それをゲームのように、あっちこっちに動かす。まるで、バックギャモンかチェスでもやっているようだったよ」

エル・ブリも開店した当初は、直観に頼って新メニューを作ろうとして混乱を招いた。だが、この食材業者は、「ワークショップの実験的なプロセスの結果、メンバー全員が明快な手順を共有し、まったく新しい発想を得られるようになった」と考えている。

「彼らは『面白そうじゃないか! 試しに料理してみよう』という、従来のやり方をしなかった。だからこそ、伝統の壁を破ることができたのだろう。むしろ、エル・ブリは数学的なアプローチで料理に取り組んでいるようだった。白い紙を動かして、可能性のある組み合わせを探っていたよ。厨房にいて、食材と鍋に向き合っているだけだったら、絶対にこんなことは思いつかないはずだ。

これが、アドリアと他のシェフとの大きな違いだ。彼のやり方は『科学』といってもいい。必ずしも創造的でも、成り行きまかせでもなかった。確かに、創造的な方法になったが、それはあくまで結果論だ。どちらかといえば、創造的であるための科学的な方法ではないか。行き当たりばったりのやり方ではダメということだ。そうでなければ、アドリアがこれほどたくさんの素晴らしい料理を生みだすことはなかったと思う」

「現在進行形」で料理を記録

ある見習いシェフによると、彼がエル・ブリで最も感心したのは、「記録と分類が、業務の一環になっている」ことだった。働き始めてすぐに、この慣行がエル・ブリの未来を決定づける原動力になっていることに気づいたという。それが完成品ではなく、アイデアの段階の記録であっても、である。その見習いシェフは、次のように話す。

「たいていの有名レストランでは、『そろそろ料理本でも出そうか?』というとき、それまでに作った料理を研究するものですが、その際、料理が生まれた過程を思い出す必要に迫られます。ところが、エル・ブリはそれを現在進行形でやっているのです。こんなレストランは他にありません。ほぼあり得ないといっても過言ではないでしょう。だって、まるで『自分たちが最高のレストランになる』ことを最初から確信しているみたいなものですよ」

アイデアの記録と分類は、スタッフが共有する”知の宝庫”となって、エル・ブリの実験プロセスを正しい方向に向かわせ、後押しする役割を果たした。さらに重要なのは、エル・ブリの料理・調理法・テクニック・スタイル・創造的な方法論を分析して得られた結論が、新たな”事実”を組み立てるためのツールキットとして活用されることになった点だ。

メニューが増えて実験用キッチンの設備も整うと、エル・ブリは新しいアイデアを生み出し、それを検証するため、外部から得た知識ではなく、これまで以上に蓄積してきた知識を拠りどころとするようになった。そうすることで、アドリアの言う「エル・ブリの遺産」「エル・ブリの伝統」をより確かなものにしていったのだ。

アドリアは、ニューヨーク市で開催された公開イベントで、エル・ブリの取り組みの根底にある考え方をこう説明した。

「我々は、料理の単語を作っているわけです。その単語を使って文章を組み立てる。文が集まると、段落ができる。単語が増えれば増えるほど、料理という言語はもっと独特で素晴らしいものになるのです」

エル・ブリはこのような哲学のもと、何年もかけて自分たちの活動と信念を調和させるインフラを開発したのだ。そして、それは具体的なビジョンやルール、方法論によって支えられている。

”新しいゲーム”を作るときと同じで、エル・ブリのシステムは、”プレーヤー”たるスタッフにゲームの遊び方を示した。どのくらいの時間と空間を使うのか。どうやって情報を収集・記録するか。エル・ブリの最終的な目標に向かって、その情報をどう活用するのか。こういった点をスタッフ全員に明らかにしたのだ。

最も興味深い点は、エル・ブリのスタッフ全員が理解し、話すことのできる「共通言語」を生み出したことである。その言語を使って、エル・ブリの料理を分析・評価し、新たな可能性を広げることができたのだ。記録・分析・分類のシステムによって、エル・ブリの情報は経歴や勤続年数に関係なく、スタッフの誰もが利用できるようになった。その結果、統制のとれたダイナミックなシステムが構築され、さまざまなイノベーションにつながったのだ。

エル・ブリの活動を統合する「共通言語」を開発したことー。これこそが、アドリアが、エル・ブリにダイナミズムを与えることができた最大の要因である。

組織論の大家カール・ワイクも、ジャズの即興演奏のダイナミズムを例に、「『共通言語』を獲得することで組織に秩序と規律がもたらされ、斬新な発想や自主性が生まれやすい環境が整えられる」と指摘している。組織内の情報を参照できるシステムを整え、共通言語を開発することにより、組織は斬新なアイデアを生み出す能力を高めることができる。

とはいえ、このシステムが機能したとしても、リスクも大きい。メンバーの誰かが自分のアイデアを理解不能な言語で話せば、そのアイデアは理解されず、単に”意味不明なもの”で終わってしまうからだ。しかし、エル・ブリではそんなことは起こらなかった。

なぜなら、「組織内イノベーション」を起こすシステムを構築するだけで満足せず、アイデアの検証・承認をレストランの外部に委ねたからである。エル・ブリのスタッフは、アイデアのオリジナリティに強いこだわりをもつことのみならず、そのアイデアが広く世に知られ、評価を受けることにも多大な注意を払った。

こうした外部を使った検証システムにより、エル・ブリではますます独創的な料理が開発され、その調理法を知りたがる人々が続々と現れたのだ。