組織論と発想法から読み解く、伝説のレストラン「エル・ブリ」の秘密[前編]

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ミシュランガイドの三つ星に加え、レストラン・マガジンで世界一に輝くこと5回。2011年に閉店したスペインの名店「エル・ブリ」は、独創的な料理で人々を魅了し続けた。天才シェフ、フェラン・アドリア率いる同店の取材を許された筆者がそこで見た創作の秘密とは?

「創造とは、人のマネをすることではない」。

この信条に共感してから、「エル・ブリ」のシェフ、フェラン・アドリアの関心は”エル・ブリ独自の料理言語”を作りだすことにあった。

そこで2002年、エル・ブリの”進化の系譜”を作成するという目標のもと、スタッフは過去のレシピなどから集めた情報の分析にとりかかった。目的は、完成品の料理を観察し、エル・ブリの料理を他の店とは一線を画すもの、すなわち「エル・ブリをエル・ブリたらしめる要素」を見つけだすことー。

新たな材料やコンセプト、エル・ブリが独自に編み出したテクニックやスタイルの料理もあれば、既存の要素を組み合わせた料理もある。この分析に基づき、エル・ブリらしさのある料理には番号をつけて”オリジナル”として記録に残す。誰かのマネだったとか、オリジナル性があっても料理の進化にたいして貢献していない、と判断されれば、その料理は記録に残さない。

ここで特に重要なのは、エル・ブリのコンセプトを発展させた料理を分類して「創造的な料理カタログ」に入れること。そのカタログが新たなテクニックやコンセプトを実現した方法や、発見につながった道を教えてくれるのだ。

検証作業に参加したスタッフが、ある料理の写真を使ってどのように料理を分析・評価したかを教えてくれた。それは、カクテルかデザートのようにも見える、コースの最初に出される「タパス(オードブル)」だった。写真には、正式な料理名「トマトのソルベーフレッシュオレガノ&アーモンドミルクプディング添え」と「159」という番号が書かれていた(写真参照)。
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[01]1992年に考案された料理番号159「トマトのソルベ―フレッシュオレガノ&アーモンドミルクプディング添え」。
[02]2001年発表「リンゴのムニエル、ジャガイモのピューレとケッパー添え」。見た目の美しさに加え食感も重視している。

「これは、『トマトのフラッペ』という、エル・ブリ初の凍った甘くない料理だよ。これ以降に作ったフラッペに、アスパラガスを使った場合は目録には入れない。でもフラッペではなく、『ソルベで試そう』となった場合は、初めての料理法だから来年度の新作候補に入るんだ」

彼のノートには料理の写真と説明の他に、「スプーンで食べる初めての料理」「このテクニックを甘くない料理に初めて使った」という解説が添えられていた。

チームがエル・ブリの料理を評価する際の主な基準は次の2つだ。

1. その料理の斬新さが、どのくらい”外部からの影響”を受けているか?
2. その斬新さを進化させるために、”エル・ブリの知識”がどのくらい生かされているか?

これらの基準に照らし合わせて、チームは1983年以降に生まれたレシピの分析と分類に取り組んだ。厳密な評価方法で分析を進めた結果、87年が「真にエル・ブリの独創的な料理が完成した年」とされた。それ以前のエル・ブリの料理はすべてオリジナルではなく、既存の料理の模倣にすぎないことがわかったからだ。

こうして、データを体系化したことにより、チーム全員で新しいアイデアを承認・評価する態勢が整えられた。アドリアはこのプロセスを「創造性の審査」と呼んでいる。これが、エル・ブリの創造的な取り組みを支える土台となった。

この評価システムは、前衛的なレストランという独自性を確立し、組織の戦略的方向性を定めようとするエル・ブリの姿勢を象徴している。

組織とは、”自分たちの存在意義をシステム化したもの”である。それゆえ、仕事の意味を理解した上で、環境を整える必要がある。そして、組織が存続するためには、”自分たちの存在意義”をメンバー全員が共有できるシステムを構築することが重要だ。必ずしも緻密なシステムである必要はない。エル・ブリのように、明確な目標を持って、仕事の方向性と内容をはっきりさせるシステムを作り上げさえすればよいのだ。

エル・ブリは1年間かけて、料理や新しいアイデアを生み出した手順・手法を同じ評価基準に照らして分析した。それは長いリストになり、エル・ブリに素晴らしいアイデアをもたらしたさまざまな創造的な方法が浮かび上がってきた。

リストには、「発見が生まれた正確な日付と場所(レストラン・食品会社・世界中の都市)」「エル・ブリの創造性にどんな影響を与えたか」が、正確に記録されている。そして、まだ実現していないものの、今後メニューに生かせるアイデアの「やり残したことリスト」も年1回更新された。エル・ブリは、潜在的なアイデアの価値も重視していたのだ。

こうした徹底した分析と記録は、「ジェネラル・カタログ(料理年鑑)」という全5巻にも及ぶ膨大な文書にまとめられた。ここには全メニューが網羅され、創作された料理の写真と説明、新たに採り入れた素材や調理法、テクニック、スタイルが1年ごとに記録されている。そして、エル・ブリの創造性の原理やメソッド、インスピレーションの源、「やり残したこと」まで書かれている。

体系的なシステムを作ったことで、チーム内の作業も連携がスムーズになり、作業自もやりやすくなった。料理年鑑のおかげでエル・ブリのスタッフは、膨大な情報にアクセスできるようになり、情報の共有も可能になった。

つまり、エル・ブリのすべてが”一人の天才”だけのビジョンではなくなり、スタッフ全員で共有できるようになったのだ。彼らがエル・ブリ共通の”客観的な味覚”を理解することで、アイデアの実験も行いやすくなった。閉店までの数年間、エル・ブリの厨房では、料理長が料理人や接客係にこんな指示を出すのが当たり前になった。

「新作のAは、BかCのアレンジ、あるいはその組み合わせにすること。オリジナルはDの年に作っているからな」

実際、閉店の日が迫ってきたころ、エル・ブリの料理長兼クリエイティブ・ディレクターのオリオル・カストロが、「テクニックXはYの年に開発した。新作のZに使うぞ」と話すのを筆者も耳にしている。

料理年鑑は、エル・ブリの仕事が目標に向かって機能しているかを分析・評価するための”表示手段”でもある。

じつは、同じようなことが異業種の組織でも行われている。認知科学者のエドウィン・ハッチンスが飛行機のコックピット内の作業を分析したところ、表示手段を使って協調作業と分散認知が行われていることがわかっている。コックピットのクルーは、飛行速度計などによって航空機の速度を確認しているのだ。

ハッチンスによれば、表示装置によって業務システムを効果的に運用できるという。クルー全員が、情報を評価して作業を修正することができるからだ。同様に、エル・ブリの料理年鑑は、チームが共通のゴールの達成に向けて情報を分析する手段になった。【後編は12月5日公開】