47歳中卒で資産1千億円 韓国最大のゲーム企業を生んだ男

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韓国最大のモバイルゲーム会社「ネットマーブル」の創業者パン・ジュンヒョクは、米国のスティーブ・ジョブスに例えられることが多い。二人とも一度は自ら立ち上げたテック企業を去ったが、会社が危機に陥った際に復職し、事業を復活させた。

韓国のジョブスと呼ぶことには議論の余地もあるが、ネットマーブルの成功はゆるぎない事実だ。同社が2015年4月に発表した「マーベル・フューチャー・ファイト」はアイアンマンやキャプテン・アメリカなどのスーパーヒーローが登場するアクション系RPGで、ダウンロード数は5,000万件を突破。118か国でアプリのトップ10にランクインした。アップアニーの調べではネットマーブルは2015年、全世界のアプリ売上で8位に入った。

2015年の年間売上は9億4,900万ドル(約1,083億円)、純利益は1億4,900万ドル(約170億円)で前年比300%増だった。韓国オンラインゲーム市場では長きにわたりネクソン(Nexon)がトップに君臨しているが、ネットマーブルはNCSoft を抜いて2位となった。

47歳中卒でアジアを代表するビリオネアに

47歳のパンはネットマーブルの株式の32%を保有し、資産額はフォーブス・アジアの試算で10億ドルの大台に乗り、初めてビリオネアに名を連ねることになった。

高校中退で英語も流暢に話せないパンは今年6月、ロサンゼルスのE3 Gaming Expoを訪れ、欧米市場への参入に向けてゲーム業界の最新事情に触れた。MySpaceの共同創業者でゲーム会社Jam City(旧SGN Games)の社長であるクリス・デウルフとも会食した。

ネットマーブルは2015年、Jam Cityに1億3,000万ドル(約148億円)を出資し、最大株主となっている。Jam Cityへの出資はパンにとって野望の序章にすぎない。ネットマーブルは来年、韓国で上場する手続きを進めている。調達した資金で米国進出を本格化させる。韓国メディアはネットマーブルの上場後の時価総額が85億ドル(約9,698億円)に上ると試算している。

韓国のゲーム企業の創業者らはみな有名大学出身だが、パンだけは例外だ。ソウル郊外の貧しい家庭に育ち、高校も中退した。記憶力ばかり問われる韓国の試験制度にはなじめなかったのだ。「(中退したのは)興味があることをもっと深く学びたかったからです」とパンは語る。

従業員8名でゲーム事業を開始

映画が好きで1990年代後半の初めての起業でオンライン映画サービスを立ち上げた。しかし、当時の韓国のインターネットは接続速度が遅く、わずか2年で会社をたたんだ。「うまくはいきませんでしたが、質の高いコンテンツは将来強みになることを学びました」とパンは話す。

その後パンはゲームへと興味を移した。韓国のネットインフラは政府によって大々的に改善され、オンラインゲームの人気が出始めていた。1997〜1998年のアジア通貨危機を受け、韓国政府は長引く不況への対策として情報技術の分野に力を入れつつあった。パンは2000年、投資家から得た8万8,000ドル(約1,004万円)と8人の従業員でネットマーブルを立ち上げ、女性や10代の若者を対象としたカジュアルゲームを提供した。

その3年後、事業拡大の資金を得るために映画配信会社Planus Entertainmentと一風変わった取引を約束する。ネットマーブルがその年の終わりまでに純利益を440万ドル(約5億円)まで拡大できなければ、パンが保有していた49%の株式の一部を譲渡するが、もしも達成できたらその売上の30%をネットマーブルに譲るというものだ。

パンは即座にPlanusの配信モデルをゲームビジネスに取り入れた。それは他企業が開発したゲームのマーケティング、配信、宣伝を含むサービスを請け負うやり方だった。さらにフリーミアムのビジネスモデルをゲームに取り入れた。その結果、純利益は1,400万ドル(約16億円)近くまでに上った。その直後、ネットマーブルはPlanusを買収した。地元メディアは”エビがクジラを飲み込んだ”と称賛した。

巨大コングロマリットと合併

この買収によりネットマーブルは韓国最大級のコングロマリットCJグループの目に留まった。同グループは90年代にサムスン帝国から離脱した組織だ。パンは2004年にCJグループのイ・ジェヒョン会長と会談して合併に合意し、ネットマーブルの名前はCJ Internet Companyとなった。

「最初は合併に興味はありませんでしたが、ビジネス拡大のチャンスだと気が付いたのです。従業員にとっても利益になると考えました。韓国を代表するようなビルに移って名前をCJ Internetに変えると、多くの社員が結婚しました」と冗談めかして言った。

パンはその後、Game Hiが開発した韓国で最も人気のあるシューティングゲーム「サドンアタック」のサービスを提供する契約を結んだ。その後、まだ初期段階にあったモバイル市場に参入した。しかし、急激なビジネス拡大には代償が伴った。パンは2006年、健康上の理由から辞任し、経営をCJに任せることにした。「ほとんど休みがなかったため、疲れきってストレスを抱えていました」と語る。

パンは5年間ゲーム産業から離れ、パッシブ投資家として株取引を行っていた。この期間については多くを語らないが、事業への情熱は衰えていなかった。「休業して3年目に入ると、新しいゲームビジネスを立ち上げる準備を始めました。その頃CJに任せた経営が頓挫し、戻ってきてほしいと言われました」

5年間の療養を経て復帰。事業を再生

ネットマーブルは、2007年〜2011年に手がけた32のゲームのほとんどが不調だった。ゲーム業界で経験のないCEOが指揮を執っていた。売上の3分の1を占めていたサドンアタックの権利も失っていた。

経営に戻ったパンはモバイルに注力する方針を打ち出し、PCゲームからの撤退を決意した。スマホが急速に普及する中で「これからスマホは単なる電話ではなくなる」と考えたという。Pew Researchによると、韓国のスマホ普及率は世界最高の88%だ。

2014年、中国最大のインターネット企業テンセントがネットマーブルに5億ドル(約570億円)を出資して28%の株式を取得した。現在、パンの頭にはモバイルしかないという。

しかし競争は激しくなる一方だ。特にモバイルのゲーム市場はほぼ飽和点を迎えようとしている。パンは上場によりこの状況を乗り越えようとしている。

「市場のメジャー・プレーヤーに成長し、新しいゲームをコンスタントに手掛けられるように世界中の企業に積極的に出資したいと考えています。アジアでの成功を超え、アメリカに挑戦したいと思っています。アメリカで成功できれば世界のどこに行っても勝てるからです」とパンは語った。