プーチン・ロシア大統領と握手を交わす安倍総理(「首相官邸 HP」より)

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 外交の失敗続きで、経済界の“安倍晋三首相離れ”が加速する。

 ロシア側の経済協力の要請に経済界は「いい加減にしてくれ」と思っているようだ。プーチン大統領が12月に訪日する際、ロシアから経済使節団を500人ほど連れて来るともいわれており、「こちらは1000人で迎える」と首相官邸が呼びかけ、経済人を集めている。これに対して主要企業は、「人を出すくらいなら協力するが、金を出すのは別だ」と冷ややかな声が多い。

 平和条約交渉開始の前提として、プーチン大統領は経済協力を求めてきている。そのため、官邸が経済界に旗振りしているのだが、ロシア極東でのビジネスは、うまくいく可能性が低い。なぜなら、ロシアは中国よりリスクが高いうえに儲からないからだ。しかし官邸はそれを理解していないようだ。

 企業は、利益が確保できる目算もないことをすれば、株主代表訴訟を起こされるリスクさえある。世耕弘成・経済産業相が11月初旬にロシア訪問した際、三菱商事、三井物産、伊藤忠商事など大手商社は随行せず静観した。

 11月2日午後8時、世耕氏は双日のロゴの入ったビジネスジェット機でモスクワ・ブヌコボ空港に向けて飛び立ったと、会員制の経済情報誌『FACTA』(12月号)は伝えている。

 12月15日、16日の2日間で予定されているプーチン大統領の訪日は、すんなり実現するのか疑問視する向きもある。それは、岸田文雄外務相が12月3日に訪ロすれば明らかになるだろう。ラブロフ外相がプーチン大統領の来日を言明するかどうかが注目される。

 ロシア側の窓口だったウリュカエフ経済発展相が、巨額収賄の容疑で身柄を拘束され解任された。11月3日、世耕氏がモスクワでウリュカエフ氏と会談していた。逮捕の報に接し、世耕氏は「経済協力の具体化は事務レベルで着実に進展している。後任や代理の方に合意を実行していただきたい」と苦しい胸の内を明らかにした。ウリュカエフ氏は日ロ経済協力のキーパーソンだった。

 ペルーでのアジア太平洋経済協力会議(APEC)首脳会議に合わせて日ロ首脳会談が11月19日に首都リマで行われたが、これはセレモニーにすぎず、なんの保証にもならない。

●ロシアに前のめりの安倍首相に懸念の声

 プーチン大統領は10月末、「(領土)交渉に期限を設けるのは不可能であり、有害でさえある」と述べ、早期解決はないと明言した。4島どころか、2島すらも返ってこないと見るのが多くの識者の判断だ。

 ロシアでは対外強硬派の多いシロビキ(軍や治安・特務機関の出身者など武闘派)が台頭しており、北方領土交渉には逆風が吹いている。対ロ経済協力が領土交渉の呼び水になるという判断そのものが狂ってきたのである。「カネで領土は売らない」姿勢が鮮明になっている。

 朝田照男・経団連日本ロシア経済委員長は「経済協力プランを実行するのは民間であり、収益を確保できる内容であることが大前提だ。企業向けの支援策が日ロ間で整備される必要がある」と述べている。また、「ロシアビジネスは現状では収益性を見通しにくい。許認可や輸出入手続きに非常に時間がかかり、ビジネスチャンスを逃す事例がある。金融面での後押しも重要だ」「日ロ間の貿易は近年減少しており、日本からの投資額も4億ドル(440億円)強にすぎない」とした。

 プーチン大統領は、リマでの安倍首相との会談で、日ロ間の貿易が大きなマイナス成長であることを具体的な数字を挙げて示した。

 経済協力のメニューとして、エネルギーや人的交流、健康・寿命(高齢者医療)など8項目が挙げられている。これに基づきロシアは60の具体的な提案をしてきた。これに対して日本側は完全にしらけている。共同統治案なども浮上し、一時、期待感が高まったが、領土返還は「ほぼない」との見通しが強まり、沈み切っている。

 もともと外務省は「北方領土に前のめりの安倍首相は危ない」と冷ややかだった。そこで官邸は経産省を使うことにして、首相側近の世耕氏を経産大臣に起用し、ロシアに対する経済支援の責任者に据えたが、経産省は距離を置いている。なぜなら、「ロシア側が提示してくるプランは、プーチン大統領の“お友達”が儲かるようなメニューばかり。危なくて国として取り組めるシロモノではない」(政府関係者)と及び腰なのだ。

 そこで、現在進行形のプロジェクトを政府が後押しするかたちで格上げする案が浮上している。日本郵便による郵政事業の協力では、人員を派遣して日本式の郵便事業を指南する。東芝はロシア郵便と協力しており、郵便物の自動処理システムを納入している。双日はハバロフスク空港ターミナルの建設。丸紅はロシア最大の港湾会社とヴォストーチヌィ港向け石炭搬出設備を納入する。日揮やJFEホールディングスが取り組む植物工場などを国の予算で“ひも付き支援”することになる。

 日本とロシアは11月18日、リマで次官級協議を開き、8項目の経済協力プランの具体策を盛り込んだ作業計画をまとめた。極東ウラジオストクの都市開発を日本が支援するほか、ロシアにおける風力発電の導入を推進し、現地生産も進めることになった。風力発電は三井物産が国営電力会社と組んで建設する。総事業規模は200億円に上る見込みだ。

 また、国立長寿医療研究センターとロシア高齢者科学クリニックセンターは、高齢者のリハビリ、緩和ケアなどで協力するという。

 風力発電は具体化する可能性が高いが、ほかの案件は中長期的なものばかりだ。世耕氏、長谷川栄一首相補佐官、今井尚哉首相秘書官ら、経産省チームが対ロ経済協力で独走気味だ。外務省や経産省のそのほかの幹部は、「お手並み拝見」といった態度だといわれている。

 米国でトランプ氏が大統領となれば、米ロは急接近するとの見方が強い。そうなれば、プーチン大統領は孤立状態から抜け出すことができる。“安倍のカード”を切る必要がなくなる。

 70年間動かなかった領土交渉を進めるには、国内を結束させるリーダーの決意と力量が必要不可欠だ。「安倍首相はプーチンに騙されるのではないか」と米国も心配していた日ロ首脳交渉。山口県長門市で予定されているトップ会談だが、中止したほうが傷は浅くすむ、といった辛辣な見方さえ出始めている。
(文=編集部)