ASKA容疑者(写真:日刊スポーツ/アフロ)

写真拡大

 11月28日に覚せい剤取締法違反(使用)容疑で歌手のASKA(本名:宮崎重明)容疑者が警視庁に逮捕された。それに伴い、ASKA容疑者が逮捕直前に乗車したタクシー車内の映像がテレビで流されたことが、物議を醸している。

 東京・恵比寿でタクシーに乗り込んだとされるASKA容疑者は、自宅に向かう車内で「わけあって家の前にいっぱい人が集まっていると思うんですけど、ギリギリに止めてください」「速やかに止めてドア開けてください」などと運転手に指示しており、インターネット上では「プライバシーの侵害ではないのか」という声が広がっているのだ。

 30日になり、タクシー会社のチェッカーキャブが「当グループ加盟の1社よりマスコミへ提供されたもの」と説明、「再発防止に全力で取り組んでまいります」と謝罪文を発表している。

 この件を、現役のタクシー運転手という立場から見てみたい。今はタクシー車内にドライブレコーダーが設置されていることが多いが、基本的に映像を提供するのは犯罪がらみなどで警察から依頼されたときのみだ。そのため、逮捕前の映像をマスコミに流したという行為は、少し行き過ぎの感が否めない。

 タクシー運転手でもある筆者は、先日、乗務中に食事をするべくラーメン店の駐車場に停車した。食事を終えて駐車場に戻ると窓ガラスが割られており、車内の釣り銭が盗まれていた。車上荒らしに遭ったわけだが、筆者の車を挟むように左右に停めていた同僚2人のドラレコに犯人とおぼしき人物が映っており、翌日、警察官が勤務先のタクシー会社を訪れてドラレコの映像を借りていった。もちろん、会社側は犯人逮捕のために進んで協力している。

 また、筆者の同僚は運転中に前を走る一般車が自転車と接触する事故に遭遇したが、その際もやはり警察に映像を提供したそうだ。

 ときにニュースなどで流される「横暴な客」の映像も、運転手を殴ったり因縁をつけたり、無賃乗車をしたりした場合に限られており、乗客の顔はモザイク処理されていることが多い。

 そうした前提や背景を踏まえれば、犯罪がらみといえども、今回の件は「提供していい範囲」を超えてしまっていると感じる。

●ASKAの映像流出は「一線」を越えている

 筆者が勤務する会社の場合、ドラレコの映像は会社側で管理しており、運転手個人が持ち出せるものではない。そもそもドラレコ自体が会社の所有物であり、乗客が運転手にからんだり迷惑行為があったりした場合に証拠として残すために設置されている。

 また、運転手が車内で喫煙などの禁止行為をしていないか、といったことをチェックする機能も果たしている(車外を映すドラレコは基本的に事故関連に使われる)。

 つまり、ドラレコは本来、タクシー会社や運転手の立場を守るためのものであり、そうした事情に鑑みても、今回の件は一線を越えていると言わざるを得ない。会社によってはドラレコが全車に設置されていないため、運転手が自費で購入して身を守るために乗務のたびに設置するケースもある。今回の件が、会社ぐるみだったのか運転手の個人的な判断だったのかはわからないが、本来の目的外のために利用したことは確かだ。

●映像流出させたタクシー運転手はクビ?

 また、この一件を「運転手がマスコミに協力した」と見ることもできる。タクシー運転手は日々多くの乗客と接しており、いわば「情報の宝庫」でもある。東京都内を走っていれば有名人を乗せることもあるし、その際の車内の様子などはマスコミにとっては格好のネタとなる。

 タクシー業界の中には、「代わりはいくらでもいる」とばかりに運転手を大切にしない会社もあり、さまざまな名目で運転手の賃金を下げることも珍しくない。11月21日付記事『タクシー運転手が悲惨すぎる!修理代やカード払い手数料は「自腹」、チップも会社に上納』でお伝えしたクレジットカード払いの際の“手数料自腹”などはその代表例だが、会社の待遇に不満を持つ運転手がマスコミと接触、「謝礼を出しますから」などと言われて協力するケースもあるだろう。

 ただ、繰り返しになるが、今回のケースがまずいのはタクシー会社や運転手の「身を守るため」に提供した映像ではないからだ。そのため、タクシー業界全体の信用性にかかわる行為であるとも感じる。どういった経緯で提供が行われたのか定かではないが、運転手および会社の認識が甘すぎたことは確かだろう。

 もし、仮に筆者が会社の許可を得ずにドラレコの映像をマスコミに渡して騒動になったとしたら、どうなるか。会社は「著しく迷惑をかけた」として、筆者を即刻クビにするだろう。
(文=後藤豊/フリーライター)