圧倒的な攻撃で相手をねじ伏せるバルサだが、その理由は彼らが強力な攻撃陣を擁しているから、というだけではない。 (C) Getty Images

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「大量得点で勝ちたい」
 
 格下を相手にする時、勝利のみでは飽き足らない。"大差をつけて勝つことで正当性を示せる"。その思想が、日本スポーツ界には根強くある。
 
 相手をこてんぱんに打ちのめす。それによって戦う気持ちを挫く、それはひとつの戦いの定石と言えるだろう。
 
「敵わない」。敗者をひれ伏させることで、次回の対戦では圧倒的な優位に立てる。それは心理戦でもある。勝者はその自信を増幅させることによって、さらに破竹の勢いを得られるのだ。
 
 しかし、サッカーというスポーツにおいて、これは危険な思想となりかねない。
 
 大量得点を取ることそのものは、もちろん悪ではない。繰り返すが、取れるだけ取ることで心理的なアドバンテージになる。また、次に対戦する敵への示威ともなる。
 
 ただし、"とにかく得点を取りに行こう"という無邪気な試みには、必ずと言っていいほど落とし穴が待っている。
 
 実力差を前に、嵩にかかって得点を狙う場合、攻める枚数は増える。相手が押し返すことができず、押し込んだままの状況になるだけに、必然とも言える。
 
 しかし、そうした一方的展開は必ず、雑さと隙を生む。攻撃精度が低くなり、逆襲された場合のことをすっかり忘れてしまう。いつの間にか、7、8人がペナルティエリア近辺に入るようなイノセントな攻撃を仕掛け続け、意識が前のめりになってしまう。
 
 それが身についてしまうと、致命的な不具合を生じさせる。
 
 U-16アジア選手権、日本U-16代表はグループリーグでベトナム、キルギス、オーストラリアに7-0、8-0、6-0と大勝を収めている。明らかにレベルの差のある相手だった。その勢いは大事だが、準々決勝のUAE戦は雨あられのシュートを打ちながら、1-0という僅差の勝利だった。
 
 攻撃の粗さが、この試合ではもろに出た。そして準決勝のイラク戦では、守備の綻びを広げられて大量4失点。2点を取り返したが、2-4で完敗した。
 
 ユース年代だけに、メンタルの影響が濃厚に出る。
 
 言うまでもないが、平衡感覚を欠いた心理状況は正しくない。ピッチでは常に相手の攻撃に備え、攻守がバランスを保ち、連動することが不可欠となる。
 相手の攻撃を封じる手立ては、必ず講じておかねばならない。得点を狙う時も、失点を防ぐためのポジションを、他の選手が同時に取れているか。その用心を軽んじたら、どこかで必ずしくじる。
 
 ロシア・ワールドカップのアジア最終予選における、ヴァイッド・ハリルホジッチ監督率いる日本代表も、UAEを侮っていた。
 
 その証拠に、失点を喫した時、矢印が前だけに向かっている。いるべき場所に選手がおらず、守りのバランスを欠いていた。それによってディフェンダーは無用な焦りが出て、不用意なファウルも犯している。
 
「攻められるならどこまでも攻める」という軽率さは危うく、足下をすくわれる原因になるのだ。
 
 アルベルト・ザッケローニ監督が率いた日本代表も、2013年のコンフェデレーションズカップや、その翌年のブラジルW杯でその悪癖を晒している。
 
 自分たちの攻撃に対してばかり熱くなって、後ろのカバーや守りの強度が疎かになった。その不用心を“自分たちらしさ”=パスサッカーで覆い隠した。ポゼッション志向は正しかったが、守りにおいての威を失っていた。
 
 戦闘において、日本人はこの平衡感覚を保つのが決して得意ではない。
 
 大量得点で勝つ。そこにプライオリティーを置くと、墓穴を掘りかねない。全員が前に猛進した場合、必然的に背後を取られるだろう。
 
「良い攻撃は、安定した守備の上に成り立っている」
 
 それがサッカーの大原則なのである。
 
文:小宮 良之
 
【著者プロフィール】
こみや・よしゆき/1972年、横浜市生まれ。大学在学中にスペインのサラマンカ大に留学。2001年にバルセロナへ渡りジャーナリストに。選手のみならず、サッカーに全てを注ぐ男の生き様を数多く描写する。『おれは最後に笑う』(東邦出版)など多数の書籍を出版しており、2016年2月にはヘスス・スアレス氏との共著『「戦術」への挑戦状 フットボールなで斬り論』(東邦出版)を上梓した。