LPGAツアーチャンピオンシップリコーカップを制したキム・ハヌル【写真:Getty Images】

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ツアー3勝目のキム・ハヌルが語る好調の要因

“イ・ボミの呪縛”からようやく解き放たれたと言っていいだろうか。試合中に笑顔絶やさず、いつもニコニコしていることから“スマイル・クイーン”の愛称を持つキム・ハヌルが、日本女子ツアーの最終戦、LPGAツアーチャンピオンシップリコーカップを制して、ツアー通算3勝目を飾った。

 キム・ハヌルはイ・ボミと同い年で、日本ツアーに参戦したのは2015年のこと。来日当初から端正なルックスやトレードマークのミニスカートのスタイルなどに注目が集まっていたが、2011、12年の韓国女子ツアーの賞金女王としての実力も話題になっていた。

「ハヌル」は日本語で「空」の意。ブルーが勝負カラーで、最終日のウェアの色もブルーが入ったものを着るこだわりようだ。

 実は韓国女子ツアーにおいて、ファンクラブが初めて作られたのがキム・ハヌルで、今や日本で知らない人はいないイ・ボミよりも韓国での認知度と人気は高かった。

なぜ日本ツアー選択したのか

 母国で一時代を築いたキム・ハヌルが韓国ツアーを去り、日本ツアーを選択したわけだが、その理由についてこう語っていた。

「楽な道を選びたくなかったんです。それに、韓国ツアーだけでプレーしていると、少しずつ目標が薄れていくような気がしました。現状に満足するというか、安住してしまって、プロゴルファーとしての気概というものを失ってしまうのではないか、という思いもありました。それではいけないと思って、新しい挑戦をすれば、また新たな目標が生まれるのではないか、と考えたんです」

 確かに13年は韓国ツアーで1勝しかできず、14年シーズンは未勝利で苦しんでいた。本来のプレーができないまま日本を選んだことはキム・ハヌルにとって、ある意味“賭け”だった。日本1年目は「安定した強さを発揮できなかった」と悔やんでいたが、今年は一転して好調を維持。開幕戦から4戦連続のトップ10入り(優勝含む)は、ツアー選手で唯一の存在となった。

 キム・ハヌルは2年目にして「ようやく日本の水に慣れてきた」ことが好調の要因と語る。

「日本で選手生活を終えたい」の覚悟、来年はイ・ボミを追い越せるか―

「1年目はコースや環境に慣れることが大事だと考えていましたし、それには時間かかると感じていました。私は今年で28歳になりますが、韓国では若い選手が活躍していて、20代後半になるとほとんどがやめてしまうんです。

 日本ツアーには試合に出ている選手が私よりも年上の選手がたくさんいることに驚きました。まだまだ自分もがんばらないといけないって気持ちにさせられました」

 プロゴルファーとして第2の人生をもう一度花咲かせるために、日本を選んだ。今シーズンは賞金ランキング4位で終え、開幕当初から目標にしてきた同トップ10入りをクリアした。同年代で2年連続賞金女王を手にしたイ・ボミと何かと比べられることが多いが、日本のファンクラブも発足し、ファンの数もうなぎのぼりに増えていると聞く。「日本で選手生活を終えたい」と話すくらい日本にピタリとはまったのだろう。

 イ・ボミを追い続けてきたキム・ハヌルが3年目となる2017年、その背中を追い越す年にするかもしれない。

金 明碰●文 text by Myung-wook Kim