1986年に世界最大級の原発事故を起こしたチェルノブイリ原子力発電所は、事故で爆発した原子炉をコンクリートで封じ込めています。放射性物質の飛散を食い止めるために作られたこのコンクリート製の構造物は「石棺」と呼ばれているのですが、事故から30年が経過し老朽化が進んでいたため、この石棺ごと全体を覆うことが可能な巨大シェルターの建造が行われました。その作業の様子がYouTube上で公開されており、圧巻です。

チェルノブイリ原子力発電所の石棺を丸々覆うようにして建造されたシェルターがどんなものになっているのかは以下の記事を読めば分かります。

チェルノブイリ原発を「石棺」ごと巨大なシェルターでスッポリ覆う作業が開始、5日間かけて全体を移動 - GIGAZINE



そのシェルターを建造する様子を収めたムービーは以下から見ることができます。

Unique engineering feat concluded as Chernobyl arch has reached resting place - YouTube

1番左に映っているアーチ状の建造物がシェルターで、その隣にあるのがチェルノブイリ原子力発電所。この中の原子炉のひとつが石棺と呼ばれるコンクリート製の構造物で覆われており、シェルターはその石棺を覆うように設置されます。



シェルターは幅275メートル、長さ162メートル、高さ108メートル、総重量3万6000トンとかなり巨大な構造物。そのため、シェルターは地面の上をスライドさせるように移動させて石棺まで運ばれることとなるのですが、その移動の要となるのがシェルター下部に取り付けられている赤色の機器。





シェルターと地面の接点部分に……



大量に取り付けられています。



シェルターの中から石棺を見るとこう。



チェルノブイリ原子力発電所とシェルターを合わせて見ると、シェルターがいかに巨大な構造物であるかがわかります。



シェルターの前面は以下のように左右非対称にくり抜かれています。これはシェルターをスライドさせて石棺を覆うため。



シェルター側から石棺を見るとこんな感じ。チェルノブイリ原子力発電所のすぐ隣で建造されたシェルターを石棺部分にまで移動させるだけでもかなりの時間をかけて慎重に行われています。





シェルターの前面に空いた穴ごしに見えるチェルノブイリ原子力発電所。



ついに建物を覆い始めたシェルター。





シェルターがチェルノブイリ原子力発電所を飲み込むかのような瞬間です。



シェルターとチェルノブイリ原子力発電所がぶつかることなく、キレイにスライドしていく様子は圧巻の一言。





ついに石棺を覆い尽くしたシェルター。



最後は前面部分のフタを下ろします。





フタを下ろすだけの一見単純そうな作業でも、ほぼ丸一日かけて行われている模様。





チェルノブイリ原子力発電所のシェルターがどういった経緯で作られることとなったのかは以下のムービーを見るとわかります。

Chernobyl confinement: the story - YouTube

1992年、ウクライナはチェルノブイリ原子力発電所を安全に管理するためのアイデアを募集しました。



1993年6月18日、コンペティションの中で原子炉と石棺をまとめて覆ってしまうという「RESOLUTION」と呼ばれるプロジェクトが提唱されました。これは、コンペティションで提案されたなかで、唯一資金面での問題をクリアできているプロジェクトだったそうです。



プロジェクトが提唱されてから2年間、さまざまな団体がプロジェクトの実現可能性を調査しました。その結果、アーチ状の構造が石棺を覆うのに最も適した形状であると判断されました。



シェルターはエッフェル塔や自由の女神よりも巨大で、完成すれば世界で最も大きな「動く金属製の構造物」になります。



以下の写真はチェルノブイリ原子力発電所周辺のもので、青色部分がシェルターで覆う石棺が存在するエリア、緑色のエリアでシェルターを建造する予定となりました。



そして1997年11月、G7サミットの中でシェルターを建造するための資金の管理を行うチェルノブイリシェルター基金が設立されます。



実行可能性調査に基づき、シェルター建設を行う企業を選ぶための入札が2004年に行われました。その際、フランスの総合建設会社であるVINCIBouyguesが協力し、Novarkaを立ち上げました。



2007年9月17日、Novarkaがシェルターの建造を担当することで正式決定します。



その後、100人以上のフランスとウクライナのエンジニアがシェルターの構造設計をスタート。



そして、石棺を覆うために約300メートルのシェルターを建造することが決定します。



シェルターはあまりにも巨大すぎるため2つに分けて建造され……



最後に2つをつなぎ合わせるという計画になりました。



2009年にNovarkaのチームは現地入りし、まず初めにシェルターを建造するためのエリアの除染を行いました。



2010年4月、シェルターを石棺側にスライドさせるため、シェルター建造エリアから石棺までコンクリートのはりを地面に埋め込む作業が行われます。



2012年2月にはシェルター建造に使用される材料の搬送がスタート。



イタリアのポルデノーネから18隻の船と2500台のトラックを使って3万6000トンもの資材がチェルノブイリまで運び込まれました。



シェルターは、2012年11月から2014年10月までの期間を6つのフェーズに分けて建造されます。



2014年4月、シェルターを遠隔操作するための補助設備を構築。



2015年6月、シェルターを操作するための電気系統の整備と換気装置の設置がスタート。



換気装置が必要な理由は、シェルターが巨大すぎて内部に100万立法メートルもの空気がたまるので、換気しなければ内部と外部の温度差によりシェルターの壁部分に圧力がかかってしまうためです。



これはオリンピックで使用される長さ50メートルのプール370個分の容積だそうです。



2016年11月14日、別々に建造された2つのシェルターが合体。





2016年11月29日、シェルターは建造された位置から327メートル移動し、石棺を覆うことに成功しました。2017年には石棺とシェルターとの間の隙間を埋める作業などが行われる予定です。



プロジェクトに参加したNovarkaの従業員の数はなんと1万人。



プロジェクトに協力した国の数は30か国。



なお、シェルター完成に伴い開催されたセレモニーの様子はYouTube上でライブ配信されており、以下のムービーから配信の様子を見ることができます。

[REPLAY] : Cérémonie de confinement du réacteur N°4 de Tchernobyl - YouTube