29日、韓国の朴槿恵(パク・クネ)大統領が「国会が決めた日程で大統領職を辞任する」という内容の国民向け談話を発表した。もっとも、すぐに辞任というわけでなく、国会へとバトンを渡し責任の所在をあやふやにする「時間稼ぎ」との見方が支配的だ。

そんな中、がぜん関心を集めるのが「次期大統領は誰か」との予想だろう。

北朝鮮が優勢に!?

われわれも気になるが、北朝鮮の金正恩党委員長はもっと気になるだろう。朴氏には一度、煮え湯を飲まされているだけに、次期政権に対しては硬軟合わせた攻勢で揺さぶりをかける可能性が高い。

本来、来年12月に予定されていた韓国の次期大統領選挙は、早ければ来年春、遅くとも夏には前倒しで行われる見通しだ。そのため、下馬評も混戦気味だ。本紙「注目の4人」を北朝鮮情勢ともからめて見ていきたい。

李在明(イ・ジェミョン、54歳)

まずは連日、「過激発言をおこなう政治家」として日本のメディアからも注目を集めている李在明(イ・ジェミョン)氏だ。ソウル郊外にある城南市という、人口100万人ほどの衛星都市で6年にわたり市長を務めている。

次期大統領を問う各種世論調査では、10〜17%と、3位を維持している。つい一か月前までは5位、6位だったが、「崔順実ゲート」ぼっ発にともない、崔順実氏と朴槿恵大統領を強く追及する姿勢が注目もあつめ、一気に人気が爆発している。

小学校卒業後にすぐに工場で働き始め、中学高校を出ていない苦労人だが、25歳で弁護士となり、主に社会的弱者のために活動してきた。2010年に城南市長に就任してからは、3年半で約750億円あった市の負債を完済するなどの手腕を発揮、福祉にも力を入れるなど、富裕層も多い同市で高い支持率を誇る。

李在明氏の売りは問題解決能力とファイトだ。弁護士時代、マンション建設にからむ利権に切り込み、自身も命を狙われるも捨て身で解決し、自らも収監された経験もある。

だが、北朝鮮に関してはまだ未知数だ。「崔順実ゲート」に代表されるような財閥と政治の癒着を何よりも嫌っており、この両者が北朝鮮を「脅威」とすることで韓国内で様々な利益を得てきたと主張するにとどまる。ただ、人権弁護士出身に加え、徹底的なリアリストでもあるため、国民に対する人権侵害が強く指摘される金正恩氏にとってはやりにくい相手となりそうだ。

(参考記事:女子大生には拷問、女子高生は公開裁判…北朝鮮の人権侵害

文在寅(ムン・ジェイン、64歳)

2012年に行われた前回の大統領選で敗れたものの、世論調査では今も一番人気を走る野党の大物だ。特に、「崔順実ゲート」後に人気が上昇している。支持率は20〜22%程度。

長く人権弁護士として活動した後、2003年から弁護士時代の同僚・故盧武鉉(ノ・ムヒョン)大統領の側近として大統領府ではたらき、2007年10月に平壌で行われた南北首脳会談にも同席している。この直後にあった国連の人権決議案投票の際、事前に北朝鮮に「おうかがい」を立てていた疑惑が今年10月に提起され、ピンチに陥っていたが「崔順実ゲート」のおかげで息を吹き返した。

自身を金大中(キム・デジュン)・盧武鉉に続く正統派の革新派大統領候補を位置付けており、南北関係についても、「太陽政策(融和政策によって北朝鮮の肯定的な変化を引き出す)」を継承している。特に、大統領になって、李明博・朴槿恵という保守政権のあいだに極限まで冷え込んだ南北関係を修復させたい気持ちが強い。例えば、開城工業団地の再開などはすぐにでも手を出したいところだろう。

ただ、この気持ちが裏目に出る可能性もある。北朝鮮はもはや10発前後の核爆弾を持つ金正恩時代になっている。金正日時代のように作り笑顔で交渉できる相手ではない。このため、いざ大統領になってもできることは限られるとの指摘も多い。対決姿勢でない、という点だけ取っても金正恩氏はやりやすい相手だろう。

安哲秀(アン・チョルス、54歳)

2011年になって突如韓国政界にあらわれた政治家。以前から、韓国最大のPCセキュリティ企業の創設者として知られており、政界デビューする前は大学教授も務めていた。医師免許も持つ秀才で、クリーンなイメージが強い。2012年の前回大統領選挙では無所属で出馬し、文在寅、朴槿恵氏とともに三つ巴の争いを繰り広げた。当時、世論調査で一位にもなるなど、旧態依然の政治を嫌がる人々から高い支持を得た。

だが、投票を一か月残して「野党勝利のため」出馬を辞退し、文在寅氏への支持を宣言。2013年からは国会議員として、再度政治の表舞台に復帰した。新党を立ち上げ「民主党(当時は新政治民主連合)」と合併するなどしたが離脱、2016年2月に立ち上げた「国民の党」が同年4月の総選挙で躍進をとげ、再度大統領候補として注目されている。直近の世論調査では支持率10〜12%程度で4位につけることが多い

政治の性向は中道であるが、北朝鮮問題では右派に近い。理系の経営者らしく実利的な面も目立つ。例えば「急激な統一は災難となる」といった視点がある。対北朝鮮政策としては「制裁と対話」を並行しなければならないとするも、韓国独自の軍事力を高める必要があるとする。つまり、これといったアイディアがある訳ではないといえる。周囲のブレーンの質も文在寅氏と比べると一段落ちるとされ、金正恩氏に振り回される可能性がじゅうぶんにある。与しやすい相手といえるだろう。

潘基文(パン・ギムン、72歳)

言わずとしれた国連事務総長で、10月末に「崔順実ゲート」がぼっ発し、野党候補に人気が集まるまでは、世論調査で不動の1位を誇っていた。一時は30%に肉迫していたことも。今年12月31日で10年間の任期を終えたあとは国内に帰国し、立候補すると言われる。

注目は所属であるが、当初は与党セヌリ党が有力だった。だが同党が一連の「崔順実ゲート」を知っていながら防げなかった「共犯」と批判をあびる上に、分党の危機も迎えていることから、別の勢力、例えば安哲秀氏が率いる「国民の党」と力を合わせるという声も出ている。この辺は、1月の「帰国」後の韓国政界ウォッチにおける一番のポイントだろう。

北朝鮮政策は、良くも悪くも優等生的な国連の枠組みを踏襲するものと思われる。当然、国連が「いの一番」で追及している人権問題を強く取り上げるものと思われる。ここに挙げた5人の中では、米国ともっとも仲が良いこともあり、金正恩氏は非常にやりにくいだろう。ただ、国連事務総長時代に残せなかった北朝鮮問題における「成果」を急ぎ、原則を捨てた行動を取るようになると、金正恩氏の思うツボだ。ドンと構える方が有利になる。

ざっくりと見てきたが、やはり金正恩氏優位との感が強い。韓国の指導者にとってノドから手が出るほど欲しいのが「南北問題の進展」という成果だが、これには金正恩氏を巻き込む必要がある。だが、核兵器開発を先鋭化させる金正恩氏に融和的な態度をとるには、世論や国家の正統性(どちらの体制が歴史的に正しいか)を考えると、リスクが大きい。

こうした事情は金正恩氏も当然知っており、ガンガン利用していくだろう。このため、誰が韓国の大統領になろうとも北朝鮮の優位は変わらない。本紙でもたびたび伝えているように、人権侵害国家の北朝鮮では「世論」に気を配る必要がないからだ。また、新任大統領は、就任後とうぶんの間は混乱する韓国国内政治の収拾にかかりきりにならざるを得ない。金正恩氏は高見の見物、といったところだろうか。

なお、読者としては、次期大統領候補たちの「対日姿勢」も気になるところかもしれない。その辺の情報については、韓国の政治や社会の動向を日本語で易しく解説しているニュースサイト「韓国大統領選2017」が最も詳しい。