大統領一家を支えるホワイトハウスの「本当の住人」[本は自己投資! 第6回]

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オックスフォード辞書が選んだ2016年を象徴する言葉は、”post-truth”だという。

そのまま訳すと「ポスト真実」というなんだか意味がつかみづらい言葉になってしまうのだが、オックスフォードによれば、客観的な事実よりも感情的な訴えかけのほうが世論形成に大きく影響するような状況を示す形容詞だそうで、個人的には「これまで真実だとされてきたことに代わって世の中の新たな真実になったもの」というニュアンスで理解している。

この”post-truth”は、政治的に緊迫した今年1年を象徴する言葉として選ばれたという。たしかに6月のイギリスの国民投票にしても、11月のアメリカ大統領選挙にしても、これまでの常識を覆すような結果が出た。私たちはタレブの言う「ブラック・スワン」やアガンベンが唱える意味での「例外状態」がもはや当たり前となった世界に生きているのだ。

だが好むと好まざるとに関わらず、新しい舞台の幕は開く。

ホワイトハウスで執事や給仕長などを務めたアロンソ・フィールズは、かつて自著(未邦訳)にこんな言葉を記した。

「レジデンスにおいて、政権から政権への移行は突然死のように訪れる。移行によって、スタッフは不思議な空白感に襲われるのだ。その朝、これまで何年も仕えてきた家族に朝食をお出しする。昼には、その家族は私たちの人生から去っていき、また新たな顔ぶれ、新たな習慣、新たな好き嫌いとの日々が始まる」

アメリカ合衆国大統領の権力の象徴ともいえるホワイトハウスは、2つの顔を持っている。大統領執務室や閣議を行う部屋などがある「ウエストウイング」が大統領の公的な顔だとすれば、ファーストファミリーが暮らす「レジデンス」は大統領が私的な顔を見せることができる唯一の場所だ。

『使用人たちが見たホワイトハウス 世界一有名な「家」の知られざる裏側』(光文社)は、ブルームバーグ・ニュースでホワイトハウス担当記者だった著者が、レジデンスの関係者たちに地道にインタビューを重ね、秘密のベールに隠されたホワイトハウスの日常を明らかにしたノンフィクション。

この本の価値はひとえに口の堅いレジデンス・スタッフの口を開かせたことにある。

大統領一家を支えるのは、ウエストウイングで働く側近とレジデンスのスタッフだが、側近の多くがホワイトハウスを去った途端に喜んでインタビューに応じたり得意げに回想録を出したりするのに対して、レジデンスで働くスタッフたちはみな、口が堅い。

なぜなら彼らは大統領のプライベートを誰よりも知る立場にあるからだ。しかも、彼らの多くは政権が替わってもホワイトハウスに勤め続ける。たとえ目の前で歴史が動くのを目撃したとしても、そこで見たこと聞いたことを胸の奥にそっとしまいこんで、世界でもっとも権力を持つ一家を支え続けるプロフェッショナルがレジデンスのスタッフたちなのである。
「主と使用人」以上の関係}--
そんな忠誠心に篤い彼らの口を開かせるのは、当然のことながら簡単ではない。著者はインタビューの申し入れを再三断られ、たとえ応じてもらえたとしても、ネガティブなエピソードはなかなか語ってもらえなかったという。そんなハードルの高い取材対象であるがゆえに、本書に掲載されているのも、彼らが公にしても構わないと認めた話だけだそうだ。

だが、そんな条件付きであるのを忘れてしまうほど、本書で披露される秘話はむちゃくちゃ面白い。許可をもらえたものだけでもこれだけ面白いのだから、公にできない話はいったいどれほど凄いのだろうか。

想像は膨らむばかりだが、おそらくほとんどのスタッフが墓場まで持っていくのだろう。ともかくここにあるエピソードを引き出しただけでも素晴らしい。著者は我々が覗くことの出来ない大統領の私邸の扉を開けることに見事に成功している。