九州場所で一躍脚光を浴びたのが、新入幕としては49年ぶりとなる10連勝を記録した石浦(26)だ。173cm114kgは関取最軽量だが、鋭い動きで相手を翻弄、巨体力士をバッタバッタと倒しまくる姿に、観客も拍手喝采。みごと敢闘賞を手に入れた。

 じつは石浦の父・外喜義(ときよし)さん(55)は相撲界では知らぬものがいないほどの有名人。鳥取城北高校は相撲の強豪校で、元大関・琴光喜をはじめ、現役では大関・照ノ富士、逸ノ城など多くの力士を輩出している。外喜義さんは同校の総監督(現在は校長も)なのだ。

 と聞けば、石浦はいかにも相撲のエリート街道を進んできたように思うが、さにあらず。父親が語る。

「相撲部のお兄ちゃんたちがうちにいるわけだから、将勝(石浦の名)も相撲を間近にして育ったことは確か。ただ、小学校では県内で勝てても、全国レベルでは全然ダメ。体が小さいからね。

 中学2年のとき、全国大会の団体戦で決勝までいったんです。そこで今年亡くなった千代の富士さんから、『小さいのにいい相撲を取るな』と言われて、やればできると思ったのでしょう」

 その後、名門・日大相撲部へ進学。だがここで、大きな挫折を味わうことに。

「もともと少食で、いっぱい食べられない。大学3年のとき、『体重が100kgになった』と電話してきました。よほど嬉しかったんでしょう。それからしばらくして入院です。食べすぎが原因で、腸の病気になった。『相撲はやめたほうがいい』とも言われたようです。

 それからは、格闘家を目指して山本“KID”のジムに通ったりね。大学卒業後は、語学留学ということでオーストラリアに行ったんです。

 そこで相撲の大会に出たら、たまたま会場に映画監督がいて声をかけられ、オーディションを受けたら合格したと。日本人の悪役だそうですが(笑)」(外喜義さん)

 そのオーディションとは、映画『X-MEN』シリーズの敵役。衣装合わせもすんでいたが、撮影間際になって出演を断わることに。

「そのころ、同じ高校出身の貴ノ岩や同級生の山口(十両)が活躍しだして、俺もという気が出てきたんでしょう。新弟子検査の年齢制限(23歳未満)もあり、時間がなかった。私は角界入りには反対でした。また太らなくてはいけないですから」(外喜義さん)

 そんな父親を口説き落としたのは白鵬だった。「必ず私が関取にしますから」と大横綱に言われれば、もう反対はできなかった。宮城野部屋所属ではあるが、実質的には白鵬の内弟子として、2012年末に角界入りしたのだった。

(週刊FLASH 2016年12月13日号)