元警察庁刑事・犯罪ジャーナリスト 小川泰平氏

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仕事を進めるうえで最も大切なのは、取引先や顧客、あるいは上司や部下、同僚との信頼関係を築くことだ。信頼をつくり上げるもの、そしてそれを壊すものは何なのか……それぞれの道で認められた「仕事の神様」に聞いた。

「北風と太陽」の挿話を持ち出すまでもなかろう。自分がいかに強い立場にあろうと、心を閉ざした相手からマイナスの情報を引き出すのは至難の業。そこで、日々被疑者と向き合う刑事の手練手管を聞いた。

■「生まれはどこ?趣味は何なの?」

「おまえがやったのか。やったんだろ!」と被疑者に詰め寄る刑事。警察の取り調べというと、テレビの刑事ドラマによくあるそんなシーンを、思い浮かべるかもしれません。

実際にそのようなことがないわけでもないのですが、それは押し迫った場面。たとえば、罪状、動機などの調べがつき、ここが決めどころだというときや、勾留期限が迫ってもう後がないというときですね。

取り調べの始まりは、実に穏やかです。何しろ被疑者に話をしてもらわないことには、調べが先に進みません。ですから、ガチガチになっている被疑者の緊張を解き、話しやすい雰囲気をつくることが、取り調べにおける刑事の最初の仕事。その雰囲気づくりのためには、のっけから敵対するのではなく、まず相手との信頼関係を築きます。そこで最も大切なのは、まずこちらから先に相手を信頼すること、悪く言えば信頼するフリをすることなんです。

容疑者は嘘をつくもの、隠し事をするもの。それを信頼するというのは、一見おかしなことに思えるでしょう。けれど、隠し事をする人には、頑なに隠そうとする意思とは反対に「話してしまいたい」という心理も働いているものです。

しかし、だからといって、単刀直入に事件に関わる話をしても、相手はなお頑なになるばかり。そこで、事件とはまったく関係のない話題、たとえば「生まれはどこ?」とか「趣味は何なの?」など、一見どうでもいい、「これなら答えても構わない。自分の不利になることはない」と相手が口を開きやすい話題から始めます。こっちも刑事ですから、話し始めた相手の小さな嘘はすぐにわかります。でも、そこは流してうんうんと黙って聞いてやるんです。

ビジネスでも、零細の取引先や部下の隠し事・ごまかしに薄々でも気がつくと、有能で頭の切れる人ほど即座に追及したがります。が、いきなり痛いところを突かれたら、相手は核心部分に触れることすらなく心を閉ざします。そうなったら終わり。下が上を、ではなく、まず上が下を信頼する。それが、下に「この人になら何でも話せる」と思わせる関係を築く第一歩です。

一般的な例として、2つのケースを想定してみましょう。

ケース(1)何ごとか問題があり、相手に相談したいが言い出せない。
ケース(2)自分(または自社)に不利なことなので、隠し通そうとする。

(1)では往々にして、普段と違うところが態度に表れます。どこかおどおどして目を合わそうとしないとか、特定の話題について無関心を装うなど。人によって様々ですが、何かしらの兆候があるものです。

しかし、そこで焦らず、相手が自分のタイミングで話そうとするまで待ちましょう。「どうかしたの?」とか「何か心配事でもあるの?」と、それとなく問いかけてみるのもいいでしょう。相手は「話したい」のですから「この人は自分を気にかけている」と思えれば、いずれは自分から「実は……」と話し出すはずです。

このとき気をつけるのは、相手が話そうと思ったまさにそのときに、話を聞いてあげることです。「今は時間がない」「後でゆっくり」などとこちらの都合で間を置くと、相手はまた逡巡してしまいます。タイミングを逃さず捉えることが大事です。

(2)は、警察の取り調べでいえば、被疑者が黙秘、あるいは否認しているのと近い状況です。しかし、この場合、当人がひた隠しにしてもその周辺を見ていくと、大なり小なりの問題がすでに起こっているはずです。

するとまたぞろ「何が起きている」「どうしてそうなった」と追及しがちですが、それは逆効果。相手は「隠したい」わけですから、たいていの場合、自分の不利益が最小限になるようにします。つまり、肝心なことはしゃべらないのです。

■「女性に絶対にフラれない方法」の例え

ここで大切なのは、問題が起きた原因や責任の追及より、問題そのものの解決を相手に持ちかけること。

「今、私たちがやりたいのは、起こった問題をどう解決するかだ。一緒に考えてくれ」というのです。

小さな問題でも、そのひとつひとつの解決に向けて話をしていくと、その大本となっている原因や責任の所在に触れざるをえなくなります。また、当人も、持て余している問題が解決に向かうのであれば、肩の荷が軽くなりますから、むしろ積極的にすべてを話そうという気持ちになってくるものです。

原因を明らかにせずして適切な解決法は出てこない、と仰る方もおられるでしょう。しかし、原因をひたすら追求すれば必ず核心にたどりつけるというものでもありません。むしろ私の経験では、ある仮説に立った捜査が空振りしても、その過程から第2、第3の手を講じていくうちに核心が見えてくるケースのほうが多いように思います。

私はよくこうしたやり方を、「女性に絶対にフラれない方法」に例えます。それは「告白しないこと」。私がある女性に告白して断られたら、そこで関係は終わり。その女性が後で思い直したとしても、改めて私を好きだと言ってくれる可能性は極めて低い。つまり、白黒をつけてしまうと、得られる情報はそこで終わり。その先にある情報は得られません。痴漢の被疑者でも、「やっただろう」と聞かれて「やりました」と答える人はいません。まず人間関係を築いたうえで、「今の気持ちを聞かせてよ」「何か理由があったんでしょう」「俺が助けることはできないけど、いろいろアドバイスはできるから」などと、相手が話し出すきっかけをつくります。焦って勝負せず、相手をよく観察して「いつでもOK」の構えでいることが大事です。

このように人と接していれば、悪い情報も入ってきやすくなります。部下も取引先も、真面目なほど起こった問題を抱え込み、かえって傷口を広げてしまいがち。でも、そういう人たちとの間に「何でも話せる」関係ができていれば、躊躇せず情報を上げてくれるし、そうすれば早期に問題の芽を摘むことができます。人に警戒心を抱かせない接し方が、実は業務の安全管理のセンサーという大きな役割を果たすのです。

▼立場の弱い相手を安心させるには

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【×】鋭く追及する――小さな嘘を許さない。「おまえ、ここおかしいだろう」
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【○】優しい“スローボール”――雑談。自分や相手の故郷の話etc

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【×】いきなり核心を突く――「何だこれは」「要するにここがダメだ」
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【○】話したいことから話させる――成果が上がらぬ言い訳、趣味・関心事

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【×】親しみを示そうと嘘をつく――「阪神ファン? 実はオレもそうなんだ」
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【○】教えを乞う――「阪神の開幕投手って誰になりそう?」

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元警察庁刑事・犯罪ジャーナリスト 小川泰平
1961年、愛媛県生まれ。80年神奈川県警へ。警察本部刑事部国際捜査課・警察庁刑事局刑事企画課等で、刑事として主に被疑者取り調べを担当。知事褒章受章をはじめ、警察局長賞・警察本部長賞など受賞歴500回以上。2009年退職。著書に『現場刑事の掟』『泥棒刑事』ほか。

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(高橋盛男=構成 石橋素幸=撮影)