「毒親」の影響で“自分の基準がなかった”というお話

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執筆:玉井 仁(臨床心理士)


価値観や規範を押しつけることによって子供を精神的に苦しめてしまう親を指して、「毒親」と呼びます。

毒親は、自分の子供に対してモラルハラスメント(モラハラ)を働く親とも言えます。

今回は、実際のカウンセリングの事例から、毒親の影響に気づいたという30代の男性の話を紹介します。

仕事がラクになったのに「抑うつ」状態に


30代のけんじさん(仮名)は、専門職として現在の職場に採用されて5年になります。

以前の会社では、毎月の残業が100時間超という激務にこのままでは燃え尽きてしまうのではないかという恐れを抱いたことと、新しい職場でキャリアの可能性を広げたい、という思いで転職を決めました。

そのけんじさんがカウンセリングを受けたきっかけは、仕事に対するモチベーションが落ちてしまったこと。

以前と違っていまの職場は残業時間も少なく、体調的にはかなり楽になりました。新しいプロジェクトにも加わり、スキルアップに励んでいる最中です。

それなのに、仕事に対して前向きに取り組めなくなってきたのです。

それどころか、家庭で子供の相手をするのもおっくうになり、何も楽しめない、何もしたくない、という状態になってしまいました。

精神医学で「抑うつ」と言われる症状です。

見かねた夫人に病院に行くことを勧められ、会社が契約している外部相談窓口を利用することにしたのです。

自分の中にはなかった「ちゃんと」の基準

カウンセラーと話していく中で、けんじさんは自分が少々病的に「ちゃんとしないと気が済まない」性格なんだと気づきました。

何をするにも、「これで十分」と満足できた経験がなく、いつも「ちゃんとやらなきゃ」「この先ちゃんとやり切れるかなんて保証はないから、頑張り続けなきゃ」と考えてきたのです。


「これじゃあ抑うつ的にもなるよなって、妙に納得しました」とけんじさんは言います。

「しかも、その『ちゃんとする』という基準が、『人の目からちゃんとしているように見えるかどうか』だったんです。要は、人の目にどう映るかという尺度しかなくて、自分なりの基準がなかったんですね」。

そのことに気づいてから、けんじさんは「自分がどう感じているか」をきちんと感じ取ろうと取り組み始めました。

幼少期の体験から思い出す毒親の影響


ちゃんとしなければいけない、という強い思い込みは、親の影響が大きいとけんじさんは言います。

彼の親は、子供の目にも「そこまでしなくても」と思えるほど体面を気にする人たちでした。

「外食した時に、飲み物をこぼしちゃうことってあるじゃないですか。そんな時、お店の人が『大丈夫ですか』って来てくれますよね。私の親は笑顔で『すみませんね』なんて笑顔で対応して、私にも『大丈夫?』なんて声を掛けるんだけど、お店の人がいなくなった途端、ものすごく冷たい目で責めるように見るんです。いま思えば、子供の私は『ごめんなさい』って思うよりも、『ちゃんとしていないと、また親に嫌われる』って思うようになったのかもしれません」。

毒親の影響:親の毒がけんじさんに与えた歪み

カウンセリングが進み、けんじさんは少し余裕を持って当時を振り返ることができるようになりました。

残念に思うのは、けんじさんの親は「外部の人からちゃんとしているように見えること」を気にするあまり、子供であるけんじさんの気持ちに対してはちゃんと向き合ってくれなかったということ。

「どこの親でも、ある程度そういう部分はあると思うんです。でも、私の場合は『ちゃんとしないことは自分の存在が否定されること』と感じるようになってしまった。その結果、自分の本当の気持ちに触れることができなくなったのかもしれません。そういう意味では、私の親にも「毒親」の側面があったのではないでしょうか」。

「自分の気持ち」という基準を持つ


自分の気持ちをきちんと感じ取り、それを大切にすることは自分を肯定するために必要なことです。

自分を肯定できなければ自信を持つこともできないし、自分なりの価値観を持つこともできません。

「ちゃんとしよう」と思うこと自体は悪いことではありません。しかし、けんじさんはその基準を自分の中に持っていませんでした。つまり、自分の価値観でものごとを判断していなかったために、際限のない「ちゃんとしなくては」という思いにとらわれてしまったと言えます。

現在のけんじさんは、「人から見てどうか」という基準もたくさんある尺度のひとつとして考えつつ、「自分がどう感じるか」を大事な基準としていこう、と考えられるようになってきたそうです。

(この事例は複数の例を基に構成しています。またプライバシー保護の観点から一部を脚色しています)