活動写真、いや映画(古い人間なもので)007シリーズに登場するクルマ群、ファンでしたら先刻ご存知でしょう。ここで少しばかり裏話をしましょう。

【アストン・マーティンDB5『ゴールドフィンガー』
銀幕(これも古いかな))で活躍するボンドカーで、仕掛け満載でファンの心を掴んだのは、なんといっても1964年の第3作、『ゴールドフィンガー』のアストン・マーティンDB5でしょう。それにしても、未来型ガジェットではなく、フロント補助灯下に開く機関銃口、後方からの銃撃を防ぐ防弾板、オイル噴射穴(追撃車をスピンさせる)、敵の識別を避ける回転ナンバープレート、追突緩和バンパー程度です。

ロンドン市内アールスコートで開催されたモーターショーで撮った写真が一枚出てきました。この正映画ボンドカーDB5、2010年にアメリカのコレクターが$460万(5億円程!)で落札したはずです。

【AMCホーネット『黄金の銃を持つ男』】
ロジャー・ムアーは「ライトウエイト・ボンド」で、好きではありませんが、『黄金の銃を持つ男』(1974)のカーアクションには、私の旧友が助力しました。ボンドがバンコックのAMC(アメリカ・ビッグスリーの次4位メーカー)ディーラーから新車ホーネット・クーペを失敬し、爆走します。壊れ落下している橋に差し掛ったボンドはアプローチスロープで加速、川の上でひとひねり、つまり車底を上にして飛び、ふたたび普通の姿勢に戻して対岸に着陸します。これはCGではなく、スタントドライバーによる実走行でした。

「スパイラル・ジャンプ」技術を考案、シミュレート、実験、実行したのがアメリカ・ニューヨーク州バファローのコーネル大学航空研究所スタッフで、所長が旧友、故ビル・ミリケンでした。自動車の動的性格の非常に真面目な研究が発端で、彼の部下秀才のコンピューター解析モデルからはじまり、シミュレーション、有線コントロール実車実験を経て、スタンドドライバーによる有人デモンスレーションとなりました。運転実証の場がなんと自動車スタントの“スリルショー”、テキサス州アストロドームでした。名スタントドライバーが運転したのですが、うまく離陸速度に乗れず6回中止。観客からブーイングが起きました。ビル・ミリケンを始めとする技術スタッフのアドバイズで、ついに成功。大歓声が起きたそうです。

ボンド・ホーネットは、アプローチ、離陸速度の精度アップ制御以外は、なんの変哲もないクルマでした。
ミリケンは航空エンジニアで、戦前のパンアム・クリッパー飛行艇、戦時中のボーイングB-17爆撃機の飛行実証、戦後はカーティス・ライト航空研究所/コーネル大学研究所長を経て、自動車動的解析の権威となります。
彼自身も少年期から自製自動車、そして高校期に自設計、製作の小型飛行機で飛行成功、ところが着陸で転覆した猛者。戦後のアメリカ・スポーツカー・レーシングの草分け存在で、ニューヨークのワトキンスグレン公道コースから特設GPコースまで役員を務めました。

ブガッティT35を入手しますが、パイクスピーク・ヒルクライム出場規則合致のためにフレームを切断、引き延ばしました。T54のギアボックスが壊れ修理不可能と知ると、GMのATを積む荒技。神聖ブガッティ信者でしたら失神するでしょうね。
自らのレーシングカーも製作しますが、これは最大22度の大ネガキャンバーのスラストでとてつもない横Gを出します。90歳、97歳でグッドウッド・ヒルクライムに出ています。

山口  京一[F2P#23])

ゴールドフィンガーのDB5は5億円! 映画007のボンドカーズいよいよ登場!(その1)(http://clicccar.com/2016/11/28/421634/)