「痛みも、幸せも。もっといろんな感情を取り入れたい」――塩ノ谷 早耶香が目指すもの
街がきらびやかなイルミネーションで彩られるこの季節。肩を寄せ合う恋人たちが行き交う通りを、孤独を抱えて足早に進むあなたに、塩ノ谷 早耶香の歌声は寄り添ってくれる。「どんなに強く願ったって その心ここにないのね」。ニューシングル『魔法』は、そんな叶わぬ恋心を伸びやかなボーカルで歌い上げた塩ノ谷渾身のバラードだ。切ない歌詞としっとりとした歌声のイメージに反して、取材に応じる素顔の塩ノ谷は、明るい声でよく笑う女の子。「誰かに寄り添える歌を」――まっすぐな瞳で、アーティストとしての信条を語ってくれた。

撮影/川野結李歌 取材・文/新田理恵 制作/iD inc.



今回はとことん哀しく…「一緒になって、涙を流せる曲を」



――実際にお目にかかると、すごく華奢(きゃしゃ)で小さい方なんだなと驚きました。曲の印象や歌声が大人っぽいので、ギャップがあります。

身長ないです(笑)。150センチぐらいです。

――歌声やジャケット写真から想像すると、もう少し身長があると思っていました。

それはすごく言われます。ジャケット写真を見て、ある程度大きい人だと思ってくださる方が多いです。あと、「あんまりしゃべらない人だと思ってた」ってよく言われます。「意外としゃべるんだね」って、皆さん帰り際によくおっしゃいます(笑)。

――(笑)。でも、そんな素顔とは違って、今回のシングルは、かなり切ないしっとりとした曲ですね。

冬なので、とことんみなさんに切なくなってもらいたいなと思いました。この『魔法』っていう曲自体は、もともと今年に入ってすぐにできてはいたんです。そのときに聴いた瞬間から、もう、すごく切なくて。「この思い叶える魔法教えてよ」っていうサビのワンフレーズが頭に降ってきて、そこから、これを哀しい曲にしようと思って作りました。

――その後、冬のリリースが決まったんですね。

12月にリリースすることになって、『魔法』をやりたいって思ったんです。私はアーティストとして「誰かに寄り添える歌」を届けることをコンセプトにやっているんですけど、「すべてが光の部分だけじゃない」って思うんです。この曲も、最初はもうちょっと“光”や“希望”のようなものを見せようかなと思ったんですけど、あえてそういう方向じゃなくて、一緒になって、共感しながら、涙を流せる曲にしたいなと思って、今回はとことん哀しく作りました。





――「携帯の中 キミを消した 連絡待ってみても やっぱりくれないんだね キミの方からは」っていう歌詞なんて、矛盾してる女性の心情がとてもリアルですね。

自分の中でも、そういうときって、忘れたいし、「嫌い!」みたいな感じになるんですけど、やっぱり根本にある「好き」っていう思いは消せなかったりするので。

――『魔法』の歌詞のような、振り向いてくれない人を陰で見つめている…という経験は?

あります!

――好きな人に、気持ちはなかなか言えないタイプ?

絶対言えないです。

――今お話してると、結構ぐいぐいいきそうな…(笑)。

普段はぐいぐいいけるんですけど(笑)。いざとなると、「きゃっ」ってなっちゃう。(異性に対して)友だちとしては仲良くなれるんですけど…。まず自分からは話しかけないかもしれないですね。かなり奥手です。



スマホはネタ帳!? 忘れたくない想いは全部メモ



――塩ノ谷さんの作詞のスタイルを教えてください。

基本的には、曲を聴いて、「なんとなくこういうふうに聴こえてきたな」っていう感覚的なものにワードをはめていって、それから、よりストーリー性を出すためにどうしたらいいかな? って考えて組み立てていきます。

――「聴こえてきた」っていうのは、メロディーを聴いたときのインスピレーションということ?

そうです。「ここはこうだな」って感じるんですよ。

――曲からのメッセージなんですね。

そうですね。でも、何を感じるかは人それぞれだと思いますし、正解はないと思うんですけど、私は結構、メロディーラインを聴いていると、ああ、これはこういうシチュエーションで、自分がこういう世界にいて、こんな感情で…っていう世界をどんどん積み重ねていくんです。

――作詞は、ノートに向かってするんですか?

私は基本、ケータイです。全部メモします。自分の字で書いてしまうと、見直したときに、あんまり完成形が浮かばないというか…。ケータイの、キレイなデジタル文字のほうが歌詞を書いている感じがします。



――紙に書くと何か別のものに見えてきそうですね。

そうなんです、難しいんです。作詞ノートって、なんかカッコいいじゃないですか(笑)。ちょっといいな〜と思って1回やってみたんですけど、1ページも埋まらなかったので、もうやめようと思って(笑)。ケータイだとすぐにデータで送れますし。移動の電車の中で書いたりすることも多いですね。

――何かしながらのほうがいい歌詞が浮かぶ?

お風呂の中とか、移動中によく考えていますね。寝る前に考えちゃうと寝られなくなっちゃうので。寝る前は、アイデアが思い浮かんでも、なるべく考えないようにしています。それがすごく良かったら書き留めますけど。

――普段から「今の気持ち忘れたくない」というものを、メモされているんですね。

すごくたくさん書いてます(笑)。ケータイに全部。

――最近は、どんなことを書き留めたんですか?

何かメモしてたかな、私…。(ケータイのメモ欄を見返しながら)ふふふっ、めっちゃ恥ずかしい! ひとりで家にいることが多いので、そんなときに、「誰かと一緒にいたり、友だちといたりっていう幸せな時間があるからこそ、今このときがすごく寂しい…」みたいなことを書いていますね。……恥ずかしっ(笑)。





「心を動かす」ためにも、自分の感情は止めない



――MVも見せていただいたんですけど、ずぶ濡れでしたね、塩ノ谷さん。

スゴかったですね(笑)。



――あんなに切ない歌詞を書いたばっかりに…(笑)。

監督ともたくさんお話をさせていただいて、「どうしても雨に濡れたいです」って言ってたんです。

――そこは自分から?

はい。全部、自分のイメージを伝えさせてもらいました。感情の起伏やドラマ性を出したかったので、雨に濡れるっていう演出は、わかりやすくて良いんじゃないかなと思ったんです。

――ウェディングドレス姿が印象的でした。衣装も塩ノ谷さんのセレクトですか?

はい。何着か選んでいただいた中から選びました。妄想の中の幸せそうな女の子と、はっと現実に戻ったときの自分は全然違うという、その差を一番見せたかったです。

――夢のなかのドレス姿の幸せそうな表情と、現実の切ない表情との演じわけが素晴らしかったです。一瞬、別の方が演じてるのかと思いました。

え! 嬉しいです!



――パフォーマンスをするときは、自分の感情をひっぱり出していくタイプ? それとも、曲の中の人物になりきるイメージ?

私の場合、全部自分の感情ですね。自分の中にないものは出せないので。演じるとしても、結局、感情の理解ができてなかったら演じることにはならないと思うので。

――良い作品を作るために、アーティストとして日頃から心がけていることはありますか?

なるべくいろんな経験をしようとは思っています。デビュー前に練習生として歌を練習していたときに、『バーレスク』っていう映画を観たんですよ。

――クリスティーナ・アギレラが主演の?

そうです。観た次の日に歌ったら、すごく良い表現ができたんですよ。なので、映画を観るのもそうですし、音楽を聴くことも、人と話す、漫画を読む…全部繋がるんだっていうことを、自分が受け入れることが大事だと思います。“すべて繋がっていく”って知ってさえいれば、たとえば「ヒマだな」って思うこともなくなるし、何気ない時間でも大切に思えますし、人と会っていても、イヤな思いをしてしまっても、「まあ、何かに繋がるでしょ!」って感じることができるから。

――どんな感情も、まずは経験!

痛みも、幸せも、知ってるものは多いほうが絶対いいと思います。自分も、受け取る側でもあるんですけど、どうしてもアーティストなので発信しないといけないとも思うし、届けなきゃいけないとも思う。同じぐらいの歳の子より、もっともっと自分がいろんな感情を取り入れてないといけないんじゃないかなって思います。

――体験した感情が多いほど、伝えられることも豊富になりますよね。

感情は大事にしたいですし、あと、フリーにしています。なるべく自分の感情を止めない。「悲しい」って思うときには、その気持ちを“放置”して悲しむ(笑)。前までは、自分がキツくなっちゃうので、なるべく他のことに意識を向けたりしていたんですけど、今は、悲しいときはひたすら悲しい。落ちるところまで落ちる。そういうことをしていると、キツいんですけど、めっちゃ心が動くから、いろいろ感情が浮かぶんです。