1989年(平成元年)、「セクシャル・ハラスメント」という言葉が、初めて市民権を得た。当時の雑誌記事を振り返ると、現代の常識では完璧にアウトな言動が「これをセクハラと言うのは行き過ぎでは?」というニュアンスで紹介されている。 写真:読売新聞/アフロ

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歳月人を待たず、有為転変は世の習いである。あの1989年(平成元年)、バブルのピークという熱狂から四半世紀とちょっと、日本もいろいろな物が時間をかけて変わってきた。当時の「常識」は、今となっては「非常識」。そんな実例をいくつかご紹介しよう。

職場はセクハラ天国だった
平成元年のニッポン

 1989年、「セクシャル・ハラスメント」に日本新語・流行語大賞の新語部門金賞が与えられている。そして、はじめてセクハラが法廷に持ち込まれたのもこの年だ。8月に福岡地裁に起こされた裁判だ。

「不倫している」と悪評を立てられるなど、上司による性的嫌がらせを受け、退職を事実上強要されたのは性差別に当たると、福岡市中央区の元出版社社員(当時32歳)が、元上司と勤務先に慰謝料を請求している。

 この裁判は実に3年近い時間をかけて審理が行われ、92年4月に原告全面勝訴の判決が下った。

 セクハラは80年に米国でガイドラインが公表され、それから訴訟が数多く起こされていた。米国進出が増えていた日本企業もにわかに対応に迫られると同時に、日本においても嫌がらせに悩まされていた女性たちが声を上げるきっかけになっていた。

 こうした時代の変化が一気に起きたのがこの裁判であり、この後に同様の裁判が相次ぎ、女性支援団体が実態調査を始める動きも見かけられるようになった。

 にわかに起きたセクハラ「ブーム」には戸惑いも大きかったようで、89年10月19日号の週刊文春は「セクシャル・ハラスメント実例30選 こんなことまでいけないの!?」と題する特集をまとめている。要するに「意義は分かるが、行きすぎもあるんじゃない?」と、週刊誌らしい斜に構えたスタンスで、行き過ぎじゃないかと、彼らが考える事例を紹介している。

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