もしかして横綱じゃないですかね!?

聞くは一時の恥、聞かぬは一生の恥という言葉があります。恋愛でもそうです。「自分なんて」と思って告白しないでいたら、実は両想いだったなんて展開はよくあるもの。営業でもそうでしょう。最初は断られても、何回か同じことを言っているうちに、相手の答えが変わなんてことは、よくあるものです。

「もしかして横綱じゃないですかね?」

一応、聞いてみるべきではなかろうか。現行の大相撲における横綱の決まりかたというのは、まず日本相撲協会が横綱審議委員会に対して「横綱じゃないですかね?」という諮問をすることが発端となります。そして、横綱審議委員会で検討し、協会に対して答申を行ないます。その答申を協会は理事会において「尊重する」ことになっており、理事会の承認が得られれば番付編成会議で昇進が決定するのです。要するに、事実上、横綱審議委員会で横綱にするかどうかが決まる形です。

ただ、横綱審議委員会ではあくまでも諮問に対する答申を行なうだけですので、勝手に推薦を出すわけにはいきません。横審は「待つ乙女」、協会は「草食系男子」と思ってみてください。いつまで経っても告白しない男のことを、じっと待つ乙女の姿が想像されるのではないでしょうか。モジモジしてじれったい恋愛が。

「もしかして横綱じゃないですかね?」

昨今まことしやかに語られるのは「大関が二場所連続優勝したら横綱」であるという基準。しかし、これは必ずしも杓子定規に決まっているものではありません。公表されている内規においては、「大関で2場所連続優勝した力士を推薦することを原則とする」とされています。「原則とする」です。決定でも何でもなく、原則です。

その基準の上にある、真の基準は「品格、力量抜群」です。抜群って何ぞやと問われた際に、「まぁ一般論で言って、二場所連続優勝するくらい強いってことですかねぇ?」と言っているにすぎません。確かに1回はまぐれということがあります。琴奨菊にもまぐれということはあります。ドラえもんも、のび太が100点をとったときに「のび太くんにもまぐれというものはあるのだ」と讃えていました。

「原則」であることは、近年においても示されています。大相撲九州場所で優勝した鶴竜は、横綱に昇進する際「優勝、優勝次点」という流れでの昇進でした。原則である「二場所連続優勝」でない場合も、検討によって委員の三分の二の賛成を得れば、横綱として推薦することにしているのです。

「もしかして横綱じゃないですかね?」

そもそも二場所連続優勝というのが「力量抜群」を納得させる事象としてあげられただけで、そこに杓子定規にとらわれていたら、ことの本質を見誤るでしょう。たとえば、上位勢が全員謎の腹痛で二場所連続休場しているときに、ひとりだけピンピンしている大関がいたら。我々がそこで考えるべきは「横綱かな?」ではなく、「盛ったな?」であることは明白です。

つまり、二場所連続優勝という形でなくても、力量抜群であることがわかったなら、それは横綱として検討に値すると言えるのです。「優勝⇒(迷子の子犬を捜して全休)⇒優勝」も力量抜群感がありますよね。品格も抜群感ありますよね。あるいはもっとほかの形であっても、力量抜群感さえあれば検討の遡上にあげるべきでしょう。

「もしかして横綱じゃないですかね?」

繰り返しますが、「聞く」「推薦する」「尊重する」の三段階で横綱は決まります。コレを「聞く」前に勝手に自己判断するようなことがあったら問題ですよね。部下が勝手に自己判断して、「この取引先は将来性がないと思いましたので取り引きを止めてきました」と言ったら、怒りますよね。「待てよ、相談しろよ」と。社会人の基本は「報・連・相」と習いませんでしたか。報告、連絡、相撲、これが社会人の基本です。

勝手に握りつぶすなと。聞いてみなさいと。聞いてみたら意外な答えが返ってくるかもしれないじゃないですか。聞いてみて「ないです」となるのが正しい意思決定であり、「よかれと思って勝手に決める」とあとあと蒸し返されるのは、東京都政の混乱を見てもわかるでしょう。相撲取りは社会人の基本がなっていません!相撲だけじゃダメなんです!報告と連絡が大事なんです!

「もしかして横綱じゃないですかね?」

たとえば、仮に、一年間でもっともたくさんの白星を挙げるような力士がいた場合。どのように判断すべきでしょうか。しかもその力士の上位勢との対戦を抜き出したときに、横綱を相手にして8勝8敗、大関を相手にして13勝2敗だったとしたら。「あぁコレは横綱ですねぇ」としか言えないでしょう。横綱と互角で大関に圧勝、それは横綱の力量です。

<参考:もし今年の対戦成績でこんな力士がいたら横綱じゃないですかね?>
対白鵬〇●●〇−〇
対日馬●●〇●●〇
対鶴竜〇〇●−●〇
対豪栄〇〇〇〇●〇
対琴奨●〇〇−〇−
対照富−〇〇〇〇〇

しかも、その力士が去年も一昨年も安定した好成績をおさめ、ここ5年の幕内力士を見渡したときに、「2016:年間1位」「2015:年間3位(2位は照ノ富士)」「2014:年間3位(2位は鶴竜)」「2013:年間3位(2位は日馬富士)」「2012:年間3位(2位は日馬富士)」という成績を挙げていたとしたとき、これは普通に考えれば「三横綱の一角相当」という見立てになるでしょう。
  
<参考:もしここ5年の勝星でこんな力士がいたら横綱じゃないですかね?>
白鵬:62勝、66勝、81勝、82勝、76勝
日馬:67勝、46勝、47勝、69勝、69勝
鶴竜:57勝、43勝、71勝、54勝、60勝
豪栄:56勝、48勝、53勝、52勝、52勝
琴奨:47勝、50勝、49勝、47勝、46勝
照富:33勝、65勝、(これ以前は十両を含むため割愛)
参考:69勝、62勝、57勝、68勝、61勝

「もしかして横綱じゃないですかね?」

横綱かもしれないなと思う力士がいた場合、まずは聞いてみることが大事でしょう。自己診断はイケません。聞いてみて、もし違ったら「違ったのか」と思えばいいこと。違うかどうかを考えるのは、横綱審議委員会なのです。名前の通り、そこで審議するのが当然ですよね。アナタは何審議委員ですか。アナタは、アナタは、アナタは。誰も横綱かどうかを審議する委員ではないわけです。

八角理事長も含めて、横綱を審議する立場の人はいないわけで、もし前述のような力士がいた場合、審議をする立場の人に聞いてみないわけにはいかないでしょう。力量が抜群…少なくとも現状でトップ1〜3のどこかにいることは間違いがない力士がいたとしたら、毎場所聞いてみるくらいでいいと思うのです。

「豪栄道を横綱にすべきかどうか」というテーマであれば「5年くらい様子見よう」というのが私見としての僕の答えであり、「琴奨菊を横綱にすべきかどうか」というテーマであれば「10年くらい様子見よう」というのが私見としての僕の答えです。そこで「5年くらい様子を見た結果、トップ1〜3であると推定される」という力士がすでにいたとしたら、何を豪栄道やら琴奨菊のことを考えているのだという話。

「え?豪栄道が二場所連続優勝した?うわー、しちゃった。しちゃったかぁ。仕方ない、握りつぶすわけにもいかないから一応聞いてみるか」「え?琴奨菊が二場所連続優勝した?嘘だろ?嘘に決まってる。嘘かどうか確認するために来場所からは俺もしっかり様子見るわ。来場所から二場所連続優勝なら、仕方ない、聞こう」くらいでちょうどいい。

「もしかして横綱じゃないですかね?」

鶴竜が横綱に昇進する前の6場所の勝星は66勝。日馬富士が横綱に昇進する前の6場所の勝星は68勝。白鵬が横綱に昇進する前の6場所の勝星は59勝。朝青龍が横綱に昇進する前の6場所の勝星は72勝。武蔵丸が横綱に昇進する前の6場所の勝星は68勝。若乃花が横綱に昇進する前の6場所の勝星は66勝。貴乃花が横綱に昇進する前の6場所の勝星は80勝。曙が横綱に昇進する前の6場所の勝星は57勝。貴乃花が突出して多いですが、それ以外は60勝台後半といったところ。

昇進前6場所で69勝は、十二分に「もしかして横綱かも?」と思っても不思議はない成績なのです。僕は横綱かどうかを判断する立場にはありませんが、これだけ「横綱かも?」と思う状況がそろう力士がいたとしたなら、一応聞いてみるべきだろうと思うのです。

ときたま強いというのは横綱とは言えないのではないかと常々思っています。場所の看板を背負い、どの場所も分け隔てなくお客様を楽しませるのが横綱のつとめ。お客様は横綱を見にいくのですから。しかるに、適当に休みながら、気が向いたときだけ頑張るなどというのでは、横綱の責務をはたしたとは言えないのです。ひと場所だろうが二場所連続だろうが、そこに大きな違いはありません。十五日間なのか、2ヶ月なのか、という違いでしかないわけですから。それ以外はパッとしないようなら、結局は誰かに支えられて、気まぐれな強さを発揮しているにすぎません。

本当に横綱なのか。

もしかして見落としがあったりしないのか。

5年くらい眺めたら違った景色が見えたりはしないのか。

自己判断することなく、報告・連絡・相撲をしていってほしいものですね。

<もしかして横綱じゃないですかね?>


<もしかして横綱じゃないですかね?>


<もしかして横綱じゃないですかね?>


相撲 2014年 01月号 [雑誌]

「もしかして横綱じゃないですかね?」「ないですかね?」「かね?」