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2016年11月24日にロフトプラスワンWESTで「この世界の片隅に」の片渕須直監督と原作者・こうの史代さんによるトークイベントが開催されました。「ネタバレ爆発とことんトーク!」と題されたイベントで、「まるで親戚が話をしているみたい」と言われたという2人のトークはとてもテンポが良く、内容は作品作りのかなり基礎的な話や、片渕監督の右腕として作品作りに携わった浦谷千恵さんの話、こうのさんから片渕監督への質問タイムと幅広く展開されました。

11月12日(土)全国公開 劇場用長編アニメ「この世界の片隅に」公式サイト

http://konosekai.jp/

会場となったロフトプラスワンWEST



前売券は売り切れ、当日券も抽選になったとのこと。



3階にあるロフトプラスワンWESTの前をぎっしりと埋めた行列。このほか、エレベーターホールの前にも行列ができていました。



会場で待ち受けたすずさん。



特別メニューとして「イワシの梅煮」や「芋ごはん」などが提供されました。







◆第1部:片渕監督とこうのさんがざっくばらんに語る

今回のイベントは片渕監督とこうの史代さんが、司会役などを挟まずに2人だけで登壇しました。



会場は満員御礼、最後列の立ち見席までギッシリ。撮影がOKだったということで、カメラやスマートフォンを向ける人の姿が。ただ、後半になると話を聞くのに集中している人が多かったです。







乾杯を行って、イベントスタート。



・呉市バスの色は?

PCの中に大量の資料を詰め込んでいる片渕監督がまず見せてくれたのはバスの写真。

実は、呉市バスについては資料がモノクロ写真か戦後の写真しか見つからず、2パターンまで絞り込んだカラーリングがどうだったかを確定させるのが大変だったそうです。参考として映画「男たちの大和」も見たものの、そのカラーリングが正しいという限らないため今でもちょっと悩んでいるようだった片渕監督に、こうのさんは「今のところ苦情とかは来ていないから、今のままで大丈夫じゃないですか」と割り切った様子でした。

1300日の記録[片渕須直]第20回 バスの色にまつわるひとつの痛恨 | WEBアニメスタイル

http://animestyle.jp/2013/01/28/3710/

その呉市バスには市章がついているのですが、呉の市章はレが9つ。こうのさんが今住んでいる福知山市もフが9つという、変わった一致が会場の笑いを誘っていました。

・「この世界の片隅に」企画の進展

こうのさんの作品ではこの前に「夕凪の街 桜の国」が映画化されていますが、実は片渕監督はこちらについてもアニメ化の企画書を出していて、こうのさんは資料の中で片渕監督の名前を目にしたことがあったそうです。ただ、これはアニメ化はされず、2007年に佐々部清監督によって実写映画化されています。



こうのさんとしては、ショートストーリー連載で、笑いを取るパターンや日常生活を重ねるという得意手法から、「この世界の片隅に」の方が自分らしいものだと考えていたので、「片渕監督に見つけてもらってありがたかった」と語りました。もともと、片渕監督作品である「名犬ラッシー」が好きで毎回楽しみに見ていたというこうのさんは「マイマイ新子」を見て、「この方も知らない道を歩んで成長したんだ。そして、この方に見つけてもらえたんだ」と勝手に感動していたそうです。

片渕監督の机に積み上げられた「この世界の片隅に」関連資料。東日本大震災のときはこれが監督のところへ崩れてきて大変だったとのこと。



一方の片渕監督が「この世界の片隅に」と出会ったのは、「マイマイ新子」に出てきた防府の国衙を実際に発掘していた防府市文化財郷土資料館長・吉瀬勝康さんが、マイマイ新子の資料を別のマンガのクリアファイルに挟んでいたことでした。別のマンガというのは「夕凪の街 桜の国」で、吉瀬さんは佐々部監督と同郷。そして、吉瀬さんが片渕監督に「こうの史代さんの作品、いいですよ」ということで勧められたのが「この世界の片隅に」でした。さっそく上巻に目を通した片渕監督は、すずさんが着物をちょんぎってもんぺを作ったり、戦艦大和が出てきたり、雑草を摘んで料理したりという内容を見て「これはもう、ダメだ。自分でやらないとダメだ」という気持ちになったとのこと。

きっかけになったクリアファイル。



ちょうどこのころ片渕監督は別作品の企画がダメになり、MAPPAの丸山プロデューサーから「どうする?」と声をかけられたことで、ずっと枕元において一生ちびちび楽しもうと思っていた「この世界の片隅に」の企画が丸山さんのもとに提出されることになりました。

丸山さんはこの時点で「この本はもうあちこちで手がついてるんじゃないかな?」とにらみ、確認したところ実際に日本テレビのテレビドラマが決まっていました。しかし、『マイマイ新子と千年の魔法』の監督の企画としてなのですが、というようなことをいったところ急に話が前向きになったとのこと。



こうのさんによれば、実写化の話は来るものの、あまりアニメにしようという話が来ることはないそうで、実際、「この世界の片隅に」でも、アニメ化の企画は唯一だったそうです。そこで監督はこうのさんに手紙とマイマイ新子のDVDを送り、受け取ったこうのさんも返事を書き、「原作者が『運命』といってる」という企画として進められることになります。

・すずさんと浦谷さん

初顔合わせには、すでに準備が進んでいるからということで、こうのさんにわからないことを聞くべく浦谷千恵さんも同席。あいさつもそこそこに、航空地図などを広げて、まるで作戦会議のようにミーティングが始まったそうです。こうのさんはちょっと発言してはささっと絵を描く浦谷さんを見て、すずさんのイメージに近いと感じ、監督から「すずさんってどんな感じ?」と聞かれたときに浦谷さんを指して「こんな感じ」と答えました。こうのさんの中ではすずさんを小さく描いたことはなく、平均より大きく徑子と同じぐらいで、周作が「こまい、こまい」というせいで小さいイメージがあるのかもしれないとのことでしたが、このときのこうのさんの答えを受けて「それぐらいにしましょう」ということになったそうです。

すずさん誕生については、まず戦争物で「戦時中の生活を描く」という前提があって、「ぼーっとした人のほうが周りが説明してくれるから進めやすい」「別の街へお嫁に行けば街の様子が新鮮な感動で入ってくる」「『この人はコレが日課』ではなく、ここに来たからこれをするという動機が合ったほうが読者として入り込みやすいのではないか」ということで生まれたキャラクターだとのこと。普段ぼーっとしているところや、それでいて芯が強いという点は、浦谷さんとも似ているそうです。

ちなみに、浦谷さんは「この世界の片隅に」のレイアウトをほぼ1人で担当。すずさんの動きは半分以上やったほか、大和や、ポスターの青葉の絵も描いています。もともと望月三起也が好きなので「BLACK LAGOON」のような作品にも入り、「エースコンバット04 シャッタードスカイ」でもほぼ1人で作業をしてソ連の戦闘機などまで描いていたとのこと。片渕監督によると「得意なわけではないけれど、見たら描けるみたい」とのことで、浦谷さんの超人ぶりがうかがえました。

浦谷さんが描いた青葉。なお、このポスターは監督とこうのさんだけではなくMAPPAの丸山プロデューサーのサインも入った品。シネ・リーブル神戸で展示されています。



・すずさんとのんさん

すずさん役を担当したのは、「あまちゃん」天野アキ役や「ホットロード」宮市和希役、「海月姫」倉下月海役などで知られるのんさん。片渕監督によると、舞台に出ているとき以外は普通の女の子で、そのときのたたずまいがすずさんとよく似ているとのこと。「夕凪の街 桜の国」の京花さんも、ちょっと失敗したりとボケたところがあって、そこから発展するとすずさんになるかもしれないと監督は感じたそうです。

原爆投下後の広島ですずさんが何度か人間違いをされますが、その中で「太田さん」と呼ばれているのは、こうのさんが本作と「夕凪の街 桜の国」をつなげるために名前だけ入れてみたものだとのこと。

設定資料を広げつつトークする片渕監督とこうのさん。



・憲兵と鎧戸

「憲兵に捕まる話は絶対に入れなければいけないなと思っていました」とこうのさん。憲兵の話から出てきたのが、鎧戸の話でした。

「この世界の片隅に」でも描かれていますが、当時、軍港である呉に向かう列車には移動憲兵が乗車していました。そこで片渕監督が悩んだのが、「呉が近づいてきたら鎧戸を閉めるのか閉めないのか」ということ。この点はこうのさんも調べた結果、呉の手前の駅である川原石駅からは映画にも出てくる壁が作られていたので、閉めるのは呉から広方面に向かうときではないかという結論に至っていました。監督が呉で70代から80代の方に集まってもらって聞いてみると、意見は見事に「閉めた」「閉めなかった」と真っ二つに。そこで、呉ではわからないので、同じく軍港である横須賀での事例を聞いてみると、閉めなかったことがわかりました。このことから、海軍ではなく陸軍が閉めさせたのではないだろうか?とのことでした。

◆第2部:こうのさんから片渕監督への質問

第2部は質疑応答コーナー。こうのさんが片渕監督への質問を大量に用意していて、どんどんとぶつけていく形でした。



・なぜ「アリーテ姫」をアニメ化?

こうの:

マイマイ新子をなぜアニメ化しようとしたのかという話は、マッドハウスの丸田さんが山口県生まれだったから「どう?」という話があったということをうかがったので、ではアリーテ姫をなぜアニメ化の題材に選んだのですか?

アリーテ姫 = PRINCESS ARETE =

http://www.arete.jp/



片渕:

企画を「これ、アニメ化しませんか?」と持って歩く人がいるんですよ。「アリーテ姫」は、スタジオ4℃の田中栄子プロデューサーがこういう作品がいいんじゃないか、内容がフェミニズム色が強いものなので男性監督がいいだろうということで僕がやることになりました。形になるまでには8年ぐらいかかりましたけれど、合間に「名犬ラッシー」をやったりしていたので、専念していたのは最後の2年ぐらいです。一方で、「この世界の片隅に」の場合は6年のうち2011年7月から専念したので、5年ぐらいはこの仕事しかやっていません。

こうの:

数少ないその他の仕事が「花も咲く」だったんですね。

・なぜすずさん役にのんを起用?

片渕:

そういえば、なぜすずさん役にのんちゃんを起用したのかという質問を、だいたいマスコミの取材では聞かれて、なんとなくと答えてきたんですが、ずっとメイキングを撮ってくれていた人から「最初から言っていましたよ」と言われました。それで考えてみたんですが、たぶん順番が逆だったんです。2010年8月に「この世界の片隅に」をやりたいと言い出した時期、廿日市でこうのさんの原画展をやっていましたよね。

こうの:

はい、ありました。

片渕:

「夕凪の街 桜の国」と「この世界の片隅に」の展示を、最終日に見に行ったんですよ。この日は防府でテレビ出演があって、「マイマイ新子」の原作者の高樹のぶ子さんと、高樹さんのお母さんと出まして。この方はすずさんの1つ下で、すずさんと同じく19歳でお嫁に行ったという方なんです。それで防府から徳山駅まで移動した後、今から廿日市に行けば原画展の最終日、閉館の30分前に間に合うんです。それを高樹さんに伝えたら「わたしのことは置いていってください」と

(一同笑)

片渕:

広島駅で乗り継ぎがうまくいけばということだったので、avexのプロデューサーと一緒に広島駅を走って、なんとか閉館前に到着しました。原画を見ながら話をしているときに「ところで、すずさんの声はどうするんですか」と言われて……女優さんの名前は出てきたんですが、当時からもうちょっとナイーブさが入っていた方がいいなと思っていました。すずさんの声をどうするかは自分の中で問題になっていたから、火を付けられた形で。そこで出てくるのが浦谷さんで、彼女はダイビングもするし山にも行く、海ガール・山ガールなんです。

こうの:

山ガールなのは知っていましたが、海ガールでもあるんだ。

片渕:

高尾山なら散歩で1周した上で2度目を登るというぐらいです。その浦谷さんがダイビングの練習に通っている教室が、連続テレビ小説に出演する海女さんたちの練習場になるからお休みになるといわれて、そのドラマは面白そうだからはじまったら見てみようということで、早起きするようになりまして。

こうの:

朝の連ドラを見る習慣はなかったんですね。

片渕:

なかったです。そこでドラマを見たら、「この人、すずさんでいけるんじゃないか」という人が出てきて、聞いてみたら浦谷さんもいける、と。だから、逆なんですよね。僕は「あまちゃん」ファンだったというわけではなく、すずさんを意識的に探している中で見つけたのがのんちゃんだった。この時点ですでに、音楽:コトリンゴ、周作:細谷佳正、すずさん:のんちゃん、というのが2010年の前半には自分の中で固まっていたんです。

こうの:

コトリンゴさんは「隣組」のところとか、のんさんと声が似ているなと思いました。

片渕:

みんなそう言うんだけれど、自分は全然そう思わないんです。コトリンゴさんとのんちゃんの対談を聞いたら「ふわふわ」するんじゃないかと思っていたけれど、初日舞台挨拶の控え室でその状況になっても、全然似ていないなと思いました。のんちゃん、普通の時は本当に普通の女の子ですから。

・片渕監督が次に作りたい作品は?

こうの:

次はどんな作品を作りたいですか?別作品で怪獣ものを考えていたという話が出ましたが。

片渕:

浦谷さんはやりたがっているけれど、めんどくさいんです(笑)。調べることが多いので。それに「この世界の片隅に」をやって、僕の中で戦争を描くということがこたえました。「花が咲く」のときに、津波に一切触れずに、でも被災地のことを思いやるみたいなことを考えましたが、「この世界」でやっていることは、「津波が来る『花が咲く』」ではないかと。音を入れた画面を見て、対空砲火が鳴り出したときに、公開するのをやめようかと思いました。

こうの:

経験された方のトラウマを引き出すような感じもしますよね。

片渕:

自分自身のトラウマになって、すずさんの気持ちが染みついちゃったりして、映画が終わった時点ですずさんは立ち直っていないんじゃないかという気がして……。そこで慌てて先のことを何とかしようと考えて、エンディングにコトリンゴさんの「たんぽぽ」という曲を聴いたら、その先にすずさんの魂が甦るみたいな歌だったので、「絵をつけたら甦るかもしれない」と思って、ダビングから帰った次の日に、浦谷さんを30分早く仕事場に連れて行って絵を描いてもらいました。ラフまで1日でやっちゃって、そこまでいったら救われた気がしました。戦争があっても、先があると思えて。

こうの:

ヨーコが大きくなっていて感動しました。

片渕:

周作さんも髪の毛が伸びていたり。

こうの:

それは気付かなかった、もう一度見ます(笑)

片渕:

だから、戦争はもうイヤだなってずっと思っていました。

こうの:

戦争物って需要はあると思うんです。出せば読む人は多いけれど、描く方も神経を削られるから、描き手があまりいないですよね。

片渕:

子どものころの三部作みたいなものだけで一本作っちゃえば、戦争は出てこないなとか思っていたら、このあいだから急に大作思考になってしまって。「映画ってお客さん入るんだ」と思ったときから。

(一同笑)

こうの:

今のうちに温めていた大作を(笑)

片渕:

「アリーテ姫」をやっているころ、読んではやりたいと思ったものがあって、でもそれだけでも一生終わってしまうぐらいあるので、何本かはお墓に持っていかないといけない。その中のどれかを今だったらやれるんじゃないかな、やると言っても許されるんじゃないかなと思っています。

こうの:

「信用貯金」ってありますね。私も「夕凪」で作った貯金を「この世界」で使い果たした感じがあります(笑)

片渕:

わかります。だから、一番大変なやつをやるのがいいかな?音楽に合わせて動き回るようなものを。

こうの:

ミュージカルみたいなものですか?

片渕:

ずっと止まらないから、やるにはすごくお金がかかります。もし企画が通るならやっていこうかなと思います、おとなしいのは年を取ってからでもできるだろうと。……そのように考えていますが、正直まだ「この世界」にかかっていますから。

こうの:

海外にまで行かないといけないそうで。先ほど聞いたら、クラウドファンディングが大変なことになっているそうで。

映画『この世界の片隅に』の海外上映を盛り上げるため、片渕監督を現地に送り出したい | クラウドファンディング - Makuake(マクアケ)

https://www.makuake.com/project/konosekai2/



片渕:

いま12月20日ぐらいまでスケジュールが出ているんですが、あまり休みが……(笑) プロデューサーと新宿でごはんを食べようとしたら「じゃあちょっとその前に舞台挨拶を」って出ることもありましたし。でも、これをやっている間はすずさんがスクリーンにいられるということですから、大事だなと感じています。

こうの:

ありがとうございます。

片渕:

今年こそは大掃除できるかと思ったんですが。

こうの:

でも、片付けたらわからなくなっちゃうし。資料が集まると、なんか活用しないともったいないですね。

片渕:

資料、これですね



こうの:

もう、戦争物やらないともったいような気がしますよ。でも、需要はあるけど供給がないから、戦争物の話が全部監督に回ってきちゃうかもしれない。

片渕:

これ、どうするかですね。古本屋に売るのもアレだし……。

こうの:

私も呉に寄付したものがありますよ。「もう描かない」という意思表示のために、手元からほとんどなくしちゃってます。これは……片渕文庫とか作ればいいですよ。

・休みをもらったらどうする?

こうの:

では続いて、一ヶ月休みをもらったら何がやりたいですか?

片渕:

えっ……びっくりするぐらい何も想像がつかないです。

こうの:

趣味とかはないんですか。浦谷さんは山とか海とかありますが、監督は一緒に行かないですか?

片渕:

ついていったりもします。犬を連れて遊ばせるのは面白いです。

こうの:

犬の散歩。たしかフレンチブルドッグが1匹。

片渕:

それと、猫が4匹。以前は6匹いたんですが、人口密度が人より猫の方が高くなってしまっているので、娘のところへ2匹。

こうの::

本を読まれたりとかは……

片渕:

目が悪くなってからは本をあまり読まなくて、マンガばっかりです。最近はゆうきまさみさんを読んでいます。

・片渕監督は大阪出身

こうの:

監督は大阪出身ですが、いつごろまでいたんですか?

片渕:

1969年じゃないかなと思います。そのあと神奈川県に引っ越して、万博のために大阪に来たぐらいなので。

こうの:

大阪の思い出みたいなものはありますか。

片渕:

大阪市内のことはあまり知らなくて。住んでいたのは枚方っていう、京都と大阪の真ん中ぐらいのところでした。

こうの:

私、ひらかたパーク行きたいんですよ。今、ドラゴンクエストミュージアムやってますよね。

片渕:

僕のイメージはひらかたパークといえば菊人形。あと、モンキーランドみたいなのがあってお猿が臭かったです。薔薇が咲いていて、猿がいて、ときどき菊人形をやるという、わりと地味な遊園地でした。入口からちょっとのところにうちがあったんです。

こうの:

何年ぐらい行っていないんですか?

片渕:

40年ぐらいは行っていないですね。

こうの:

私は大阪にまったく来たことがなくて、前は心斎橋の前世カフェで前世を見てもらいました。フランスに行ったときの通訳の人がオカルト好きで魔女の本とか買っていて、前世カフェのことを教えてもらいました。前世を3つ遡るとやるべきことがわかるというんです。ひと前世1080円で見てくれるんですよ。

片渕:

消費税つくんだ。

こうの:

2年ぐらい前かな。見てもらったら、1つ前がタイの農婦、その前がチベットの修行僧、そして3つ前がポルトガルの村役人でした(笑) チベットの修行僧は輪廻からの解脱のために修行していただろうに……その場に行って言ってあげたいですね、「お前はあと2回は輪廻するであろう」と。

(一同笑)

こうの:

話のネタにはなるんですよ。あと、私は歴史と地理が凄く苦手なんですが、前世だと思えば興味を持てるかなと思って。あと、前世のことを思い出せればなおよし。

片渕:

思い出せます?

こうの:

思い出さないですけれど(笑)

片渕:

大阪の印象ということでいうと、ホテルからここへ来るまでの短い道のりにたこ焼き屋が3軒もあって、粉もの好きだなぁということですね。いま、東京在住ですけれど、時々晩ご飯がたこ焼きです。

こうの:

え?たこ焼きが晩ご飯になるんですか?昼ご飯ならわかるけれど。

片渕:

そういうものばっかり食べているので、大阪に来て懐かしいのはそこですね。

こうの:

うちの夫は大阪生まれ福知山育ちで、たこ焼き器が欲しいということで買ったんですけれど、「くるくる回せ」「お前はまだまだだ」と、すごく焼き方にうるさいです。

(一同笑)

こうの:

東京でいうと同じ位置づけの食べ物はそば屋だという感じですね。でも、つゆが甘くて私はガッカリでした。私はうどんが好きなので……作文にうどんが好きだと書いたら、母に怒られたぐらいです。学校で作文を読み上げたときに、他の子たちはみんなハンバーグだとか書いていたのに、私は「おうどんが好きです」と書いていて。でも「おうどんと書いたから良くなかったんだ、うどんと書くべきだった」と思っていました(笑) ……何の話をしているんだろう、うどんの話ばかりでネタバレ爆発とことんトークじゃないですね。

(一同笑)

・呉について

片渕:

こうのさんは、呉はどれぐらい「自分の土地」ですか

こうの:

母の実家があったので幼いころには年に何度か行っていました。それですごく気に入ったので、18から20のころ2年ぐらい住んでいました。大学には呉線で通っていたんですが、大学をやめたあと呉でバイトをしてお金を貯めて東京へ出ました。

片渕:

戦時中、呉線を山陽本線として使おうと複線にしようとしたけれど、負けたからやめちゃったんですよ。

こうの:

途中に使われていないトンネルがありますよね。

片渕:

あれ、新しい方を使っているみたいです。すずさんが北条家にお嫁に行くときには色々と調べて、大阪行きの列車に乗ってもらっています。当時の呉のイメージはどうですか?

こうの:

「優雅な街」というイメージがあります。駅前に降り立つとオート三輪がびゅんびゅん通っていって、それが楽しかったです。呉線は私が赤ちゃんのころはまだ蒸気機関車だったみたいですが、覚えていないんです。

片渕:

今でいう撮り鉄の人なんかが小屋浦あたりで撮影していたので、めちゃくちゃ資料が多いんです。呉線は電化が遅かったので「男はつらいよ」でも呉線の蒸気機関車が出てきます。

こうの:

そういえば「呉」の発音が呉の人と外の人では違うんですね。外の人は「くれ」と前にアクセントを置きますが、呉の人は「くれ」と後ろを強く言うんです。

片渕:

そうなんですよ、「くれでは〜」って言いますね。実はこの話を録音の間にのんちゃんに言っていたら、すずさんが最後のシーンだけ呉弁になっていました。

こうの:

そうなんですか。

片渕:

ずっと「広島からくれへ来ました」と言っていたのに、最後の「ここがくれよ」というところだけ呉弁になっていて、「これでいいんですよね」って。ああ、いろいろ吹き込んでおくものだなって思いました。

(一同笑)

・最後に

片渕:

すずさんが、企画から7年、マンガからだと9年かかって、ようやくスクリーンで動いています。このすずさんは気がつくといなくなってしまうものですが、お客さんが結構入ってくれているので、それなりに長くいてくれるんじゃないかと思っています。ここまで来てくれたすずさんですから、僕も少しでも長くスクリーンにいてもらえるようにと頑張りますので、みなさまも引き続き、よろしくお願いします。

「ああっ、とんでもないネタバレが!」というトークイベントというよりは、監督と原作者がともに作品のことを幸せそうに語るイベントという印象でした。



11月27日には宮城県で、すずさんの妹・すみちゃん役の潘めぐみさんも交えた舞台挨拶が開催されました。





さらに12月にはイオンシネマ近江八幡、イオンシネマ京都桂川でも舞台挨拶が決まっています。さらなる舞台挨拶が行われるかもしれないので、もし近くの映画館でイベントがあるときにはぜひ足を運んでみてください。

【大ヒット御礼舞台挨拶、続々決定!!】|11月12日(土)全国公開 劇場用長編アニメ「この世界の片隅に」公式サイト

http://konosekai.jp/report/1053/