国籍や時代、文化の違いで考え方が異なる「死後の世界」

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「死後の世界」を考えてみたことがあるだろうか? 人によって思い描くものはそれぞれであろうが、この死後観はその人の暮らす時代や文化や国籍、宗教による影響が大きい。そこで今回は現代に生きる私たち日本人と、古代ギリシア人を比較しようと思う。まずご覧いただきたいのが「教えて!goo」に寄せられた「みなさまにとって、死後の世界とはどんな世界ですか?」 という投稿だ。

■現代に生きる私たち日本人の死後観は?

質問者は題名どおり、死後の世界についてどのようなイメージを持っているかを尋ねている。

「私は、夢を見ていない寝ている間なのかなーと思います」(しらしらしさん)

「死とは『無』だと思います」(古希杉田さん)

「老人ということに限定すると、やっと自由になれた気がします」(yuyuyunn。さん)

回答としては様々だが、どれも総じて我々が聞いたことがあるような死後観かもしれない。

■一方、古代ギリシア人は?

では古代ギリシア人の死後観について、葬儀の歴史についても詳しい心に残る家族葬の葬儀アドバイザーに話を伺った。

「古代ギリシア人が思う死とは、人が死ぬと、天国と地獄などの峻別はなく、冥界に下るというものです。冥界とは、今我々が生きている世界と同じような世界が展開しているとされていました。つまり『死者の町』のようなものがあるとされていたといいます」

次に伺ったのは当時の葬儀について。なぜなら葬儀と死後観には密接な関係があるからだ。ちなみに日本の葬儀と言えばどちらかというと沈鬱な雰囲気を醸し出すが、古代ギリシアはどうだったのだろうか。

「葬儀は、人の一生の総決算だとされており『3幕のドラマ』のようだったといいます。第1幕は『陳列(プロテウス)』と呼ばれた遺体の手入れと安置です。遺体は洗浄され、今日の我々がアロマテラピーで用いるような香油が塗られ埋葬用の布で包まれます。第2幕は『野辺送り(エクフォラ)』です。台車に乗せられた遺体は遺族によって墓地まで運ばれ、その後ろに女性の会葬者による哀歌とともに葬送曲を演奏する楽団が続きます。第3幕は埋葬です。古代ギリシアでは、火葬・土葬の定めがなく、生前の意向や、遺族の都合によって決まっていたそうです。そしてこれらが終わった後に冥界に旅立つとされ、遺族や会葬者は大いに死者の死を『祝った』といいます」

死を「祝った」という古代ギリシア人。現代日本では考えられないかもしれない。最後に葬儀アドバイザーはこのように締めくくった。

「もしも私が古代ギリシア人だったとしたら、地中海の乾いた青空の下、『祝った』とされる葬儀に参列したくなるでしょうし、逆に自分もそのように送られたい気持ちになるかもしれません」

同じ人間でありながら全く考え方の違う死後観とそれにまつわる葬儀の形式だが、みなさんは死後の世界とはどんな世界だと思うだろうか。

●専門家プロフィール:心に残る家族葬 葬儀アドバイザー
「葬儀の参列者を遺族や近親者など、本当に故人を亡くした悲しみを共有できる方だけに限定」し、「世間体を重視している感のある告別式を簡素化」する家族葬の提案を行う。

(島田俊)

教えて!goo スタッフ(Oshiete Staff)