「経験人数1000人」と「フォロワー1000人」、どっちがイケてるの?

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 中高時代の4軍男子(非モテ)から這い上がった経験をもとに恋愛をロジカルに分析するコラムニスト、堺屋大地です。

 今回は、以前書かせていただいた「草食系男子が増えた知られざる理由」の回の続編的な内容です。

 その記事の中で、童貞という存在が市民権を得て、男社会に蔓延していた「男ならセックスにガツガツすべきである」という価値観が薄れていったことが、草食系が増えた隠れた要因だと解説しました。

 今回はその現象が「ヤリチン」という存在に与えた影響を解説させていただきます。

◆かつては羨望の眼差しも

 ひと昔前、経験人数の少ない奥手男子たちの中には、ヤリチンに対して「女のケツばかり追いかけてみっともない」と思いつつも、ほのかに憧れを抱く者もいました。心の奥底で「僕もあんなふうにとっかえひっかえ女のコとエッチしてみたいな」と。

 ヤリチンは、考えようによっては、とても純粋です。誰もが持っている性的欲求をとても素直に体現しています。“ストイック”とは“禁欲的”といった意味なので矛盾する表現になりますが、ヤリチンはセックス(性欲)のためならとことんストイックになれる生き物です。

 競技に命を懸けているアスリートのみなさんからすればとても失礼な話でしょうが、ヤリチンは経験人数という記録を伸ばすために、アスリートのように自身を追い込むことも厭わない。別の例え方をするならば、ヤリチンにしてみれば経験人数の数字は『ドラゴンボール』でいうところの戦闘力のような感覚もあるのです。

 ですから、奥手男子たちから「みっともなくて僕には真似できないわ」と呆れられながらも、経験人数が三桁を超えるヤリチンは一部から羨望の眼差しを受ける存在でした。

◆「経験人数1000人」より「フォロワー1000人」

 しかし、それはもはや過去の話。童貞と草食系男子が市民権を得た現代日本においては、ヤリチンは羨望の眼差しを受けることはありません。

 自戒の念を込めて、あえて言いましょう。ヤリチンは、今やダサい存在でしかない。

 かつて、“女のコとエッチしようとしてガツガツ口説いたのに結局ヤレなかった話”はある種の“男らしい自虐ネタ”のように捉えてもらえていました。が、今ではただ“ダサい男のドン引き話”でしかないんです。

 かつて、オスとしてのある種の戦闘力のような意味を持っていた経験人数の多さも、今では何の意味も持ちません。経験人数が数百人にものぼることを武勇伝のように語ろうものなら、草食系男子や奥手男子たちから「うわー、イタい男……」と引かれて終わりです。

 ちなみに、経験人数の数字が戦闘力的意味を失った代わりに、現在、戦闘力的な意味を持っているのがSNSにおけるフォロワー数などでしょうか。恋愛市場において経験人数1000人のヤリチンより、インスタのフォロワー数1000人の方がよっぽど価値がある(モテるし尊敬される)のです。

<TEXT/堺屋大地>