認知症ドライバーの事故で「家族は崩壊する」

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■認知症ドライバーは、事故寸前でも「ヒヤリもハッともしない」

10月下旬、横浜市で87歳のドライバーが運転する軽トラックが登校中の児童の列に突っ込み、小1の男児が死亡するという事故が起きました。それ以来、メディアは高齢ドライバーの問題を取り上げることが多くなりました。

以前から高齢ドライバーのブレーキとアクセルの踏み間違いによる事故や高速道路逆送といったトラブルは起きていました。ここへ来て急に増えたのかどうか。横浜の痛ましい事故によって、その危うさを人々が再認識しているのは確かでしょう。

長年、在宅介護のケアマネージャーを務めているMさんは、かなり昔から高齢ドライバーによる事故が増えることを危惧していたと言います。

「私が担当する利用者さんのなかには、認知症のような症状が出ているにもかかわらずクルマの運転を続けている方が数名います。身体機能や言動を見ると、ハンドルを握るのは危険だと思わざるを得ません。で、ご家族に注意を促したり、ご本人にも『そろそろクルマの運転は卒業されたらどうですか?』と気分を害さないように気を遣いながら言ったりするのですが、聞いてくれないんですよね。幸い、その方たちは今のところ重大な事故は起こしていませんが、そんな現実を見ていると正直言って怖い。私自身、クルマを運転する時や道を歩く時は、そうしたドライバーがいることを想定して注意を払うようにしています」

Mさんによれば、認知症の兆候が出ていても、それを自覚していない人がほとんどだそうです。最初に異変に気づくのは身近にいる家族。心配になって専門医に受診を勧めても、ほとんどの場合は拒否され、激怒されたという話を聞くことが多いそうです。

厚生労働省の発表によれば、65歳以上の高齢者の7人に1人が認知症患者とのこと。しかし、これは医師から認知症と診断された人の数であって、認知症の疑いがあっても受診を拒否している人を含めれば、その割合はもっと多くなるはずです。そういう人たちの多くがハンドルを握っていることになります。

Mさんは、要支援1の認定を受けたにもかかわらず運転を続けているある男性高齢者の奥さんから、次のような相談を受けたことがあるといいます。

「その方(男性高齢者の妻)はご自分でも運転をされるのでわかるそうなのですが、ご主人が運転する車の助手席にいると、以前はほとんどなかった“ヒヤリ・ハット”が最近増えてきたというんです。普通はそういう事故寸前のミスがあると、気を引き締めますよね。ところが、ご主人はヒヤリもハッともしている様子はない。それが怖いと。そんなこともあって運転免許の返納を提案したのだが、聞く耳を持たないそうなんです」

■認知症ドライバーの事故で「家族は崩壊」

意外に思われるかもしれませんが、運転免許の自主返納は最近になって急増しています。警察庁の統計によれば、自主返納者数は2007年まで年間2万人程度で推移してきましたが、2008年には3万人近くに増え、その後は右肩上がり。2015年には年間28万人を超えるまでになっています。

7年間で10倍近くも増えたことになります。

なお、2015年に自主返納した人の約95%が65歳以上です。これだけ増えたのは、高齢ドライバーによる事故が増え報道される頻度が高まったこともあるでしょう。また、自主返納者には見た目が運転免許証そっくりで公的な身分証明書にもなる「運転経歴証明書」が発行されることが知れ渡ったことや、自治体によって異なりますが公共交通機関の優待、タクシー料金の割引といった恩恵があることも有効だったのかもしれません。しかし、この傾向を手放しで喜べない事情があります。

「自主返納者の多くは、今の自分と向き合い、衰えを感じる部分があれば謙虚に受け入れることができる人、そしてクルマの便利さや楽しさだけでなく、その一方にある事故のリスクも考え、どちらをとるべきか冷静に判断できる人だと思うんです」(Mさん)

つまり……、周囲が今すぐにも免許を返納してもらいたいと思っている肝心の認知症ドライバーは、ほとんど含まれていないのではないか、とMさんは言うのです。

「私が見てきた認知症の疑いがあるドライバーは例外なく自分を客観視できず“オレは大丈夫だ”と思い込んでいました。また、プライドが高く、弱みを見せられない、人の指図は受けないという意識が強い。だから、何の逡巡もなくクルマの運転を続けるわけです」(Mさん)

そうした高齢ドライバーがいる家族が抱える、不安。これはかなり切実なものです。

何せ、クルマで出かけると帰ってくるまで、どこかで事故を起こしているのではないかと心配のし通しです。言うまでもなく自動車事故は命を落とす危険がありますし、人身事故でも起こせば犯罪者になってしまう。

そんなことになれば、一家は崩壊です。

■自動車保険 認知症は「保険金が全額出ない可能性」

また、取り調べで認知症が判明すると、家族が監督責任を問われることがありますし、被害者に対する負い目や賠償の問題が重くのしかかることになります。頼みの綱の自動車保険も認知症が判明すると保険金が全額出ない可能性があるそうです。

よって、認知症ドライバーの家族はあの手この手で免許証返納を促すのです。前出のMさんは言います。

「ヒヤリ・ハットの話をした奥さんも、不安からご主人に免許返納を言い続けたそうですが、『あなたの運転、横に乗っていると怖いの』という言い方をしたのがご主人のプライドを傷つけたようで、断固拒否。後で聞いたのですが、暴力沙汰もあったとか。もう戦いというか、経緯を聞いているといたたまれなかったですね」

ただ、Mさんはご主人の話も聞いたそうです。すると、「気持ちを理解できる部分もある」と。純粋な“クルマ愛”は共有できるとMさんは語るのです。

「カーマニアというほどではないのですが、クルマに乗ることがステータスととらえる世代で、いいクルマに乗るために仕事を頑張ってやってきたというんです。また、運転席が唯一ホッとできる場所だという話もされました。加えて、クルマはいつでも行きたいところへ行ける道具。取り上げられたら、その自由が奪われるというわけです。その思いはわかる。でも、ヒヤリ・ハットを多発する状態はやはりよくないですよね。最終的にはこの家族の問題は息子さんが出てきて、強引にクルマを処分して決着。その後のご主人は寂しそうで認知症が進行してしまいました」

Mさんは、そんな経験をしたせいか、知り合いのケアマネージャーが集まった時、認知症ドライバーに、どう説得したら免許返納を受け入れてもらえるか、という質問をしたといいます。

「まず出た意見は、ストレートに運転技量を指摘するとプライドを傷つける、というもの。代案としては、お子さんなどの家族が『出かけたい時は自分が運転して不自由な思いはさせないから』と優しく提案する。しかし、それでは家族の負担が増えるし、結局は“お父さんには運転を任せておけない”ということであって、言い方にもよりますが、ご主人のプライドは傷つきます」(Mさん)

■高齢者に「免許証を返納させる」唯一の方法

高齢者の性格や気分に合わせた最適な言葉のかけ方がありそうですが、その見極めにはかなりの“スキル”が求められます。当面、効果がありそうなのは下記のような意見でしょうか。

「次に出た意見は、かかりつけ医に頼んで説得してもらう方法です。家族の意見には反発しても、専門家が説得すれば納得する人がいるからです。でも、“自分は大丈夫”と思い込んでいる人はそれも無視するはず。結局、説得でクルマの運転をやめてもらうのは難しく、解決策は免許更新のハードルを高くするしかないという結論に達しました」(Mさん)

ちばみに、現行の高齢者の運転免許更新規定は次のようなものです。

●70歳から74歳までは通常の免許更新手続きとは別に高齢者講習の受講が必要。

高齢者講習の内容は、

1:適性検査 ドライブシミュレーターを利用した動体視力などの測定
2:座学 ビデオなどで交通ルールの再確認
3:実車教習 指導員から運転技術のチェックを受ける
4:ディスカッション 実車教習のアドバイスなどを受ける

●75歳以上はこれに加えて認知症をチェックする「講習予備検査」を受ける必要がある。

また、これに2016年3月に施行される改正道路交通法では、交通違反の有無に関わらず「認知症の疑いあり」と判断された75歳以上の運転手には医師の診断が義務づけられ、「認知症の疑いがある」または「認知症を発症している」場合は免許を停止することができるという規定が加わった。

しかし、とMさんは語る。

「高齢者講習で実車教習が行われるのは評価できるのですが、問題は運転免許を取る時に受ける“実地試験”とは異なり、受けた人は運転ミスをしても修了証が貰え、免許の更新ができてしまうこと。要は甘いんです。クルマは凶器になり得るもので、その危険を防ぐために免許取得の試験に合格する必要があるわけですよね。高齢者講習でも同等の“試験”を行なうべきです」

また、75歳以上の講習予備検査(認知機能検査)は3年に1度。認知症はもっと短い期間で発症・進行することがあるので、検査ペースとして100%正しいとは言えない、とMさん。

「そんなことを考えなければならないほど、認知症ドライバーの危うさは早急に対策を講じなければならない切実な問題になっているのです」

警察庁の統計によれば、2015年末の70歳以上の運転免許保有者数は約775万人。厚労省の65歳以上の7人に1人が認知症患者というデータに当てはめれば、100万人以上の認知症ドライバーがいることになります。

高齢でもクルマを運転しているのは元気な方でしょうし、年間30万人近い免許自主返納者もいるので、その補正はしなければなりませんが、それでもかなりの数の認知症ドライバーがいるのが現在の日本。Mさんのように、それを想定するという自己防衛はもちろん、対応策を考える時期にあることは確かなようです。

(ライター 相沢光一=文)