【対談】ハーバード流「挑戦し続ける力」

写真拡大

ボストンには今、医療テックの新風が吹いている。西海岸一辺倒だったテック系ベンチャーへの投資が近年東海岸の都市でも盛り上がりを見せており、中でもボストンは医療テックの分野において”ヘルスケア版シリコンバレー”と呼べるような一大拠点になりつつあるというのだ。

医師として留学中にMBAも取得した眼科医・猪俣武範と、在学中に手掛けた作品でボストン国際映画祭・最優秀撮影賞を受賞した木ノ内輝。ハーバード大で研究者同士として出会ったふたりが、アメリカきっての学園都市・ボストンでの学びを振り返る。

猪俣武範(以下、猪俣):同級生ではないのですが、同じ時期にハーバード大学のスケペンス眼科研究所で学んでいました。木ノ内さんは当時から、帰国したら研究は辞めて映画をやると言っていて、その通りに映画会社を立ち上げた。

研究者としての業績を捨てて全く新しいことに挑戦するなんてすごくチャレンジングだなと思ってましたが、何が決心させたんですか。

木ノ内輝(以下、木ノ内):「共有できる芸術」を作りたいという想いです。もともと医学と並行して、美術の勉強もしていました。でも、芸術ってどうしても自己満足になってしまうところがあって、一番共有しやすい芸術は何かと考えた結果、辿り着いたのが映画でした。

フィルムからデジタルへの変換により、映画製作のコストはすごく下がりました。加えて、共有のされ方や可能性も大きく変わってきています。映画界はまだそれが上手く生かされていないので、切り込んでいきたいと思ったのです。

猪俣:保守的な業界に、技術で変革をもたらそうとしている。まさに「映画界のテスラ」の呼び名の通りです。

木ノ内:猪俣さんも非常に多岐にわたる、しかも先端的な活動をされていますよね。

猪俣:僕は今、医療におけるインターネット化について考えています。Internet of Medical Things=IoMTという概念です。医療デバイスにインターネットを付加することで患者さんにとって有益なサービスを提供したり、医者が診療しやすくなる環境を作りたいという構想です。

木ノ内:最近ではアプリの開発もされたとか。

猪俣:その一環ですね。Appleが提供する医学研究のためのオープンソース・フレームワーク「ResearchKit」を活用し、”ドライアイリズム”というアプリを開発しました。ドライアイや眼精疲労と生活習慣の関連性を明らかにするのが目的で、ドライアイという症例では世界初です。

このアプリを使うと、ユーザーはまばたきの回数測定などのゲームを通じてドライアイの測定をすることができる。そして研究側は、そのデータを集めることができます。



これまでは症例を集めるのが難しく、例えば月1回の外来のタイミングしかなかったのが、このアプリによってiPhoneを持つ全ての人にリーチでき、被験者になってもらえる。ドライアイの症状と生活習慣がひもづけられたデータが一気に取得できるんです。

木ノ内:今振り返ると、ボストンは知的探求のアクセラレーションができる環境が整った街だったなと思います。

猪俣:小さい街に大学が密集している。60校以上はあるのではないかと。いろんな考えやスキルを持った人が集まっているので、毎日街のどこかしらで勉強会が開かれていました。素人でもなんでも知ることができるという雰囲気がありましたね。

木ノ内:大学や研究者同士のつながりも密で、クロスボーダーにいろいろなアイデアを聞いたりディスカッションができるのはアドバンテージだったなと。

猪俣:ボストンの地域性がそういうところを育んでくれるのかもしれないですね。アメリカの大学は、何もないところに大学がたった一校あるという事が多いのですが、ボストンはハーバードとMITが横並びで、研究した内容がすぐプロダクトになっていく。交流も非常に盛んです。適度な小ささで、歩いてどこでも行けちゃいますし。

木ノ内:現地で活躍している日本人にも刺激を受けることも多く、私は、MITメディアラボ所長の伊藤攘一さんの言葉に背中を押されました。

アメリカは、日本よりも”失敗のコスト”が低い-。当時から感じていたそのことについて、伊藤さんが講演する勉強会で「この差についてどう思われますか」と質問したんです。そしたら、ご本人に怒られました(笑)。「俺は失敗を重ねてここにいるんだ。とにかく失敗をしろ」と。それからは、失敗を通して成功することを考えるようになりました。

猪俣:僕も同じような経験があります。向こうの学校では卒業時に、必ず教授から最後の言葉をもらいます。マーケティングの教授がかけてくれたのは「リスクを取らない人にチャンスは来ない」という言葉。チャレンジし、何かを生み出していかなきゃと考えるきっかけになりました。

木ノ内:日本はやはり、”失敗のコスト”が高いのは事実ですよね。

猪俣:起業しても、上手くいかなかった場合に立て直しが難しかったりします。「ああ、失敗したんだな」みたいな言われ方をしてしまう。アメリカには起業文化がありますから、チャレンジしたという事自体が評価される。

木ノ内:投資家の考え方も違うと思います。アメリカの場合は、事業に失敗しても「じゃあ次の投資をやりましょう」みたいになりますけど、日本の投資家は、エンジェル投資家と言われる人でも結構保守的。失敗したら「ああ、もう駄目だったんだね。君は終わりだ」みたいな人が多い(笑)。

ただ、リスクが高いというのは、見方を変えるとアドバンデージでもあります。挑戦者が少ない分、新しいことに対する競争も少なく、第一人者になるのが比較的簡単なんです。例えばアメリカで学んだことの流れを汲んで日本で新しいことをやれば、結果が出しやすい。

木ノ内:ベンチャーというと、どうしても西海岸のイメージが強い。ハーバードは、やっぱりスタンフォードほど投資に積極的ではなかったりします。

猪俣:確かにそういうイメージが強いですが、実は徐々に変わり始めています。特にバイオ系のメディカルテックなどは注目を集めていて、シリコンバレーのヘルスケア版みたいなムーブメントができつつあります。

木ノ内:ハーバードは世界で一番バイオ系にお金を出している研究機関ですよね。MITの存在も大きい。でも医療の世界は得に、ビジネスとは同調しないという考え方が強いのでは?

猪俣:そうですね、ビジネスとのコラボレーションにおいてはまだまだ後進です。「医は仁術」と言われる通り、今までは医療の分野はお金儲けがタブーでした。ただ、ハーバードのビジネススクールでは最近、ヘルスケアのリサーチラボを設けて投資をするということを始めています。

木ノ内:研究者も大学にいるとお金儲けが悪みたいな空気がありますが、それはすごく間違っていると思うんです。お金を稼いで利益を上げるというのは社会に貢献していることですから。

猪俣:これからは、お金を稼いで、研究に再投資するという良循環を起こしていく時代だと思います。私がハーバードで研究をしながらビジネススクールに通うという選択をしたのも、医者や研究者などのスペシャリストにもリーダーシップやマネジメント能力が必ず必要になると考えていたからなんです。俯瞰して事業を見る目が、医師にも求められると思います。日本では、まだまだ変わり者扱いされてしまいますが。

木ノ内:それは私も同じです(笑)。

猪俣:まあ、そこは気にしないです。人からの評価は移り変わりますから。

猪俣武範◎医師、医学博士、MBA。ハーバード大学眼科に留学中にボストン大学エグゼクティブMBAにてMBA取得。角膜移植免疫、ドライアイ、血管新生、IoMTを研究。臨床、研究、教育への貢献をミッションに、医療経営にも貢献中。著書に「ハーバード×MBA×医師 目標を次々に達成する人の最強の勉強法」(ディスカヴァー21)など。

木ノ内 輝◎Tokyo New Cinema代表取締役。ハーバード大学研究室在籍中にプロデューサーを務めた「Calling」がボストン国際映画祭にて最優秀撮影賞を受賞。帰国後、製作総指揮を務めた「愛の小さな歴史」「走れ、絶望に追いつかれない速さで」が2年連続で東京国際映画祭入選を飾る。配給作品、浅野忠信主演「壊れた心」が2017年1月に公開予定。医学・芸術を含む多彩なバックグランドからの起業と展開によりHUFFPOSTにて「映画界のテスラ」と期待される。