金正恩氏

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北朝鮮が、恐怖政治の象徴である政治犯収容所の拡張を続けている。

かつて、政治犯収容所に警備隊員として勤務し、その恐怖の実態を告発し続けている脱北者・安明哲氏によれば、「そこでは人間が想像しうる、ありとあらゆる残酷なことが行われていた」という。まさに、実在する「地獄の一丁目」である。

同窓会を血の粛清

政治犯収容所が拡張されているとの主張は以前からあるが、アムネスティ・インターナショナルはこのほど、今年5月と8月に撮影された2ヶ所の政治犯収容所の衛星写真を比較、分析し、その事実を裏付けた。

政治犯収容所は、北朝鮮国内では主として「管理所」と呼ばれる。ただ、東海岸の清津(チョンジン)にある25号教化所は、名称こそ教化所(刑務所)だが、実際は入ったら一生出られない「完全統制区域」に設定された政治犯収容所である。

アムネスティの分析では、ここで、警備哨所が41ヶ所から47ヶ所に増設されたことが確認された。また、収容所から鉱山に向かう道が3本増やされ、火葬場と推定されている施設の屋根が葺き直されていることも確認された。

さらに、耀徳(ヨドク)の15号管理所も、2014年12月から今年8月までの間に、全域で活発に農作業が行われ、各種施設もメンテナンスされている。

国連の北朝鮮人権調査委員会(COI)が2014年2月に発表した最終報告書によれば、北朝鮮には4ヶ所の政治犯収容所がある。また、教化所に転用されたとの説がある施設がもうひとつあり、8万人から12万人の政治犯が収容されていると見られている。

実は1990年代には、北朝鮮には10カ所以上の政治犯収容所の存在が指摘されていた。また、収容者の数も20万人以上とされていた。とくに、1993年のフルンゼ軍事大学同窓会によるクーデター未遂や、1995年の6軍団クーデター未遂が「血の粛清」に遭った際には、その容疑者の一族郎党が連日千人単位で送られ、収容者が大きく増えたという。

拷問・性的虐待が横行

それが今や、施設の数は4〜5カ所に減り、収容者も半減したのだから、「多少なりとも改善しているのではないか。金正恩党委員長は、収容所を縮小していくのではないか」と思えるかもしれない。

しかし、それは違う。政治犯収容所が減っているのは、単に運営の効率化のために過ぎない。それぞれの施設は大規模化し、拡張されている。また、収容者数が減ったのは、1990年代の大飢饉に際し、何の救済もされず、飢え死ぬままに捨て置かれたからだ。さらに、以前は一定期間の収容後に解放される「革命化区域」が設定されていたのに、これが廃止され、全体が完全統制区域になった。

北朝鮮国民にとっては、恐怖の度合いが増したものと言える。もっとも、北朝鮮で恐ろしいのは、政治犯収容所だけではない。より小規模な収容施設でも拷問や性的虐待が横行し、その凄惨さは私たちの想像を絶する。

(参考記事:北朝鮮、拘禁施設の過酷な実態…「女性収監者は裸で調査」「性暴行」「強制堕胎」も

じれったいのは、私たちはこのような実態について情報を持ちつつも、その暴虐を止めるための行動を、実質的には起こせていないことだ。

対北朝鮮政策に携わるすべての当事者たちは、何らかの新たなプランを提案する前に、たとえ一瞬でも良いから、この重々しい事実を想起するよう望みたい。