ドナルド・トランプ次期米国大統領(写真:ロイター/アフロ)

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 11月、米国の大統領選挙では多くのメディアの予測を裏切って、ドナルド・トランプ氏が勝利しました。なぜ予測が外れたか、なぜトランプ氏が勝利したのか、トランプ政権は世界や日本にどのような影響を与えるかについて、多くの専門家が論じています。ここではまず、メディアや専門調査機関による大統領選の予測がなぜ外れたかについて考えてみたいと思います。それは、マーケターにとっても重要な問題を投げかけています。

●何が選挙予測を狂わせたのか

 私は米大統領選の開票が始まると同時に、米紙ニューヨーク・タイムスのウェブサイトを眺めていました。最初、80%近くあったクリントン氏勝利の確率が、3時間ほどしたら50%になり、その後どんどんトランプ氏勝利の確率が上がっていきました。事前の世論調査や出口調査の結果に基づいて立てた予測を、現実の開票状況に合わせて随時修正しているわけですが、最初の予測があまりに不正確であったことになります。

 こうした予測が外れた理由については、すでに11月16日付朝日新聞記事や11月10日付「note」記事(徐東輝氏)に詳しく書かれています。そこでは、次のような仮説が列挙されています(これらの説明が必ずしも科学的に実証されたわけではないので「仮説」と呼ぶことにします)。

(1)トランプ氏の支持層は世論調査でアクセスしにくい。また調査に協力的でない。これまで大統領選で投票に行かなかった人は、調査会社と接点がない可能性がある。

(2)いわゆる「隠れトランプ支持者」が多くいて、世論調査に自分の投票について正直に答えていない。

(3)誰に投票するか以上に、実際に投票に行くかどうかの予測に失敗した。最近、有権者IDの厳格化や投票所の削減によって、アフリカ系・ヒスパニック系有権者の投票が難しくなった州があることも影響したかもしれない。

(4)投票直前まで投票先を決めかねた有権者がいつもより多かった(したがって事前の世論調査の結果が不正確になった)。

(5)そもそも世論調査に基づく予測は確率的であり、確率的に予測すると失敗する可能性は常にある。

(6)世論調査に投じられた予算が十分でなかった。

 世論調査をマーケティングにおける「消費者調査」に置き換え、実際に投票に行くかどうかを「購買するかどうか」、誰に投票するかを「ブランド選択」に置き換えると、マーケターにとって身近な問題ばかりです。

 このなかで、(2)の隠れトランプ支持者に関する仮説について検討することにします。なぜなら、今回この説明が特に話題になったと思われるからです。調査対象者が意図的に嘘をつくことが一定の規模で起きたとしたら、世論調査だけでなく、さまざまな質問紙調査やインタビュー調査の信頼が失われることになります。

●「隠れトランプ支持者」は存在したか

 不穏当な発言を繰り返すトランプ氏に投票する(した)と調査員に答えるのは恥ずかしい、そこで嘘を答える、その結果として調査に基づく予測が実際と乖離する――。これは、いかにもありそうなストーリーです。しかし、選挙やプロスポーツの予測の達人と知られるネイト・シルバー氏が編集長を務める「538」というウェブサイトでは、この仮説に対するいくつもの反証が提示されています。

・トランプ支持を隠したくなるのは、回答者に「社会的に望ましい」回答を行うバイアスがあるためと考えられる。だとすると、トランプ氏がクリントン氏をリードしている州ほど、トランプ支持を隠す必要がないので、世論調査の予測は投票結果に近づくはずだ。ところが、そうした州ではかえってトランプの得票が調査に基づく予測を上回った。

・トランプほど過激ではない共和党の上院議員候補についても、民主党をリードしている州ほど世論調査の予測を上回る票を得ている。大統領候補への投票と同様、社会的望ましさバイアスで予測が外れたとは考えにくい。

・事前の調査から、高学歴者(大卒以上)ほどトランプ支持を(わずかだが)隠す傾向があることがわかっている。しかし、トランプの実際の得票数が世論調査による予測を上回ったのは、高学歴者が比較的少ない州であった。

・トランプ陣営が行った調査では、電話による質問に対してトランプ支持を隠す傾向が見られたが、投票日の直前にはほとんどなくなった。つまり、その時点でトランプ支持であることを隠さなくなっていた。

 以上を踏まえると、予測が失敗したのはいわゆる隠れトランプ支持者のためではなく、別の要因によると考えたほうがよさそうです。

●予測に成功したメディアもある

 前述のネイト・シルバー氏も今回の大統領選予測を外したひとりですが、予測に成功したケースもあるようです。そのひとつが、南カリフォルニア大学とロサンゼルス・タイムスの共同調査です。その特徴は、どの候補に投票するかを0〜100点の尺度で答えさせた点にあります。また、実際に投票に行く可能性についても、同じ尺度で聞いています。今回大方の予測が外れた要因の1つは、トランプ支持者が投票に行く確率を過小評価したことです。このような多段階の尺度で聞くことで、彼らが投票に行く可能性を切り捨てずに済んだと考えられています。

 他方、従来の世論調査の限界を乗り越えるには、ソーシャルメディアの情報が役に立つという主張もあります。11月12日付「TechCrunch」記事には、クリントン、トランプ両候補について、ソーシャルメディアでの話題性や評価を示す指標が掲げられています。そこからいえるのは、ソーシャルメディアではほとんどの時期について、トランプ氏がクリントン氏を存在感で上回っていたということです。こうした勢いを通常の世論調査で測るのは難しいと思われます。

 おもしろいのは、話題の方向性が正か負かを示す「センチメント」という指標です。トランプは正と負のセンチメントの両面でクリントンを上回っていました。負の話題が多いことが妨げにならなかったことから、ソーシャルメディアではともかく話題になることが重要だとも考えられます。ただし投票日直前の数日間は、両候補に対する負のセンチメントに差がなくなっています。最後の最後にきてトランプへの負のセンチメントが減少したことに、彼が勝利する予兆があったかもしれません。

●トランプ陣営の「デジタル・ファースト」戦略

 トランプに関するソーシャルメディアでの話題性や評価が高かった背景には、トランプ陣営のコミュニケーション戦略が功を奏した可能性があります。11月15日付「WIRED」記事によれば、選挙に用いた広告費の総額ではクリントン陣営が圧倒的に多いものの、トランプ陣営はテレビ広告よりもインターネット広告、特にFacebookに力を注ぎました。クリントン陣営もまたインターネットを活用しましたが、そこに集中した度合いにおいてトランプ陣営が上回ったことは、クリントン陣営を手伝った専門家も認めています。

 取材に対して、トランプ陣営のインターネット戦略を率いたスタッフは「デジタルを使うにはデジタル・ファーストでなくてはならない」「それがメインコースになる」などと述べています。つまり、インターネットを主にして、マスメディアを従とするような戦略が展開されたわけです。このことは、トランプが共和党内で予備選挙を戦っている頃から一貫していたと思われます。

 トランプ陣営のデジタル・ファーストぶりを示すのが、Facebookの広告に関するA/Bテストを徹底して行っていることです。A/Bテストとは、広告メッセージをさまざまに変えながら、ターゲットごとにより効果の高い広告を模索することをいいます。いうまでもなく、これはデジタルメディアだから可能になる戦術です。WIREDによれば、クリントンとトランプが3回目の討論会を行った日、トランプ陣営は17万5,000通りの異なる広告を流したそうです。

 ソーシャルメディアでは広告だけでなく、クチコミの拡散も重要な武器となります。ソーシャルメディアには、エコーチェンバーと呼ばれる効果があるという説があります。内部で音がこだまし合う部屋にいると、対立する候補やその支持者の声は聞こえず、同じ考えの声だけが耳に入ってくるというわけです。その結果、各候補の支持者は、自分たちが世のなかの多数派だと信じるようになります。こうした効果がどれだけあったかについて、今後の研究が期待されます。

●長期トレンドから見た米大統領選挙

 最後に、今回の大統領選での投票行動をマクロ的な視点から眺めることにしましょう。図1は、1980年以降の米大統領選について、共和党と民主党の候補が獲得した票数を比較したものです(本稿を執筆した11月21日時点のデータです)。図2は、それを全投票者におけるシェアで描いたものです。

 今回の選挙では、得票数の総計でクリントン氏がトランプ氏をわずかに上回っています。もちろん獲得した州別の選挙人数で勝敗を決めるのが米大統領選挙のルールなので、トランプ氏が選挙に勝ったという事実が覆るわけではありません。それよりもここで注目したいのは、両候補の全体的な得票数にほとんど差がないことです。これは、見方によっては2000年頃から起きている傾向だといえます。

 今回の選挙でトランプ氏が得た票の数は、ここ数回の大統領選で共和党の候補が得た票数に比べてさほど増えたわけではありません。他方、クリントン氏は前々回と前回に民主党候補であったオバマ現米大統領が得た票を減らしています。ここから、クリントン氏にはオバマ氏ほどの人気がなかったとも、オバマの人気が高すぎたとも解釈できます。後者の解釈を採用するなら、今回の選挙結果から、何か特別な変化が起きたように語るのはいき過ぎになります。

 ただし、州別に数字を見ると別の側面が見えてきます。マーケティングの研究者であるウィリアム・ランド氏の分析では、激戦州(スイング・ステート)でクリントン氏が過去に民主党候補が得た票を減らしただけでなく、トランプ氏が以前の共和党候補以上に票を積み増したことが指摘されています。全米レベルでトランプが得た票は前回の共和党候補とさほど変わらないので、その分どこかの州で共和党の票を減らしたことになりますが、それは選挙結果に影響しませんでした。つまり、結果としてトランプ陣営は「選択と集中」に成功したことになります。
 
●米国の世論はなぜ2つに分かれ、勢力が拮抗するのか

 米国の投票者の意識は、このところ全体としてほぼ均等に二分されていることがわかりました。したがって、トランプ氏に投票した人々と同様、クリントン氏に投票した人々が米国の一大勢力として存在していることになります。確かにワシントンの権力はトランプ氏側に移行し、トランプ氏と思想が近い人々の勢いは増していくでしょう。しかし、トランプ氏に反対する勢力が負けない規模で存在していることも無視できません。

 意見が半々に分かれているような状況では、世論調査はきわめて不安定になります。統計学の初歩で学ぶように、母集団比率が50%のとき標本誤差は最大になります。しかも大統領選挙や小選挙区の選挙では、得票率がある点(候補者が2人なら50%)を超えるかどうかで勝敗が決まるので、それを確実に予測することは簡単ではありません。本記事の冒頭で列挙した、予測を失敗させる諸要因の多くが除去されたとしても、予測が失敗する可能性はなお高いといえます。

 前出のネイト・シルバー氏は、今回の大統領選で投票者の100人のうち1人が投票先をトランプ氏からクリントン氏に変えたらどうなるかについて試算しています。その結果、ミシガン、ウィスコンシン、ペンシルベニア、フロリダといった激戦州で勝者が入れ替わり、クリントンが307人の選挙人を獲得して大統領選挙に勝利することがわかりました。つまり、それだけ選挙結果は不安定で、予測が難しいといえるのです。

 世論が2つに分かれていく現象は「分極化」と呼ばれています。マーケティング分野でも、「Windows対Mac」「iOS対Android」というように2大勢力が争う、一種の分極化の状況を見かけます。といっても、米国の大統領選のようにシェアが均等化しているわけではありません。日本の国政選挙を見ても、世論の分極化は起きていたとしても、得票数のシェアが均等化しているとはいえません。他の国を見てもほぼ同様であり、シェアが均等化するのは米国の政治状況がかなり特殊だからかもしれません。

 世論が分極化するのは、人々の意見が多様である以上当然であり、理解できる気がします。しかし、なぜ米大統領選ではほぼ均等に分かれるのかが不思議です。

 ひとつの説明として、有権者がマイノリティ・ゲームを戦っている、という設定が考えられます。2大政党のもと、有権者が少数派になることを好むなら、支持する候補のシェアが50%を超した途端に対立候補を支持するようになるので、各候補のシェアは50%の前後で揺れ動くはずです。しかし、多数派になることを競う政治的闘争で、有権者が少数派になることを好むと考えるのは奇妙です。

 別の説明は、多くの有権者はどちらの候補を支持していいかわからず、それぞれへの投票確率は50%だというものです(棄権は認めません)。各有権者が独立に投票先を選ぶとしたら、各候補のシェアは平均して50%になります。しかし、この設定が正しいなら、一人ひとりの投票行動を追跡したとき、2つの勢力の間で揺れ動いているはずですが、果たして実際にそうなっているでしょうか。また、個々の有権者が互いに影響を受けない(独立している)という仮定も、あまり現実的ではありません。

 これら以外に、もっと説得力のあるな仮説があり得るかもしれません。あるいは、現実があたかも必然的に起きていると考えるのでなく、たまたま対立する2つの勢力が存在し、現在のところたまたま拮抗しているにすぎない、という説明だって可能でしょう。いずれにしろ、米国の政治が今後どのような方向に進むかは、かなり予測が難しいことは間違いありません。マーケターもまた不確実な世界で戦っているのですから、政治における予測の悪戦苦闘から学ぶべきことは多いはずです。
(文=水野誠/明治大学商学部教授)