by Marcelo Montecino

1950年代に親米だったバティスタ政権を打倒してキューバ革命を成功させ、1976年から2008年までキューバの国家元首(国家評議会議長)を務めたフィデル・カストロ氏が亡くなったことを、弟で現議長のラウル・カストロ氏が明らかにしました。90歳でした。

キューバ フィデル・カストロ前国家評議会議長が死去 | NHKニュース

http://www3.nhk.or.jp/news/html/20161126/k10010785261000.html

Former Cuban leader Fidel Castro dies - CNN.com

http://edition.cnn.com/2016/11/26/americas/fidel-castro-obit/

Fidel Castro, Cuba's leader of revolution, dies at 90 - BBC News

http://www.bbc.com/news/world-latin-america-38114953

Cuba's Fidel Castro dead aged 90 - News from Al Jazeera

http://www.aljazeera.com/news/2016/11/cuba-fidel-castro-dies-aged-90-161126052522006.html

フィデル・カストロは1926年8月13日に、裕福な農民の子として生まれました。ハバナ大学で法律を学ぶ間に左翼反帝国主義者思想に共鳴して学生運動に身を投じました。ドミニカ共和国とコロンビアで右翼政権に対する暴動に関与したのち、フルヘンシオ・バティスタ政権転覆を計画します。同志を集めたカストロは1953年7月26日、モンカダの兵営を襲撃して失敗。1年間収監されたのち、弟のラウル・カストロやチェ・ゲバラとともにメキシコへ渡って革命運動グループ「7月26日運動」を組織しました。

カストロはグループを引き連れてキューバへ戻り、マエストラ山脈を拠点としてバティスタ政権との戦いを繰り広げ、1959年、とうとうバティスタをキューバから追い出して政権の打倒に成功。以後は首相として軍事力・政治力を握りました。

1961年4月、アメリカはカストロを排除すべく武力でキューバへ侵攻(ピッグス湾事件)。しかし、作戦冒頭で上陸作戦支援のために行ったキューバ軍基地への爆撃は成果を上げることができず、キューバ軍が制空権を維持。上陸部隊はキューバ軍の爆撃を受けることになり、さらに圧倒的多数のキューバ軍に囲まれることになって敗北しました。

1962年の「キューバ危機」ではキューバに核ミサイル基地が作られたことからアメリカとソ連が核戦争一歩手前にまで至りましたが、最終的にはケネディとフルシチョフによって核戦争は回避されました。

カストロは1976年12月3日にキューバの国家元首・評議会議長に就任。以後、2000年代までその座にあり続けましたが、2006年、健康問題のため暫定的にラウル・カストロに権限を委譲。2008年2月19日には正式に引退を表明し、2月24日に退任しました。