連載「ドキュメント 妻ががんになったら」が書籍化されました!『娘はまだ6歳、妻が乳がんになった』(プレジデント社刊)

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■「がん=死」の影を拭うには、どうすればいいのか?

主治医から「治るとは思わないでください」といわれた妻は、それでも明るく元気に過ごしていますが、常に「死の影」にまとわりつかれています。余命宣告されていないとはいうものの、近い将来、がんが治る薬が発明されない限り、妻の命があと何年もってくれるのか、わからない状態です。がんに直接命を取られなくとも、治療による免疫力低下のため風邪をこじらせても、命にかかわることはめずらしくないのです。このようなことをあらためて考えると、少なくとも妻の場合、「がんは死の病」と思わずにはいられません。

がんが治る薬の誕生を待ち望んでいるだけでは、無為に死を待つようなものです。がんの治療については人それぞれの考え方がありますが、私も妻も、民間・食事療法によってがんが治るとは思っていません。これ以上にない健康的な生活を送ることでがんを克服しようとしている人は結構いますが、これではさらにつらいことを増やしているに過ぎないと思えるくらいです。

実際、このような人は検査の結果がよかったときはいいのですが、悪かったときは必要以上に落ち込んでしまうため、結局は闘病がうまくいかないことが少なくない、と感じている医者は少なくありません。

このようなことから、がんという強敵に打ち勝つためには、療養しながらもとことんアグレッシブに生きるべきではないか、と思うことがあります。たとえば、目標を達成するまでは死ねない、とこだわれるほどの「肉体的超人計画」がないと、がんに勝つことはできないと思うのです。

とんでもない発想と思われる人は多いでしょうが、少なくとも妻の場合、医学の常識から外れていると思われるような大胆な賭けに出ないと、がん完治の奇跡は起きないのです。死に向かって、心身ともに先細りするばかりなように思えてならないのです。

■リボンの刺青をした世界チャンピオン

肉体的超人計画――。このような愚かに思えることを私が考えるようになったのは、骨肉腫を克服し、ボクシングの世界ミドル級チャンピオンになったダニエル・ジェイコブスの勇姿をテレビで見たからです。彼は24歳の全盛期のときに脊椎に野球のボール大の骨肉腫ができ、治療で1年7カ月のブランクをつくりながらも、医者の反対を押し切って復帰。そこから2年足らずで世界チャンピオンになったため、「ミラクルマン」(奇跡を持つ男)と呼ばれています。

世界のベルトを腰に巻いたミラクルマンは「これは奇跡だ。入院中は息子が生きがいだったが、いまはリングで戦うことが次のモチベーションになった。強い気持ちを持っていれば何にでも勝てるということをボクシングが教えてくれた」と歓喜の言葉を叫び、ボクシングファンに感動を与えただけでなく、がん闘病者にも勇気と希望を与えました。

ミラクルマンは、がんの情報発信・疾患啓発のシンボルであるリボンを、左鎖骨下に刺青として入れていることからもわかるように、がん闘病者に勇気と希望を与えるためにも、まさに命がけで闘い続けています。キレのある強打を誇る彼の戦績は33戦32勝(29KO)1敗。現在、4度の防衛を果たし、全階級合わせた世界チャンピオンのなかでも、トップクラスの選手といっても過言ではありません。

ミラクルマンのようなケースは極めて稀というか、まさに奇跡なのでしょうが、療養ばかりに気持ちがいっては、命が先細りするばかりです。少なくとも主治医から「治るとは思わないでください」といわれている妻の場合はそうです。療養という名の制約ばかりでは、下手をすれば生きがいを奪われてしまいます。これでは“生きたい”という気持ちも弱まり、免疫力が下がる一方です。

ただ妻の場合、これといったスポーツ経験がないため、肉体的超人計画といっても、かなりハードルを下げたところから始めなくてはなりません。そこで考えたのがパワーウォーキングです。健康のために単に散歩するのではなく、きれいなフォームで少し早歩きすることを心がけています。たいしたことではありませんが、以前はいかにも病人みたいな歩き方をしていた妻が、いまでは見違えるほど健康的な歩き方に変わりました。まだまだこれからですが、少しずつ肉体的超人計画を進めていきたいと思っています。

(フリーランスライター 桃山透=文)