1000試合以上を担当してきたカリスマ実況者・倉敷保雄氏「柔軟な娯楽としてのサッカーを伝えていきたい」《Foot!×超WSコラボ企画》

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▽国内唯一のデイリーサッカーニュースであるJ SPORTSの人気番組『Foot!』。超ワールドサッカーでは、今週の月曜から金曜にわたってFoot!×超WSコラボ企画を実施。最終日となる今回は、『Foot! FRIDAY』のMCを務める倉敷保雄氏のインタビューをお届けする。(※インタビューは11月10日に実施)

▽実況という仕事におけるこだわり、『Foot! FRIDAY』の魅力などを倉敷氏にうかがった。野球のラジオ中継に憧れてアナウンサーを目指した中でのサッカーとの出会いや、初めて海外リーグを実況した当時の話を、聞き手を引き込ませる独特の喋りで存分に語ってくれた。

――アナウンサーを志した理由、経緯を教えてください

「焼き鳥の屋台があって、そこで流れているプロ野球のラジオ中継に憧れていたんです。下町の夕方、夏から秋にかけて日がくれてパッと明かりがついていて、良い匂いがしていて、『何だ、焼き鳥屋なのか』というような所。そこで、『9回裏、2死満塁〜』みたいなのが流れている“絵面”が好きで」

「その中で、『自分は何になれるか』という風に考えたところで、焼き鳥を焼くのはあまり上手くないので(笑)。通りすがりの人でも面白くない。じゃあ何だろう、と考えたときに『ラジオの人になろう』と思ったのが始めですね。僕は、プロ野球のラジオ中継のアナウンサーになりたかった。それがアナウンサーを志したキッカケです」

――そんな中でサッカー中継が主業になっていきました

「地方のラジオ局に入社したんですが、スポーツ中継をやることがほとんどできなかったんですね。当時は音楽の番組づくりをしていて東京のディレクターと仲が良かったので、マドンナやデュラン・デュランといった洋楽が流行っていた時代でした。音楽プロデューサーとして東京からの話もあったんですけど、やっぱりスポーツがやりたいと思って退社しました」

「そのあとに1度、文化放送の報道部で2年間勤めました。報道部の隣にスポーツ部があって、そこの人と仲良くなるキッカケが生まれました。制作会社を紹介してもらった中で、そろそろ本格的に勉強しようと思って、退社しましたね」

「そのあと、(1993年の)Jリーグ開幕がありました。地方のアナウンサーでフリーになった人間は、今ほどチャンスをもらえる状況ではなかったんです。スポーツを中心でやってこなかった人間に、『お前、スポーツやってみるか』と声をかけてくれるところなんてありませんでした」

「でもJリーグが誕生するにあたって、放送局が立ち上がってきたんです。じゃあ、これは僕にもチャンスがあるかもしれないと感じて、もう一度スポーツの勉強をやり直しました。Jリーグの開幕と同時に、海外サッカーの中継を始める仕事を見つけることができましたね。そこからサッカーという感じです」

――実況している中でこだわっている部分があれば教えてください

「『解説の方をどうやって生かすか』ということは考えています。例えば、技術系の話が得意ならば技術の話だし、ディフェンスの話が得意ならばディフェンス、という形で自分が寄り添っていく。その人が普通の中継で80%ぐらいのレベルでやっているとしたら、僕が82%に近づいて、その人に90%に上げてもらいたい。そのようなことを考えています」

「どのような言い方をすれば視聴者の方が得をしてくれるだろうかということです。だから、つまんない試合のときはくだらない話をしてしまうんですよ(笑)。せめて、見ていて良かったと思われるような中継にしたい」

「字面でやるのは構わないけど、面白くないじゃないですか。面白くない本読んでいるのと一緒ですよ。『読んだけど面白くない』じゃなく、『この本は挿絵だけは良かったですよ』とか、『値段は良くないけど1週間以内に売れば高値つきますよ』みたいな。別のアプローチを考えるようにしています」

「あとは最近だと、視聴者の環境を考えます。テレビで見ているのか、ネットで見ているのか、スマホで見ているのか。色々あるのでそこは気にしています。『ラジオ風に喋った方が良いのかな』とか」

――20年以上、サッカー実況を続けていると思いますが、何試合ぐらい担当してきたか把握していますか

「それは分からないですね。途中までは数えていたんですけど…。1000回は、軽く超えているでしょうね」

――過去の担当試合で1番、思い出に残っている試合は

「最初に喋った試合は覚えていますね。オランダリーグのPSV vsヴィレム兇任靴拭3こ哀汽奪ーで担当した最初の試合です。当時は船便で、VHSカセットテープでビデオが届いて、ダビングしてもらって予習してから音声をハメていくという形でした」

「当時はオランダリーグを解説で喋れる人もいないですから、東大の学生だった海外の方と2人で、オランダサッカーをどう伝えようかと模索しながらやっていましたね。1992年から1993年にかけてのことです」

「1990年代初頭は、試合を見ながら全部メモを取っていました。『コーナーキックや、それを誰が蹴っている』だとか、そういうところまで全部、書き込みながら見てました。書き込んでも中継ができるわけではないですから、今みたいなスタイルでは当然ないわけですよ」

「そのころから『選手は追おう』という形を決めていました。今はそれがスタンダードですけど。『オランダの言語はどこまで使ってみよう』とかも考えていましたね。ちなみに、Jリーグは横浜マリノス(当時)vs名古屋グランパスが最初でした」

――最後に様々なニュースを取り上げている『Foot! FRIDAY』の魅力を教えてください。

「ニュースを伝えるだけというのは、どこにでもあると思います。その中で、僕たちが意識したいのは、『サッカーのこのニュースは社会や経済にどのような影響を与える可能性があるのか』といった“可能性”という面で紹介していきたいと考えています」

「『このニュースはこうやって見るべきだ。こういう見方もできます』といった形で、視聴者の方の“すその”を広げたい、というところがあります。『こういう風に楽しんでも良いんだ』というような形です」

「例えば、『この本は読んでもつまらないが、パン生地を叩いて伸ばすのに役立つ』みたいな(笑)。そんなへんな使い方でもいいです。ニュースとして、『このニュースは笑い飛ばすべきだ』とか、日本ではある報道でステレオタイプになっていても、海外ではこうなっているとか。ただし、『海外はこうだから』が正しいわけでもないし、『こういう見方があっても構わない』という形です」

「『サッカーと社会、いろんな身近なものをつないでみる』という工夫の中で、柔軟な娯楽としてのサッカーを伝えていきたいですね」