日本酒の未来を担う!? そもそも「生もと」って何?

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しっかりした味わい。ファンは生もと造りの酒をそんなふうに言います。日本酒の未来を担うのが生もと。とある蔵元はそう主張します。そもそも、生もとって何? どうしていま注目されているの? このごろ耳にするのによく知らなかった、本当のところに迫ります。

■1.生もとって何?

▼江戸時代に確立された仕込み法です。明治期まではこれがスタンダードでした

「生もと」って銘柄? 「純米」みたいな種類の呼称? ラベルに書かれた「生もと」という文字を、見たことはあるけれど……。ずばり、「生もと」とは、日本酒の造り方の名前です。江戸時代に確立された造り方で、明治末期まではどの蔵元でもこの方法で酒造りをしていました。

時間も労力もかかる上、高度な技が必要だったため、もっと省力化して均一な酒が造れるようにと近代的な酒造り(山廃もと、速醸もと)が開発されると、日本中の多くの蔵から、「生もと造り」が消えました。私たちがいま飲むほとんどのお酒は「速醸もと」によるものです。しかし近年、「生もと造り」が各地で復活。伝統的でナチュラルな醸造法と深い味わいに惹かれた造り手たちが、「生もと造り」にチャレンジしています。

■2.生もとってどんな味?

▼(誤)ごつごつして熟成酒っぽい(正)豊潤で力強い味

ネームバリューはあるのに、正しく理解されていない。それが生もとの切ないところ。「単に熟成した日本酒=生もとという誤解がある」(新政酒造・佐藤祐輔さん)ことに加えて、ワインバー「ピルグリム」の石井英史さんは「全体的においしかったのですが、味のバリエーションがありすぎて共通項を見つけられなかった」とその多様性がネックにもなっているよう。

では、飲み手を代表して日本酒に詳しいライターの藤田千恵子さんに決めてもらいましょう! 「いい生もとにはコクや酸味など造り手の個性が表現された、豊潤で力強い味わいと一体感があります。たとえるなら『気は優しくて力持ち』」。まずは好きな蔵元の生もとから試してみよう。

■3.なぜいま注目されているの?

▼若い造り手が醸す「ニュータイプ生もと」が増えているからです!

生もと造りを手がける蔵元は増えています。本号で取り上げた中で、この数年で開始、あるいは再開した銘柄をざっと挙げても“天明”(2013年)、“松の司”“昇龍蓬莱”(ともに11年)、“大那”(10年)、“山形正宗”(09年)……。2000年以降に始めたものに“竹鶴”“奥鹿”“日置桜”“惣誉”“英”“開春”などがあります。

「冷やでも楽しめる、きれいで華やかな味わいの生もとが驚くほど増えています」(東京「朧酒店」大熊 潤さん)、「生もとの味わいのバリエーションが多彩なこと自体には、もう驚かなくなりました」(福岡「とどろき酒店」轟木 渡さん)とプロもコメント。先入観を捨てれば、生もとの世界はさらに楽しく広がるはず!

■生もと造りの年表

生もと造りにはどんな歴史があるの? 低迷期を経て、再び盛り上がるまでの変遷を年表で追ってみよう!

1687(貞享4)年:酒造技術書、『童蒙酒造記』で寒造りもと(本もと、生もと)が紹介される。

1712(正徳2)年:類書(百科事典)『和漢三才図会』で生もと造りの手法が紹介される。

1724(享保9)年:江戸の下り酒問屋に灘の酒が登場。

1740(元文5)年:伊丹の“剣菱”、将軍御前酒に指定される。

1868(明治元)年:酒造規則五カ条(酒造税に関する近代初の規定)制定。一時冥加金の徴収が決まる。

1899(明治32)年:国税に占める酒税の比率が35.5%となり、国税の税収で1位に。

1909(明治42)年:国立醸造試験所(現・酒類総合研究所)で生もと造りの山おろし作業を省略する山おろし廃止もと(山廃)が開発される。

1910(明治43)年:安定した品質の酒造りを可能とする「速醸もと」が開発される。以降、多くの酒蔵でこの製法が採用される。

1914(大正3)年:全国的な大腐造。翌年も続く。

1916(大正5)年:小冊子『腐造予防 酒造早わかり』が発行される。

1944(昭和19)年:国家の統制により、日本酒に醸造アルコールの添加が義務付けられる。

*この間も大七酒造(福島)、東北銘醸(山形)、麓井酒造(山形)、菊正宗酒造(兵庫)などでは生造りが続けられる

2000年(平成12)年:森喜酒造場(三重)、生もと造りを始める。生もと造りを開始または再開する蔵が少しずつ増加。

2004(平成16)年:竹鶴酒造(広島)の石川達也杜氏、生もと造りを始める。若い造り手が徐々に生もと造りに挑戦。

2012(平成24)年:菊正宗酒造、上撰以上のレギュラー酒をすべて生もとに。

(文・松浦達也)