第1回討論会でのドナルド・トランプ氏とヒラリー・クリントン氏(写真=AP/アフロ)

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■もしも上司が「トランプ」だったら

ご存知のように、アメリカの大統領選挙は激戦の末にドナルド・トランプ氏が勝利し、本命視されていたヒラリー・クリントン氏が敗れた。結果の原因はさておき、選挙中のつばぜりあいでは両氏の強烈な個性が目立った。

もし、2人のようなタイプが自分の会社の上司だったら、いったいどうなるのだろうか。部下はどう対処すればよいのだろうかと考えてみた。

ヒラリー氏は女性として男社会の中で叩き上げてきたガラスの天井を突き破ろうとする意欲に燃えた「スーパーウーマン」である。一方のトランプ氏は「強い男」を自認し、ゼロサムゲームの人生の中でとにかく“勝つこと”に貪欲に執着してきたタイプである。

そんなトランプ氏の特徴・性格について『ニューヨーク・タイムズ』(10月26日付)はジャーナリストのインタビューから8つを挙げている。

1.過去について話すのが好きではない
2.けんかが好き
3.失敗を受け入れるのが嫌い
4.自分の名前が記事になるのが大好き
5.良い政治家は良いセールスマンだと考えている
6.自分は正直だから騒ぎになると考えている
7.パットが上手(らしい)
8.スキーの名人を良く思っていない、自分より上手いと見せつけられるのも嫌い

これを見ると、競争心が強く、負けず嫌いで目立ちたがり屋、かつ自分より優秀な人物に対する敵愾心が人一倍強いタイプのイメージが浮かぶ。

あなたの会社にもこういうタイプの上司は存在するのではないか。

もちろんプレイヤーとしては高い成果も出す反面、部下に対しては自分の言ったことを絶対視し、部下を消耗品のように扱うことを厭わないだろう。

■上司には常に「御意」の姿勢が必要?

こういう上司に仕えるのは骨が折れるものだ。

部下の中には優秀で正義感の強い人ほど口答えしようとする人もいる。しかし、それは危険だと語るのはゼネコンの人事部長だ。

「高い成果を上げて、周囲からも信頼の厚い部下が上司の考えに異を唱えることもあります。そういう部下をよく言ってくれたとかわいがる上司もいますが、強烈な個性を持って引っ張っている上司には嫌がる人もいます。そんな部下は会社にとっては貴重な人材なのですが、上司は自分の地位を脅かす存在として排除しようとするものです」

トランプ氏はインタビューで「僕は過去にこだわらない。そこが気に入らない人もいる。僕は未来のことを考えている」と答えている。

前言撤回、朝令暮改は当たり前のことなのだろう。

そのために敵も多く、警戒心を怠らない性格かもしれない。ではどのように接していけばよいのだろうか。

「やたらとゴマをすり、忠犬のようにすり寄る人もいるが、かえって鬱陶しがられることも少なくありません。そうではなく上司との距離を保ちつつ、付かず離れずの立ち位置を維持する。大事なことは目障りにならないようにさりげなく接すること。仕事の実務面で頼りになるという存在感を示し、自分の手柄であっても、さりげなく上司の手柄という形に持っていけるタイプが好まれます」(ゼネコン人事部長)

上司の意見に逆らうことなく、何事も「御意」の姿勢を貫きつつ、有能なブレーンであることに徹することが大事だということだろう。

この上司が出世していけば引き上げられるチャンスがあるかもしれないが、トランプ氏のようなオーナータイプが日本的大企業の組織で社長になれるとは思えない。いつか見切りをつける時期がやってくるかもしれない。

■もしも上司が「ヒラリー」だったら

一方、ヒラリー氏は大学・弁護士時代から女性の自立と選択肢の拡大に取り組んできた、まさに女性活躍推進を絵に描いたような「ロールモデル」的存在である。

大統領夫人時代は、積極的に政治に関与し、幾多の挫折も味わい、どん底に立たされたが、決して挫けることなく、初志を貫徹してきた。彼女は自伝で「女性が犠牲になれば、家庭や地域社会、畢竟、国家の安定が蝕まれ、世界全体の民主主義と繁栄も危険にさらされる」と述べるなど、筋金入りの女性の権利の擁護者だ。

しかも頭脳明晰でどんな論争を挑まれても弁舌はさわやかで、相手の論理の欠点を指摘するなど、男性もとてもかなわないという印象を与える。

しかし、そんなヒラリー氏も今回の大統領選では女性票が思ったほど伸びず、とくに1980年代以降生まれのミレニアム・ウーマンと呼ばれる若い女性の支持率は低かったという。

各種の報道ではその理由として以下の点を挙げている。
・エスタブリッシュメントと見なされている
・旧態依然以前の女性権利擁護のフェミニストとして若い女性たちが反発
・特権白人女性たちの味方と見なされている

確かにヒラリー氏はファーストレディ、上院議員、国務長官を歴任したエスタブリッシュメントであり、誰もが羨む成功者に違いない。若い女性にとっては自分たちの苦しみや不満から遠い「雲の上の人」「昔の人」という印象を与えた可能性はある。

じつは一般企業にもこれに似たようなイメージを持たれている女性上司は少なくない。

とくに40代後半以降の女性幹部職世代は、今ほど仕事と家庭の両立支援が充実していない時代に男社会の中で懸命に働いてキャリアを築いてきた。

ヒラリー氏が自伝で「奮闘あるのみ!」「敢えてチャレンジ」という言葉を何度も使っているが、それと似たような生き方をしてきた世代だ。また、多くの企業ではそんな女性幹部を働く女性のロールモデルとして前面に登場させている。

■ヒラリー上司「(女性部下に)甘えてんじゃないわよ」

だが、若い女性たちにとっては、あまり受けはよくないらしい。外資系消費財メーカーの人事課長はこう語る。

「女性にもかかわらず男性と同等に働き、成果を上げてきた女性部長や役員もいます。社内の女性活躍イベントで彼女たちに自分の仕事との両立などについて話をしてもらうことがありますが、出席した若い女性の中には『私は先輩たちのようにタフではないし、とてもマネができません』とか『そこまで苦労して管理職になりたいとは思わない』と感想を漏らす人もいます。古い世代の女性幹部をロールモデルにするのはなかなか難しい」

若い女性社員だけではない。

女性幹部職の側も若い女性社員に対して厳しい視線を送っている、と語るのはネット広告業の人事部長だ。

「10〜15年前に妊娠・出産した女性社員は職場でひどい仕打ちをされた経験を持っています。最近、妊娠・出産する女性の比率が増えているので、経験者である女性部長に職場での運用をどうしたらよいのかについて教えを乞いました。すると、いきなり『あの人たち、甘えてんじゃないわよ!』とすごい剣幕で怒り始めたのには驚きました。妊娠・出産の経験があっても必ずしも理解があるわけではないのです」

実際、こうした歴戦の女性上司の下に仕える部下も大変らしい。

約束や命じた仕事をやり遂げられなかった場合は周囲の面前で叱責することも珍しくない。報・連・相の徹底も男性上司以上に厳しい人もいるという。新人など部下を配置するのも気を遣うらしい。

「女性だから男性だからと、性別による差別をすることがないのは彼女たちの良いところです。ただ、自分にも厳しい性格の人が多く、仕事には厳しい。男女に限らず、新人では真面目で意欲のあるタイプかつストレス耐性のある人を(人事部としては該当の部署に)配置するようにしています。また、男性上司以上にコミュニケーション能力も問われます。男性間では多く言葉を交わさなくても通じる部分がありますが、女性上司の場合はたいしたことではないと思っても論理的に説明することを求めますし、相当鍛えられます」(ネット広告業人事部長)

女性上司は厳しい反面、部下の成長を促す効果もある。

事務機器メーカーの女性人事課長はこう語る。

「各部署の交流会の席で入社1年後の2人の女性社員の様子が違っているのにびっくりしました。女性上司の下で働いた女性は、動きがきびきびしていかにも仕事ができそうだなという雰囲気でした。もう1人の男性上司の下で働いている女性は『あらら、まだお嬢様気分が抜け切れていないな』というのが周囲の人と一致した感想でした。ちやほやされているのでしょう」

新人を育てるなら女性上司が最適ということだが、その分、負荷も大変なのではと思ってしまう。結局のところ、“ヒラリー上司”の下で働きたいという人は、選挙結果同様、部下の性別を問わずに少ないのかもしれない。

(溝上憲文=文 AP/アフロ=写真)