23日、中国のポータルサイト・今日頭条に、「なぜ日本の街中では、中国人であることがひと目でバレるのか」と題するコラム記事が掲載された。写真は東京の地下鉄。

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2016年11月23日、中国のポータルサイト・今日頭条に、「なぜ日本の街中では、中国人であることがひと目でバレるのか」と題するコラム記事が掲載された。以下はその概要。

日本は中国文化の影響を大きく受けている。そのため、両国の人の容姿や服装、文字、考え方などは似ていると言われる。一般的に、中国人が欧米人に比べて日本で気兼ねせずに過ごせるのも、これと無関係ではない。一方で、多くの日本人は中国人の行動に対して冷たい視線を向けている。

では、中国人と日本人の習慣にはどんな違いがあるのか。外国人は一般的に中国人の声が大きいことを嫌う。日本語の発音には高低はないが、中国には声調と呼ばれるものがあり音の高低や起伏で意味が異なる。日本語の発音は穏やかさや理性といった印象を相手に与えるが、中国語は情熱や感情という印象だ。だが、「郷に入っては郷に従え」の意識が足りないことがポイントではないかと考える。習慣は簡単に変えられないということは理解できるが、国内にいる時と同じように周囲を気にせずに行動していることが問題である。国内では他の音に紛れてしまう声が、海外では耳障りになるのだ。

すぐに仲良くなるのも中国人の特徴だ。列車や飛行機で隣り合った他人とプライベートな話をすることはよくある。一方、こうした習慣を日本に持ち込むと、日本人は驚いてしまう。日本人は簡単には他人に心を開かない。友人や親せきであっても他人のプライバシーに突っ込んだ話をすることはなく、天気や体調といった当たり障りのない会話が多い。しかし、これは他人に迷惑をかけないことでもある。

日本人はよく「グレー」と呼ばれるが、彼ら自身もそれを否定しない。実は、これはある意味で中国の儒教が引き起こしたことだとも言える。「礼」を重んじるようになった日本では、自然と本音を話すことが少なくなったのだ。ただ、あいまいでグレーであることは確かに良いこともある。相手を気まずくしたり不利な立場にしないことも、相手への一種の尊重であるし、あいまいな態度を取っていれば、臨機応変に立場を変えられるという利点もある。

さらに、日本人は集団を重んじる民族で、個人の行動は集団の利益に合致していなければならないと考え、個人が主張することを良しとしない。さもないと孤立してしまう。一方、中国では集団と個人の行動が合致することは少ない。これが両国の人の行動習慣の根本的な違いを決定づけている。

別の角度から見ると、人口が多く国土が狭い日本では、人と人の距離感が大事になる。事の大小に関わらず、他人に迷惑をかけたり助けてもらったりした時には、繰り返し謝罪や感謝の意を伝える。一方、中国では過度に礼儀正しくすると、かえって偽りであるかのような印象を相手に与える。動作も同様だ。日本人は身体的な接触を避け、よくお辞儀をする。視線もずっと相手の目に合わせていることは少ない。しかし、日本人は言語のあいまいさから、相手の言葉遣いや動作から相手の意図をくみ取ろうとする。対して中国は、それほど親しくなくても肩をたたき合うなどの身体的な接触は頻繁にある。

日本のある調査で、日本人が中国人を嫌う理由に「うるさい」「汚い」「ダサい」「ルールを守らない」が挙げられていた。静かで他人に迷惑をかけないという特徴のある日本人にとっては、日本で中国と同じように行動する中国人がうるさいと感じるのは自然なことだ。日本人はとてもきれい好きで公衆衛生が行き届いているが、中国ではそうではない。ファッションも日本人のように気にしていない。「ルールを守らない」ことも、訪日中国人の増加とともに素養が向上してはいるが、日本人の尊重を受けるにはまだ道は長い。

日本人の中国人に対する見方をすぐに変えることはできないが、自分たちを高めることで日本が師と慕った当時の中国のように強大になることができる。(翻訳・編集/北田)