厚生労働省が強制捜査に入った電通本社ビル前に集まる報道陣ら(読売新聞/アフロ/片岡航希撮影)

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 11月7日の東京株式市場。電通の株価は強制捜査が報じられると一時、下落に転じた。しかし、終値は前日比0.4%高の5130円。皮肉なことだが、違法な長時間労働は株式市場では売りの材料にはならなかった。長時間労働は電通の企業風土と見なされているからだろう。

●「かとく」が強制捜査に乗り出す

 厚生労働省の東京労働局などは11月7日、複数の社員に違法な長時間労働をさせた疑いが強まったとして、労働基準法違反の疑いで電通本社(東京都港区)と関西(大阪市)、中部(名古屋市)、京都(京都市)の3支社を家宅捜索した。

 電通をめぐっては昨年12月、新入社員の高橋まつりさん=当時(24)=が過労で自殺。今年労災と認定され、東京労働局などが電通本社と支社、主要子会社を立ち入り調査して全社的な労働管理の状況を調べていたが、悪質性が高いとみて強制捜査に切り替えた。

 捜索したのは労働基準監督署の監督官ではなく、東京、大阪の過重労働撲滅特別対策班(通称・カトク)。重大で悪質性の高い労働基準法違反を取り締まる部署である。2015年にベテランの労働基準署の監督官を集めて、東京、大阪の労働局に新設された。

 厚生労働省の薬物犯罪の捜査を行う麻薬取締官を「マトリ」と呼ぶ。一方、企業の過重労働の撲滅を担うGメンが「カトク」なのである。

 カトクが立件したのは昨年7月、靴販売チェーンのABCマートを運営するエービーシーマート。都内の2店舗で社員4人に112時間の違法な残業をさせたとして書類送検した。今年1月にはディスカウントストア、ドン・キホーテが都内の5店舗で社員6人に3カ月間で最長415時間の時間外労働をさせたとして書類送検した。

 そのカトクが次なるターゲットにしたのが電通である。電通は広告業界の帝王として、マスコミ界に君臨する。電通批判は、マスコミ、特にテレビ業界の最大のタブーだ。その聖域にカトクが切り込んだ。

 関係者を驚かせたのは、菅義偉官房長官が10月14日の記者会見で、電通への東京労働局の立ち入り調査について「結果を踏まえ、過重労働防止に厳しく対応する」と述べたことだ。一企業に対する労働基準法違反の立ち入り調査について官房長官がコメントするのは極めて異例。

 働き方改革は、安倍晋三首相が8月の内閣改造に際し打ち出した看板政策のひとつだ。「働き方改革実現会議」を設け、9月から議論を開始した。

 働き方改革がもっとも必要な企業のモデルに合致するのが電通の案件なのである。官邸の“お墨付き”を得て、カトクは強制捜査に動いた。一斉捜査に当たった捜査員は計90人という大規模なものである。広告業界では一罰百戒を狙った“国策捜査”と受け取る向きが少なくない。電通の業績にこの問題が影を落とすのは、来期の2017年12月期からだ。

●電通の企業体質そのものが問題

 カトクは、過労自殺は電通の企業体質そのものに根ざしていると判断した。

 高橋まつりさんの遺族側は月に100時間を超える長時間労働があったとしている。連続53時間勤務を疑わせる入退記録も残されている。「君の残業時間の20時間は会社にとって無駄」「会議中に眠そうな顔をするのは管理ができていない」「髪がボサボサ、目が充血したまま出勤するな」といった上司のパワハラ的言動があったとも遺族側は述べている。

 電通の労使が合意した残業時間の上限は70時間。しかし、高橋さんの自己申告に基づく会社の記録では、「69.9時間」(10月)、「69.5時間」(11月)と記載されており、遺族側は「会社が過少申告させていた」と主張した。

 カトクの調査では、1カ月当たりの残業時間を実際より数十時間少なく申告する行為が常態化していた。100時間以上も過少申告していた社員も30人を超えた。

 労働基準法では、残業や休日労働する場合、通常の1.25倍といった所定の割増賃金を支払うように義務付けられている。労働時間を過少申告していた社員に残業代を払わなかった賃金未払い問題でも捜査している。

●電通社長が不磨の大典「鬼十則」を否定

 電通の石井直社長はカトクの家宅捜索を受けた11月7日、本社内のホールで社員に改革方針を説明した。その様子は全国の支社で中継された。

 報道によると、石井社長は「従来の働き方は社会に認められる状態ではない」と業務量や組織運営の見直し、多様の働き方を認めるなど変革の姿勢を強調したという。

 11月8日付毎日新聞は、社員の戸惑いを伝えている。

<50歳代の男性社員は「『電通人』の行動の基本原則は鬼十則。それに沿った行動を求められてきたのに、社長の説明は改革というより自己否定とも取れる内容。違和感を覚える」と首をひねる>

 鬼十則とは、「広告の鬼」と呼ばれた4代目社長の故・吉田秀雄氏によってつくられた電通社員の行動規範で、「取り組んだら『放すな』、殺されても放すな」「周囲を『引きずり回せ』」など、過激な10カ条が社員手帳に記載されている。

 これを否定するような発言を石井社長が行ったのだから、社員は驚いたわけだ。

 だが、鬼十則は電通の不磨の大典である。電通の現在の経営陣も幹部も、鬼十則の洗礼を受けて出世してきた。その流れを断ち切ることは容易ではないだろう。石井社長の経営改革の本気度が試されることになる。
(文=編集部)