長野市のエムウェーブで開催されたスピードスケートW杯最終日。会場が最も沸いたのは女子500mディビジョンAの最終組だった。

 ひとつ前の組を滑った世界記録保持者のイ・サンファ(韓国)が37秒93で暫定1位になったあとのレース。「サンファのタイムはチラッと見ましたが、自分が10月の全日本距離別で出していたタイムの方が上だったので自分の滑りをしようと思った」と言う小平奈緒(相澤病院)は、インレーンからスタートした。最初の100mを10秒46で通過すると、そこからの400mは全選手中最速ラップとなる27秒29で滑り、距離別で出した国内最高タイの37秒75でゴール。今季初戦だったハルピン大会で行なわれた2レースに続き、日本人選手としては01年の清水宏保以来16シーズンぶりのW杯3連勝を達成した。

「距離別の時はアウトレーンスタートだったので、ここで国内最高記録を塗り替えたかったけど、インスタートでもアウトでも37秒75を出せたというのは、レースがどちらかの一本勝負になった時でも自信になる数字だと思います」

 100mを通過してから半径が大きなカーブを回るアウトレーンスタートの方が、減速は少ない状態でバックストレートに入れるため、次の半径が小さなカーブをハイスピードで入っても回りきれる技術を持っているトップ選手は好記録が出やすい。それを考えれば今の小平は、12年にイ・サンファがアウトレーンスタートで出した、37秒60というエムウェーブのリンク記録にも迫る力を持っているということだ。

 だが今シーズンからW杯の出走は、種目別総合順位で組み合わせが決まり、ランキング19位と20位の第1組から始まり、最終組は1位と2位が組むことになった。また、ランキング上位者はインレーンになるというルールだ

 小平は、「W杯のポイントランキングが1位だとずっとインスタートになるので、どこかでアウトスタートもできたらと思います。12月にエムウェーブでやる全日本スプリントは2本レースがあってインとアウトを滑れるので、そのチャンスを狙ってベストを狙っていきたいです」と笑顔を見せる。

 小平を指導する結城啓匡コーチも「本人はアウトスタートの方が好きだけど、平昌五輪はそんなことは言ってられないので。その点ではいい練習になっています」と苦笑する。

 18年の昌五輪では男女のマススタートが式種目になった影響もあり、500mはこれまでのイン・アウトスタートの2本勝負から、1本のみになる可能性がある。そうなればインスタートアウトスタートかは運次第になってしまう。

「昨日の1000mではスタートのあとで体が前に流れてしまいましたが、今日は朝からいいポジションに乗れている感覚があったので、そこは修正できたと思います。W杯初戦から自分でもどうやっているのかわからないけど、いい意味で緊張感がコントロールできているので、それが自然に自信になっています。まだ練習でもカーブの滑りがしっくりきていないところがあるので、まだまだ記録は伸ばせると思っています」

 こう話す小平の表情には、昨シーズンとは違い余裕すら見える。それは本拠地をオランダから長野に戻したことで、ストレスが軽減されたからだろう。

「本当にオランダではギリギリでやっていました。米や味噌を探すことから始まって、病院ではパスポートを見せろと言われるし、移民局へ行って住居申請をやるのも自分でやっていたので。それもあって去年は傷もかなり負いましたが、創造の"創"はキズとも読むので、自分の道を作るためにはキズが伴うというのがわかった」と振り返る。

 そんな小平の好調の理由を、結城コーチはこう言う。

「僕自身は1000mが彼女の本当の持ち味が生きる種目だと思っているんです。他の選手より上がった脈拍の落ち着き方も早いので、オランダでは心臓の機能はイレイン・ブスト(ソチ五輪1000m、1500m銀)と変わらないくらいなのに、何で滑れないんだと言われ続けたみたいですから。今年からは日本式のトレーニングをミックスして筋持久力がついた効果も出ていると思います。それに、今年は体もだいぶ絞れています。脂肪も1.2kgくらい落ちていると思うので、今の体に1kgの重りをつけて滑れば去年くらいの順位だろうし、500mも38秒3〜4だと思いますね。それが1000mや1500mになるともっとダメージが大きくなるので、その差が大きい」

 結城コーチがこう話すように、今シーズン小平が余裕を持っているのは、2010年バンクーバー五輪の前のように500mから1500mにまで挑戦し、中でも大学の卒業研究の題材にしたくらい好きな1000mで結果が出ていることが大きい。昨シーズンはW杯総合19位と苦しんでいたが、今シーズンは初戦のハルピンで6シーズンぶりに3位表彰台にあがった。さらに今大会では、W杯自己最高位タイの2位まで上げただけではなく、ハルピンで優勝したヘザー・ベルグスマ(アメリカ)には1秒05つけられていたタイム差を、0秒37差まで縮める1分15秒18を出していた。

「1000mでは表彰台の高さ通りにステップアップできたと思います。今回は特にヘザーやマリット・レーンストラ(オランダ、ハルピン2位)という上位選手にどれだけ食らいついていくかということに視点を置いていたので、気持ちの入った勇気あるレースをできたと思います」

 500mに話しを戻すと、ライバルたちが全員出場してきていないとはいえ、小平は2シーズンぶりのW杯種目別総合優勝に向けても大きな意欲を口にする。

「ここで油断をすると隙を見せてしまうし、自分の課題を見つけ出していかないと37秒7で止まってしまう。だから目標は平地で37秒前半とか、普通の人たちから見たら『そんな記録はあり得ないでしょ』というところに意識を持っていかないと。五輪では簡単に勝てるわけじゃないというのは2回も経験してきているので、謙虚に自分の課題を見つけて、それをひとつずつクリアしていきたいと思います」

 バンクーバーとソチの五輪連覇を果たしているイ・サンファはまだ膝の痛みもあり、「まだトレーニング中で80%の状態」というが、そんなライバルに対しても「彼女はまだ様子を見ながらという感じだと思うけれど、いつサンファがベストパフォーマンスをできる状態になっても、戦えるようにしっかり準備をしていきたい」と言う。

「その時は自分も超ベストパフォーマンスに持っていきたいです。37秒台頭までいけるくらいになれば最高ですね」

 こう明るく笑う小平の視界には、平昌五輪金メダルへの道がハッキリと見えてきたようだ。

折山淑美●取材・文 text by Oriyama Toshimi