電通(写真:ロイター/アフロ)

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 電通の「鬼十則」が社員手帳から姿を消すことになりそうだ。

 広告代理店最大手の電通は、「Dennote」(デンノート)と呼ばれる社員手帳に社員の心がまえを記した「鬼十則」を掲載しているが、2017年分から掲載中止を検討しているという。

 電通は新入社員だった高橋まつりさん(当時24歳)が15年末に過労の末に自殺、今年9月に労災認定された。高橋さんは月100時間以上の残業が常態化していたとみられており、11月7日には東京労働局が労働基準法違反容疑で強制捜査を行っている。

 1951年に制定された「鬼十則」は4代目社長の吉田秀雄氏の遺訓であり、「仕事は自ら『創る』べきで、与えられるべきではない」など10カ条からなる。特に第5条の「取り組んだら『放すな』、殺されても放すな、目的完遂までは……」は「異常な労働環境を示唆している」として、高橋さんの問題にともなって注目された。

「鬼十則」の掲載中止およびその理由や背景について、電通広報部に問い合わせると、「検討していることは事実です」とした上で、以下のような回答があった。

「11/1発足の『電通労働環境改革本部』を中心に全社的な変革を進めています。企業風土の検証・改善は重要な課題の一つであり、現在、第4代社長の遺訓『鬼十則』の取り扱い方も含め、企業風土全体の改善に向けた検討を進めています」

●「鬼十則」が消えても業務量は減らない

 とはいえ、「鬼十則」が掲載されなくなったからといって、すぐに労働環境が改善されるというわけでないだろう。

 ブラック企業被害対策弁護団代表を務める弁護士の佐々木亮氏は、「『鬼十則』が掲載されないとなれば、けっこうなことではありますが、それはあくまで精神面でのことで、現実の業務量を減らさない限り意味はないでしょう」と語る。

「電通に関する報道を見ると、長時間労働が常態化している部署があることは間違いないと思います。そのため、具体的に『その部署における業務量をどうするか』を問題にしなければなりません。

 労働時間を減らすには、1人当たりの業務量を減らすことが必要であり、そのためには業務自体を減らすか人を増やすかといった対策をとらなくてはなりません。また、納期や締め切りの期間を長くすることも、業務の密度が薄くなるため長時間労働の回避に役立ちます。

『業務の効率化』もよく言われます。これを目指して努力するのは当然ですが、人員数や業務量を変えずに効率化だけを追求するというのは、労働時間短縮においては現実的ではないと思います。いずれにしても、客観的な観点から見た業務量の改善は絶対に必要でしょう」(佐々木氏)

●「ガン」「削除」が並ぶ「責任三カ条」

 電通には、ほかにも社員の行動規範を示したものがある。同じく吉田氏によって53年に発表された「責任三カ条」だ。83年から2006年まで電通に在籍していた柴田明彦氏の著書『ビジネスで活かす電通「鬼十則」 仕事に誇りと自分軸を持つ』(朝日新聞出版)によれば、以下のような内容である。

1.命令・復命・連絡・報告は、その結果を確認し、その効果を把握するまでは、これをなした者の責任である。その限度内における責任は断じて回避できない。

2.一を聞いて十を知り、これを行う叡智と才能がないならば、一を聞いて一を完全に行う注意力と責任感を持たねばならぬ。一を聞いて十を誤るごとき者は、百害あって一利ない。正に組織活動のガンである。削除せらるべきである。

3.われわれにとっては、形式的な責任論はもはや一片の価値もない。われわれの仕事は突けば血を噴くのだ。われわれはその日その日に生命をかけている。

 同書によれば、「責任三カ条」は1987年まで社員手帳に掲載されていたという。柴田氏は新聞局出版・コンテンツ開発部長や業務推進部長として辣腕を振るい、「伝説の元電通マン」とも呼ばれる人物だ。その柴田氏自身、「鬼十則」の第5条と「責任三カ条」について、「何度読み返してみても、共に強烈な文章で身震いする思いがする」と同書で述べている。

●電通の常識は世間の非常識?

 また、入社当時を振り返り、社内の空気について「朝から晩、いや深夜に至るまですべての行動規範に『鬼十則』と『責任三カ条』が貫かれていた」「“電通の常識は世間の非常識”と揶揄されてもお構いなし」「『鬼十則』『責任三カ条』を行動規範として、この弱肉強食のサバイバルを生き抜く……」と記している。

 柴田氏が、そのような過酷な環境で自己研鑽を積んだことは事実だろう。一方、電通では3年前にも男性社員(当時30歳)が過労死しているほか、91年8月に入社2年目の大嶋一郎さん(当時24歳)が長時間労働を苦に自殺した問題は「電通事件」と呼ばれ、電通の厳しい労働環境が世に知れわたるきっかけとなった。

 大嶋さんは、長時間労働に加えて、上司から靴に注がれたビールを飲むように強要されるなどパワハラまがいの行為にも遭っていたといい、うつ病に罹患したが、上司は負担軽減措置を怠るなど見て見ぬふり同然だったことが明らかになっている。大嶋さんの自殺に関しては、2000年に最高裁判所が「過労死」と判断し、労災認定されている。

●「責任三カ条」はパワハラを生みかねない

 この電通の「責任三カ条」について、佐々木氏は以下のような見解を示す。

「こうした精神的な『教え』は、社員によって受け止め方が違うと思いますが、『会社が社員をどう扱っているか』という姿勢を表すものとしては参考になります。そうした観点で見ると、会社が場合によっては労働者を『ガン』とみなしたり、『削除』すべきと考えたりしていることを明示しているのですから、とんでもない内容だと思います。

 いうまでもなく労働者は人間であり、それぞれに生活があります。しかし、むしろ、そうした観点を捨てなければならないかのような誤解さえ与えかねない内容となっています。勇ましく書くことで労働者を鼓舞するつもりなのかもしれませんが、こうした会社側のメッセージが上司から部下へのパワハラを生むことも考えられ、危険性を持っている内容だと思います」

 今回、電通広報部には「責任三カ条」の存在や手帳への掲載が中止された経緯についても問い合わせたが、それに対する回答はなかった。

 長時間労働の防止策として、22時〜翌5時までの全館消灯が義務付けられた電通。一連の問題を受けて、新年恒例の「電通年賀会」を中止することも発表されたが、真の解決を見る日は来るのだろうか。
(文=編集部)