江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜が政権を返上、明治への扉を開く大きな一歩となった大政奉還が行われてから来年で150年。ペリー来航の衝撃と、世界情勢を理解して強い危機感を持った志士たちの熱意が国の命運をを根本からひっくり返した。かたや中国は、清朝が世界事情を見誤ったことで1世紀近く及ぶ、列強による植民の歴史に甘んじることとなった。(イメージ写真提供:123RF)

写真拡大

 江戸幕府最後の将軍、徳川慶喜が政権を返上、明治への扉を開く大きな一歩となった大政奉還が行われてから来年で150年。ペリー来航の衝撃と、世界情勢を理解して強い危機感を持った志士たちの熱意が、国の命運をを根本からひっくり返した。かたや中国は、清朝が世界事情を見誤ったことで1世紀近く及ぶ、列強による植民の歴史に甘んじることとなった。

 近代における両国の明暗を分けるターニングポイントになったとされる本がある。中国メディア・今日頭条は20日、「中国で出された1冊の本、国内で読む人はいなかったが、日本はこの本で強く変身した」とする記事を掲載した。

 記事は、日本を半植民地化の危機を救った明治維新は、「事実上、中国の1冊の本から始まった」とし、この本の出現によって日本国内の改革の足取りが加速し、近代の強国の道を歩むうえでのカギとなったと説明。その本とは、清の思想家・魏源が編纂した「海国図志」だ。記事は、同書が世界各国の地理、歴史、政治、軍事、科学技術、宗教、文化、教育、風土などを全方位的に紹介したものであり、先進的な意識を持つ読書家にとっての百科事典であったとした。

 しかし、同書は「自国から重んじられることはなく、20年間でわずか1000冊程度しか印刷されなかった」と解説。一方で、1851年に中国商船によって日本に同書が運ばれると、これを読み世界についての知識を得た佐久間象山らによって改革、維新の主張が提起されるに至ったとした。そして、63年には吉田松陰の弟子である伊藤博文が英国に留学、帰国後に明治のリーダーの1人となったと説明している。

 記事は最後に、「1冊の本の日中両国における異なる境遇は、両国のポジションを完全にひっくり返した」と評した。

 明治維新以降にひっくり返った両国の関係は1945年の終戦まで続いた。さらに、戦後も政治闘争の続いた中国に対して日本は高度成長を実現、結果的に近代以降における両国のパワーバランスが継続されることとなった。そして近年、中国の国力が急速に強化されたことで、両国の立ち位置が変化し始めている。ふたたび立場が逆転するのか、対等な関係という新たな位置取りになるのかは分からないが、いずれにせよ新たな時代における、これまでとは違うポジションが求められているのだ。(編集担当:今関忠馬)(イメージ写真提供:123RF)