●リニューアル・オープンした新宿武蔵野館のロビイにて。

 新宿武蔵野館が耐震補強工事とリニューアルを終え、新規オープンしたというので、新宿に出た際に寄ってみた。とはいえ目的は映画を見るのではなくロビイ。様々な上映作品にちなんだディスプレイや装飾を楽しむためである。26日から開催される「日活ロマンポルノ・リブート・プロジェクト」の装飾は、立ったままふとんに入った状態で、パートナーとの写真が撮れるというものだが、一人で撮ると空しいのでさすがにスルーしてしまった。

 ロビイには次の上映を待つ数人のお客さん。その中の老婦人にスタッフが「新しくなりましたので、どうぞ観ていって下さい」と、気さくに清掃終了後の映画館を案内する。どうやら老婦人はこの映画館の存在を知らなかったらしく、「ここはいつからあるんですか?」と。「そうですね。映画館としては、かれこれ90年ほどやっています」「ええーーーっ!!!」


●次のオリンピックの年、新宿武蔵野館は開館100年を迎える。

 新宿武蔵野館の歴史は古い。現在三越伊勢丹新宿店のある場所に開館したのが大正9年(1920年)5月のことだというから、次のオリンピックが東京で開催される年には100年を迎えることになる。

 『映画の殿堂 新宿武蔵野館』には、この映画館がたどった90年の出来事と当時の社会情勢などが書かれているが、本書の白眉は武蔵野館で上映された諸作品のポスターや、かつて武蔵野館が独自に編集し、入場者に無料配布していたフリーペーパー「MUSASHINO WEEKLY」「MUSASHINO NEWS」各号の、凝ったデザインの表紙やチラシや広告の数々である。よくぞ保存しておいた。昭和8年9月に上映した「キング・コング」の広告には「廿世紀の怪異! 一生一度の大映画封切」と、勇ましい惹句が堂々と並ぶ。壮観なり。


●映画館とは「次の世代に夢を手渡すことが出来る場所」だ。

 エッセイの類いも充実している。野口久光の「あァ、想い出の武蔵野館!」、梶田章の「洋画の殿堂・新宿武蔵野館」、川本三郎「新宿武蔵野館に始まる」といったノスタルジックかつ記録価値充分な読み物と並んで、昨年中みね子名義で監督作品『ゆずり葉の頃』を発表した岡本喜八監督夫人・岡本みね子さんの「人の体が年を重ねて老いても、心の若さは消えないように、次の世代に夢を手渡すことが出来る場所。その大切な灯が消えないことを、切に祈っている」との一節に大きくうなづく。根本隆一郎による「新宿武蔵野館九十年小史」は、「街」と「映画館」の関係にスポットを当てた、まさに新宿と武蔵野館に関するクロニクルだ。いつの日かこういう文章を書いてみたい。


●「新宿武蔵野館」と「シネマカリテ」の関係。

 「映画の殿堂 新宿武蔵野館」には武蔵野館の設備面、営業形態、上映作品の変遷なども書かれているが、ひとつだけ注文をつけると、2002年1月まで同じビルの8階に、座席数500席の先代武蔵野館が存在した。現在3階にある武蔵野館は、1994年10月に武蔵野興業が開設したミニシアター「シネマカリテ 1〜3」を改築したもので、8階の武蔵野館が休館する際、新宿武蔵野館の名称を継続した事実にも触れて欲しかった。つまり現在3スクリーン(128席/83席/85席)の新宿武蔵野館は、かつてシネマカリテだったのである。そしてシネマカリテの名称はここで終わるのだが、2012年12月に、同じ新宿の別場所に武蔵野興業がオープンした2スクリーンのミニシアターには、この「シネマカリテ」の名称が採用されている。


●「映画を楽しむ街」新宿における武蔵野館の存在。

 新宿バルト9、新宿ピカデリー、TOHOシネマズ新宿と、3つのシネコンが乱立し、今やすっかり「映画を楽しむ街」となった新宿だが、戦前戦後を通してこの地に腰を落ち着け、映画の灯を94年に渡って灯し続けた武蔵野館の貢献、武蔵野館あればこその繁栄であることを忘れてはならない。リニューアルをきっかけに、3スクリーンの新宿武蔵野館は、さらに新しい表情を見せてくれることだろう。

(文/斉藤守彦)